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01.出会い その壱

※このお話はノーマルです。

 (かつら)は逃げていた。その後を黒スーツの男が数人掛かりで追ってくる。

 両側に露店がひしめく真昼の往来で追い駆けっこをしているのだが、誰もそれを止めようとしない。それがこの街では普通のことだった。


 独自の規律によって成り立つ街。治安はけして良くない。

 規律によって、火器厳禁。飛び道具禁止。戦闘に対し、攻撃系の術禁止などの制限はある。

 だが、街中だろうと戦闘自体は禁止されていない。だからこそ、自分の身は自分でなんとかすること。それが当然とされていた。

 だから、誰も桂が追われていようと助けない。そんな光景、この街では珍しくない。


 巻き込まれたくない者達が、桂と男達を迷惑そうに見て道を譲る。

 桂の手には風呂敷包みが握られているだけ。対する男達の手には刃物があった。幸い、まだ刃は抜かれていない。

 だが、いつまでもこうして鬼ごっこをしていてもしかたない。持久力の無い自分では、いずれ追いつかれてしまうだろうことはわかっていた。


「まったくしつこい」


 桂は顔を顰めてぼやく。

 追われる切っ掛けになった物を渡せばそれで済むかもしれないが、こちらも慈善事業ではない。その代金を踏み倒されるとあっては、今後の商売にも障る。味を占めた連中に、食い物にされては堪らない。

 桂の進行方向の先。道の真ん中でのんきにも背の高い男が突っ立っていた。露店の串焼きを齧りながら、こちらを興味深げに見物している。


「そこのお兄さん、邪魔。退いて」


 他の通行人は何も言わずとも避けているというのに、桂の忠告すら無視してその男だけは真ん中で突っ立ったまま。道幅の広くないこの通りでは、彼は非常に邪魔な障害物でしかない。

 男が移動することは、ついになかった。彼は串に刺さった最後の肉に齧り付き、それを咀嚼している。

 仕方なく桂は男を避ける進路を取った。だが、その脇を通り抜ける時に手首を掴まれ、新手かと舌打ちする。

 男の顔を睨みつければ、ずいぶんと整った顔立ちをした男はニヤリと意味ありげに笑った。


「難儀しているようだから助けてやる。わしに任せておけ」


 若い外見とは裏腹な、古風な言葉を使う男に、桂は不審者を見るような目を向ける。

 この街でこの手の仲裁をするような輩には、だいたい裏があるのだ。そっちの方が後々面倒を引き起こしかねない場合もある。

「間に合っているから、結構。必要ない」

 きっぱりはっきり断ったのだが、

「他人の善意は受け取っておくものだぞ」

 男は笑みを崩さず、桂の手首も離さなかった。


 そうこうしている間にも、黒スーツ達との距離は狭まっていく。だが、放してもらわなければこの場から立ち去ることもできない。

 全然力を入れてないように見える男だが、桂が必死で抗ってもびくともしなかった。


「離せ。この街で善意ほど信用できないものはない」

「まあ、そうだろうな。下心が無い、とは言わん。わしはおまえが欲しい」


男臭い笑みを浮かべた男に低く囁かれ、桂の思考が一瞬停止した。


「一昨日きやがれ、この色情狂!」


 感情に任せた、低く唸るような声が口から吐き出される。

 なるべく男から距離を置いて、桂はその顔を睨みつけた。


「別に助けるから抱かせろとは言っとらんぞ。本来、男は趣味じゃない」

「死ね、変態!!」


 最悪なことに、手を離さないものだから黒スーツ達に追いつかれてしまった。

 本当に色々と最悪だ。

 この男の発言も、この状況も。


「薬を渡してもらおうか」

 スキンヘッドの男が桂から風呂敷包みを、正確にはその中に仕舞われた薬を奪おうと手を伸ばす。だが、それは叶わなかった。

「ゥ、ぁあ゛ッ」

 呻き声を上げて、スキンヘッドが己の手を抱えるようにして呻く。見れば、桂の方に伸ばされたはずの手の甲に何かが刺さり、手の平へと突き抜けていた。


「……串?」


 信じられない思いで、桂は呟く。

 それは桂の手を掴む変態が、先程まで食べていた串焼きの串だった。

「ちょうど武器になりそうな物がアレしかなかったからな」

 そう言いながらも変態はどこに隠し持っていたのか。何本もの串を無造作に投げていた。不思議なことに狙って投げられたとは思えなかったそれらは、すべて男達の手や足に刺さり、その場にいくつもの呻き声が上がる。


「そこの男。邪魔立てするな。これは我らと薬師の取引だ」

 苦痛に顔を歪め、変態から距離を取りながらスキンヘッドが忠告する。

「ああ言ってるが、おまえの言い分は?」

「取引は決別だ。代金を払わない者にやる薬などない」

 余裕の笑みを浮かべてこちらを見た変態に視線すら向けず、桂はスキンヘッドの男を睨みつける。

「誰も払わないとは言っていない。物に間違いがないか確認した後で払うと言っただけだ」


 どちらも変態の介入によって身動きできない。

 桂は手首を掴まれたままだし、黒スーツ達は無暗に動けば串が飛ぶ。


「そういう輩は大抵、難癖をつけて代金を踏み倒すと決まっている。初めに現物と金は交換と言っておいたはずだ。約定が守れない以上、この取引は無効だ。他を当たれ」

 桂の主張は変わらない。

 怯むことなく己の要求を突き付ける姿に、変態が声を立てて笑い出した。

 それが無性に桂の神経を逆なでする。


「黙ってろ、変態」

「クククッ。……俺は(かい)という呼び名があるんだが」

「おまえなど、変態で十分だ」


 ばっさりと切り捨てた桂に、変態改め海が腹まで抱えて笑い始めた。

 その隙だらけな態度に、黒スーツ達が動く。だが、その動きを止めたのは――やはり串だった。

 何本隠し持っているかも謎だが、いつ投げたかも謎。

 桂の目にはただ腹を抱えて笑っていたようにしか見えず、串を投げる動作などしていなかった。


「さすが、わしの伴侶。気が強いのは嫌いじゃない」


 ようやく笑い止んだ後、海は笑い過ぎて浮かんだ涙を手で拭い、桂を見てそう告げる。


 聞き間違い、か?

 何かとんでもない単語が混じっていた気がする。


 桂の思考が再び停止した瞬間、海から殺気が噴き出した。

「……わしに消されたくなくば去れ。二度と姿を見せるな。その時は存在そのものを抹消されると覚悟しておけ」

 死線を何度もくぐり抜けてきた猛者であっても、この殺気には怯んだはずだ。

 それくらい鋭く、海の言葉には真実味があった。


 黒スーツ達は海を警戒しながら後退し、無言で去る。

 往来の真ん中で取り残された二人。

 一難去ってまた一難ではないが、黒スーツ達よりも余程厄介な男に捕まったような気がして、桂は内心げんなりと、表面上は不愉快そうに海を睨みつけたのだった。


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