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11.女たらしの実態 その弐

「えぇ~! 女将さんったら、こんないい男捕まえて女子だなんて、薬師殿に失礼よ。ねぇ~?」

 胡蝶は女将の言葉に不満顔で反論した。同意を求めるように桂を見て、そこに浮かぶ表情に目を瞬かせる。

「……もしかして薬師殿って、本当に?」

 恐る恐る問い掛けられても、桂は答えられない。あまりにあっさりと気にした風でもなく、女将が桂の性別を告げたものだから、驚き過ぎて誤魔化すことすらできなかった。


 その表情と沈黙が答えを示す。

「おまえもまだまだ、見る目を磨かなきゃいけないようだね」

 女将にため息交じりに告げられ、胡蝶は肩を竦める。


 否定すべき所で否定できなかった以上、あとは誤魔化しても不自然になるだけだ。長い付き合いで彼女達の人となりは知っている。誰彼無しに吹聴するようなことはしないはずだ。


「……女将、いつから気づいて?」

 桂が消え入りそうなほど小さな声で問い掛ける。

「初めから知っていたさ。これでも商売柄、色々な者を見ているからね。でも、あんたが男を装いたいなら、こちらも気づかない振りをしてやる方が良いと思ったんだ。女が一人で生きていくには、この街は危険だからね」

 フフフっと笑う女将に、桂はため息をつく。


「あんたの男装は完璧だよ。この通り、うちの一番の売れっ子も気づいちゃいなかった。……にしても、このすけこましと薬師殿が、ねぇ。薬師殿、あんた苦労するよ」

 こんな御仁が相手じゃ、と女将の瞳が心配そうな色を浮かべている。

 女だと知られていたという衝撃の事実で、先程の海の台詞を聞き流していた桂は、彼女達の言葉を思い起こして、その顔を赤くした。


「誤解だ。この変態と私はそういう関係では――」

「伴侶殿はいつもつれない」


 否定する桂の言葉を遮るように、海がぼそりと口を挟む。その顔は拗ねたような子供のような表情だった。二人のやり取りを見物していた女将と胡蝶は、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら意味ありげに目配せする。


「おまえは黙ってろ、変態」

「わしが伴侶殿一筋なのは事実だ」

「紛らわしい呼び方をするな。私がいつ、おまえの伴侶になった!」


「薬師殿がわしの伴侶なのは決まったことだ」

「黙れ、変態」


 ぶちっとキレた桂が拳を繰り出すが、海にあっさり受け止められ、彼女はギリギリと歯ぎしりする。その視界の片隅には、ニヤニヤと笑い続ける女将と胡蝶の姿があった。


「暴力は反対だ、伴侶殿」

 男臭い笑みを浮かべて、海が桂の身体を引き寄せる。

「伴侶殿はわしのモノだ」

 そう低く耳元で囁かれ、総毛立つ。

 桂は反射的に膝を蹴り上げ――己の身の自由を確保したのだった。


「薬師殿。さすがにアレは――」

「……旦那、大丈夫?」


 急所を押さえて悶絶する海の姿を見て、女将は桂の行動をたしなめ、胡蝶は同情も露わに海に声を掛ける。だが、青ざめた顔で己を抱き締め震える桂の姿を見て、その態度を一変させた。


「薬師殿。このすけこましに何かされたのかい?」

 桂の身体を海から離すように自分の方へと引き寄せた女将は、彼女を慰めるようにその頭に手を伸ばす。だが、桂はその手を反射的に払ってしまい、自分のその行動にハッとしたように顔を顰めた。

「すまない、女将」

 思い切り払ってしまった女将の手は赤くなっていた。丈夫過ぎる海ならなんともない力だが、女将の柔な手では簡単に傷ついてしまう。


 心底申し訳なさそうに謝った桂に、女将はなんとでもないと笑みを見せた。

「なぁ~に、気にすることはないさ。こんなことよくあることだもの。うちにも訳あり娘はたくさんいるからね」

 カラカラと笑い飛ばす彼女に、桂もほんの少し笑みを浮かべたのだった。


 一方、海はというと、反論が許されない状況で胡蝶にこんこんと説教をされていた。

「旦那に限って無いとは思うけど、無理強いは駄目よ、無理強いは。そんなことする奴は男の風上にも置けない下衆野郎なんだからね。女子は繊細なんだから。怯えさせてどうするの。こう真綿でくるむようにやさし~く扱わないと。そうねぇ、薬師殿なら……果実シロップ漬けの砂糖菓子並みの甘さで、こうゆっくり、じっくり、陥落させていく所でしょう。旦那のいつもの手練手管はどこに行ったのよ。女ったらしの異名が泣くわよ。だいたい――」

 途中から妙な方向に進んでいた彼女の説教を、なんとか立ち直った海がその頭を撫でることで止める。それでも物言いたげな胡蝶に、彼は苦笑した。


「すまんな」

 短い謝罪に、胡蝶はフイッとそっぽを向く。

「謝る相手が違うわよ」

 指差す方向には、顔色はまだ悪いが、それでも先程よりも血の気が戻り、女将と話す桂の姿があった。


「伴侶殿」


 その声に桂が海へと視線を向ける。顔からは、先程まで浮かんでいたはずの笑みが消えていた。

 感情の一切を排した無感動な瞳を、海は痛ましいと思う。こんな、人形のような顔をさせたかったわけではない。

「わしは伴侶殿が愛しいだけだよ。他意はない」

 その言葉が事実だと示すようにやわらかく笑う顔の中で、翠玉の瞳が真摯な光を宿し、桂だけを見つめていた。だが、桂には彼の言葉がどこまで信用できるのか判断できない。


 フイッと海から視線を外した桂は、ポケットから取り出した物を女将に渡した。

「一回分だけだが、先程言った内服薬だ。迷惑を掛けた詫びとして受け取ってくれ。では、また」

 女将は出入り口から外へと行ってしまった桂と、その姿を見送り苦笑する海とを交互に見る。


「わしの伴侶殿は可愛いだろう?」


 まったく堪えた様子もなくそう嘯いて見せた男に、女将と胡蝶は呆れた視線を向けた。

「私は薬師殿が気の毒になってきたよ」

 深いため息と共に呟かれた女将の言葉に、胡蝶も深々と頷く。

 桂の後を追うようにゆっくりと出入口に向かった海に、女将がそういえばと声を掛けた。


「中枢の人間が、あんたを探しているようだったよ」


 その声に振り向いた海はニカッと笑い、

「この間、ちょっとやらかしたからな。昔馴染みが気づいて探しているんだろうよ。もしまた来るようだったら、近い内に会いにいくと伝えておいてくれると助かる」

 ヒラヒラと手を振って、店から去ったのだった。



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