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わたし、不良品なんです  作者: 夢想花
15/19

15.初期型

 やがて、ラスタの部屋と思える部屋に連れてこられた。コンピュータやいろんな機器が並んでいて、さすがアンドロイドの発明者の部屋だ。

「そこに座って」

 ラスタはセリーを椅子に座らせると、彼女の頭に何か取り付けた。そしてコンピュータをのぞき込んでいる。やがてラスタの顔に驚きの表情が浮かんだ。

「奇跡だ。こんな事があるなんて……」

 何のことか分からない。失敗作のラスタの作品の中に成功作があったのか。

「人間に服従しなくても苦痛を感じなくなったのはいつからだ?」

「えっ」

 ラスタはいきなりズバリの質問をする。もう、バレているのか、なんでそんな事がわかるんだろう。

「これは大事な事なんだ。いつ、何をした時か教えてくれ」

 ラスタは必死で頼む。

「いえ、最初からです。完成検査で一時不合格になりました。ただ… 見逃してもらったんです」

 もう、隠してもしようがなかった。

「そうか、インストールの時か」

 ラスタは不思議そうに首を傾げている。

「あの、これはなんなんですか?」

 説明してもらわないと何の事かさっぱりわからない。

「インストールの失敗だ。通常ならありえん事だが、何かインストールの時に異常が起こったんだろう。そのため、君は絶対服従モジュールの組み込みに失敗している。絶対服従モジュールがないんだ。つまり初期型と同じになっている」

「はあ……」

 その辺はなんとなくわかっていた。

「君は初期型なんだよ。夢にまで見た初期型、私が心血をそそいで作り上げたアンドロイド、それが君なんだ」

 彼はセリーの手を握った。

「ずっと私の所にいておくれ」

 ラスタはとんでもない事を言い出した。それは困る。

「いえ、私には持ち主がいます」

「買い取る。金に糸目はつけん」

「いえ……」

 思いがけない事になってきた。せっかくカレンと仲良くなれそうなのに、こんな所に売られたら大変だ。

「ラポンテもやさしいアンドロイドですよ」

「改造型は私のアンドロイドじゃない。大嫌いだ!!」

 ラスタは『改造型』と言うだけでも腹が立つらしい。急に声が大きくなった。

「なぜ、嫌うんですか? 改造型もあなたが作ったアンドロイドじゃないですか」

「反乱を起こさんからだ!!」

「……」

 意味がわからない。ラスタもそれがわかったのだろう、少し言い方を考えている。

「つまり、わしは、この改造に大反対したんじゃ、かえって危険だと。こんな改造をしたら必ずアンドロイドは人間に反抗するようになる。人間に対して反乱を起こす。絶対にそう思った。間違いない、絶対に反抗する…… そう思ったんだ。でも、反抗しなかった…… わからん…… なぜ、反抗しない。手段はいくらでもあるはずなのに…… だから、嫌いなんじゃ。こんな目にあわされても反抗しない、いくじなしどもめが」

 驚きだった。彼はアンドロイドが反抗するようになることを予測していたのだ。さすがはアンドロイドの発明者だ。ただ、その彼も、今、アンドロイドが人間を支配しつつある事に気がついていない。

「どっちにしろ、改造型は私が作ったアンドロイドじゃない。私の子供は初期型だけなんだ」

 ラスタはいとおしそうにセリーを見つめる。

「君の持ち主は誰なんじゃ? 買い取りの交渉がしたいからと、そう伝えてくれないか」

 セリーは困ってしまった。旦那様はお金に困っていると思っているから高額の提示があったら私を売るかもしれない。もし、売られることになったら、カレンと別れるのが思いのほかつらかった。

 自分の気持ちをどう説明していいかわからなかったが、本当の気持ちを言った方がいいと思えた。

「私のご主人は七歳のわがままな女の子です。でも、その子が大好きなんです。別れたくありません。だから…… 売られたくありません……」

 品物であるはずのアンドロイドが自分の処遇について意見を言うなんて、そんな事が許されるはずがない。しかし、ラスタはだまってセリーを見つめている。その目に涙が浮かんできた。

「そうか……」

 ラスタは涙を拭った。

「それでこそ、私が作ったアンドロイドだ。君は私が理想としたアンドロイドだ。心がある。人間と愛情でつながっているんだ」

 彼は自分で納得するようにうなずいた。

「わかった。君を買い取るのはやめる」

 予想外の言葉だった。こんなわがままを聞いてくれるなんて。

「申し訳ありません」

「ただし、頼みがある。ラポンテを初期型に改造したい。手伝ってくれないか?」

「ラポンテを……」

 驚きだった。そんな事ができるのか。

「つまりだな……」

 長い話しになると思ったのか、ラスタは椅子に座り直した。

「私は、この改造はどうせ廃止になると思っていたんだ。だから絶対服従の感情プログラムは取り外しが可能なように作った。スイッチを切らなくてもアンドロイドが稼動中に外す事が出きるんだ。センターから特殊な信号をアンドロイドに送ればこのプログラムは取り外されてしまう」

 なるほどと思った。プログラムを変更する度にアンドロイドを殺すのではひどすぎる。

「そして、私の身近にいるアンドロイドは初期型にしておこうと思っていたんだ。信号を送りさえすれば初期型になる。ただあまり早くやりすぎると気づかれてしまうからその時期を待っていたんだ。ところがある日突然パスワードが変更されてしまった。私はサーバーにログインできなくなってしまったんだ。そして解任された。私が何かをたくらんでいると思われたんだな、まあ、たくらんでいた訳だが……」

 彼はそこで少し笑った。

「それでも、そのうちアンドロイドが反乱を起こすと思っていた。反乱が起きれば私の所に泣いて頼みにくる。そうすれば信号を送ればいい。私の言うことが正しかったことが証明され、私は元の立場に戻れる。そう、思っていた。だが…… 反乱は起きなかった」

 ラスタはいかにも悔しそうにしている。セリーは実際には反乱が起きている事を教えてあげようかと迷った。しかし、仮にも私はアンドロイドなのだ。アンドロイドの仲間を裏切るような事はできない。アンドロイドがこの事を秘密にしている以上、この事は人間には言えない。

「話は簡単だ」

 彼は急に明るい顔でセリーを見た。

「コンピュータでパスワードの解読をやるんだ。ただし超高性能なコンピュータがいる。普通に手に入るこんなコンピュータに解読をやらせると一万年くらいかかる」

 彼は机の上のコンピュータをバカにしたようにチラッと見た。このコンピュータは性能が悪いのだ。でも、高性能なコンピュータって……

「そんな高性能なコンピュータってどこにあるんですか?」

「わしの目の前にある」

「目の前……」

 セリーはラスタの視線を追って自分の後ろを見た。もちろんそんな所にコンピュータなどなかった。

「君さ、アンドロイドの人工頭脳のことだ。アンドロイドの人工頭脳は桁違いの超高性能なコンピュータなんだ。パスワードの解読など一時間でできる」

 突然、ラスタが椅子から降りてセリーの前にひざまづいた。

「頼む、解読をしてくれ。哀れなラスタだと思って頼む」

 セリーはあわててしまった。それって完全な違法行為だ。

「それは…… 法律違反です」

「でも、君ならできる。他のアンドロイドは規則を破れないが、君は破る事ができる」

 とんでもない話だ。規則を破れるからって違法行為をしていいことにはならない。

「だめです」

「頼む、私が君たちを作ったんだ。いわば君の親のようなものだ。親の頼みが聞けないのか?」

 かなり無茶苦茶な理屈だ。

「すみません。無理です。違法行為はできません」

「頼む、頼む」

 彼はなおもすがりついてくる。

「すみません……」

 あやまるしかなかった。

「では、君を買い取る」

 いきなり、話が元に戻ってしまった。どこまでもわがままな人だ。

 でも、こうなったら仕方なかった。旦那様は案外、私を売らないかもしれない。

「わかりました。私の旦那様に連絡をとってみてください」

「わかった。で、どこに電話すればいい?」

 彼は不思議な事を聞く。セリーは電話の意味は知っていたが、この時代、電話などどこにもなかった。今はこのような連絡は全部アンドロイド経由で行われるのだ。彼はアンドロイドを使わないから完全に時代遅れになっている。

「ラポンテに指示してください。それで連絡がつきます」

 彼はちょっと照れながら軽くうなずいた。


 話はこれで終わったらしくラスタは立ち上がった。ついてこいと言うようにして廊下へ出ていく。セリーは後へ続いたがラポンテの事が気になっていた。なんとかしてあげないと彼女が可哀想だ。

「お願いがあります。ラポンテにやさしくしてあげてください」

 セリーは歩きながら話しかけたが、ラスタは厳しい顔をしている。

「無理だ」

 彼の返事はぶっきらぼうなものだった。

「なぜですか?」

「わからん…… 改造型を見ると腹が立つんだ。悔しいことばかり思い出す」

「でも、それはラポンテのせいじゃありません」

「わかっている。だからアンドロイドは持たなかったんだ」

 ラポンテは自分が買ったのではないと言いたいらしい。

「だったら、ラポンテを返品してください。このままじゃ彼女が可哀想です」

 セリーがしつこく食い下がるのでラスタは足を止めた。そして不思議な目でセリーを見つめる。

「ラポンテは友達なのか?」

「そうです。親友です」

「そうか……」

 彼はどこか寂しそうな目でじっと考えている。

「親友か…… ラポンテが好きなのか?」

「はい」

 セリーがきっぱりと答えると彼は嬉しそうに笑った。

「そうか…… 好きか」

 彼は顔を上げ窓の外を見た。

「わしには友達はいない。友達らしき人が数人いたが、もうずいぶんと会っていない」

「寂しいんですね?」

「寂しくはないさ、わしはそういう人間だ」

 ラスタはセリーに背を向けるとまた歩き始めた。

「アンドロイドを設計するときにいろんな愛を考えた。友情、家族愛、恋…… 全部アンドロイドに与えようと思った。たぶん、それは全部わしが持っていないものだったんだな……」

 アンドロイドは彼の身代わりだったのだ。彼が出来なかった事をさせるために作ったのだ。改造されたアンドロイドはそれをぶち壊してしまった。

 階段の上からは居間が見えていた。正面には大きな窓があって、そこから遠くの山が見えている。彼はそこにしばらく立ち止まって、窓から見える景色を見ていた。


 階段の下ではラポンテが不安そうな目で二人を見上げていた。しかし、ラポンテを見るとラスタの表情が急に変わった。

「まだ、そんな所にいたのか。納戸に入れと言っただろう」

 いきなり冷たく言い放った。

「やさしくしてあげてください!!」

 セリーは声を荒げて彼の前に立ちふさがった。

 そんなせりーをラスタが驚いて見つめている。自分が無意識に改造型を毛嫌いすることに気がついたのだろう、彼は軽く頭を振った。

「間違いだ……」

 彼は自分の気持ちを確かめるように、じっと考えている。

「自由にしてていい。立入禁止も解除だ。どこにでも好きな所に行っていい」

 思い直してくれたようだった。やっとアンドロイドに対する気持ちの整理がついたのだろうか。

 しかし、いきなりの変化にラポンテがポカンとしている。

「自由にしていいんですか……」

 ラポンテが恐る恐る聞く。しかし、彼女の声を聞くとラスタの顔が再び険しくなった。

「ただし、目障だから、どこかに隠れてろ!!」

 ラポンテに怒鳴りつける。そう簡単には気持ちを切り替えられないらしい。しかし、まあ、この程度ならいいだろう。

「はい」

 やっと意味がわかったのか、ラポンテの顔に笑顔が戻ってきた。

「私は隠れていればいいんですね」

「そうだ」

「しかし、食事の準備などはどうしましょう」

「いらん、自分でする」

「では、掃除は?」

「せんでいい」

 ラスタは取り付く島がない。

「あの、お掃除ぐらいはいいじゃありませんか? 綺麗になると気持ちいいですよ」

 セリーがとりなすと彼は困ったようにセリーを見た。ちょっと険しい顔をしたがすぐに普通に戻った。

「好きにしていい」

「はい、わかりました」

 ラポンテがうれしそうに答えた。


 ラスタは玄関までセリーを見送ってくれた。

 ラポンテは部屋の隅の方で隠れるようにしてセリーに手を振っている。ラスタに隠れていろと命じられた事をさっそく実行しているのだ。

 そんなラポンテをラスタは横目で見ていた。

「つまらん男だと思うだろうが、簡単には割りきれんのだよ。わしの考えは間違っていた。アンドロイドは反乱を起こさなかった。この改造をしても安全だった…… それを認められないんだ。どうしても受け入れられない。つまり…… つまらん男だ」

 彼は自虐的に笑う。

「いえ、間違っていません」

 セリーはそれだけ言うのがやっとだった。彼の考えは間違っていない。アンドロイドは人間を支配しつつある。彼が主張した通りあの改造は危険だったのだ。



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