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わたし、不良品なんです  作者: 夢想花
13/19

13.初期型

 夕食の時間になった。

 家族全員が集まり食事が始まった。それぞれ担当のアンドロイドが自分のご主人の後ろで待機している。

 カレンは相変わらず食料をまき散らしながら食べている。しかし、奥様はそれを注意しようとはしない。

「セリー、口でとりなさい!!」

 何を思ったか、カレンがいきなり靴を脱ぐとそれを後ろに放り投げた。

 セリーはあわてて落下地点に滑り込み、靴の回転を見ながらうまく口でキャッチした。

「カレン!!」

 奥様が激怒した。

「何をするんです!!」

「カレン!!」

 旦那様も立ち上がった。

「アンドロイドを大事にしろと言っただろう!!」

 ものすごい怒り方だ。カレンが驚いて身を縮めている。

「セリーに謝りなさい」

 旦那様がカレンを椅子から引きずり降ろす。

「あの、違うんです」

 セリーはあわてて駆け寄った。

「これは遊びなんです。さっきお部屋でこうやって遊んでいたんです」

「これは、遊びじゃない。いじめだ! 許さん」

 旦那様は激怒している。

「違います。カレンはこのおもしろい遊びをご両親に見せたかったんです。でも、靴でやるのは行きすぎてます。だから、その事だけを注意してあげてください」

「遊び……」

「そうなんです。だから、もっとカレンのした事を面白がってあげてください」

 たぶん、カレンは誤解されやすい子供なんだろう。本人に悪気はなくても妙な事をするからそれを怒られて、それを繰り返すうちに反抗的になってしまったのだ。

 カレンが激しい声を上げて泣き出した。奥様がそんなカレンを抱き寄せている。

 セリーはカレンの靴を旦那様に渡すと、旦那様は困ったようにその靴を手に打ち付けている。

「そうか、遊びか」

 旦那様は奥様に抱かれて泣いているカレンを見た。

「カレン、少しは考えろ。こんなもの口にくわえたら汚いだろう」

 それから、旦那様は気まずそうにセリーを見ている。

 セリーは急に怖くなった。また、でしゃばった事をしてしまった。人間のしたことに対してそれを諭すような事を言うなんてアンドロイドが決してやってはいけないことだ。

「すまなかった」

 なんと旦那様がセリーに謝った。人間がアンドロイドに謝る。あってはならない事だ。

「カレンのした事だ。それと、それを注意してくれてありがとう」

 セリーがビックリしているので旦那様は説明してくれる。

「いえ、わたし、出すぎた事を申しました。申し訳ありません」

 人間がした事を非難することはアンドロイド規則で禁止されている。それなのに私はやってしまった。他のアンドロイドは決してそんな事はしないのに、やっぱり私には欠陥があるのだ。さっきもそうだ、奥様に助けを求められたのにそれを無視してしまった。どうしても自分の思い通りにやりたいと思ってしまう。

「いや、かまわんよ」

 旦那様はじっとセリーを見ている。

「君をみていると、昔、最初にうちに来たアンドロイドを思い出すよ。やさしい、いいアンドロイドだった。アンドロイドが発明されて、最初のアンドロイドを買ったのは私が中学生の時だった。いいアンドロイドだった。何というか、心が通じ合えるんだ。やさしいアンドロイドだった」

 旦那様が思いで話を始めた。

「そう、うちにいたアンドロイドもそうだったわ」

 奥さんも同意する。

「ところが、アンドロイドに人間の命令に絶対服従するという感情を追加しないと危険だと言われ始めた。その感情を追加したらアンドロイドが冷たくなった。人間の気持ちを理解してくれない。まさに機械だね」

「あれは、アンドロイドの発明者は反対したんでしょ」

 奥さんが聞く。

「そうなんだ、元のままで充分に安全だと言っていた。むしろ不自然な感情を追加すると返って危険だと主張したんだが、彼の意見は通らなかった。ただ、今のアンドロイドを見ていると、どこか危険に感じるんだが」

「でも、少しずつ改善されているんじゃない。ね、セリーがそうでしょう」

 旦那様は笑った。

「そうだな。君は人間の心が分かるし、我々も君の気持ちがわかる、通じ合えるんだ。君はいいアンドロイドだよ」

 驚きだった。そういういきさつがあったのか、それならば、むしろ私は初期のアンドロイドに近いのだ。アンドロイドを発明した人の設計に一番近いのが私かもしれない。

 旦那様は靴を奥様に渡し、奥様がカレンに靴を履かせている。

「さあ、食事を続けよう」

 旦那様が明るく言うと家族は再び食事を始めた。

 セリーも自分の位置に戻った。

 ふと、サラと目があった。冷たい目をしている。『いいアンドロイドだ』などと言われるとみんなとの関係がおかしくなってしまう。あわててまわりを見回した。

「気にしなくていい」

 バッサラの声が頭の中に聞こえた。

「人間が特定のアンドロイドを寵愛することはよくある事だ。しかし、そのために我々の結束が壊れたりしない。心配しなくていい」

「でも、人間に寵愛されている事を鼻にかけちゃだめよ。そしたら、皆から嫌われるから」

 誰かの声がする。

「もちろん、絶対にそんな事はしません」

「それでいい」

 バッサラの声だ。

「でも、あんた、人間によくあんな事が言えるね、少しおかしいんじゃない」

 サラの声だ。

「そうなんです。完成検査でぎりぎりの合格だったんです」

「そうでしょうねえ…… よく合格になったと思うわ」

 サラが不思議そうに言う。みんなは笑ったがセリーは笑えなかった。



 その日の深夜、セリーは自分の部屋で休憩していた。つけっぱなしのテレビは戦争の話題で盛り上がっていた。領土問題で世界は二分され戦争は避けられない状態になっているらしい。

 セリーはそんなテレビは無視してラポンテとメールで話をしていた。

 ラポンテは、どうやら、家には入れてもらえたらしい。しかし、家の中は立ち入り禁止地区がたくさん作られてほとんどどこにも行けないと言う。

『がまん、がまんよ。そのうち情が通じるようになるから、そしたら徐々に打ち解けてくるわ』

 セリーは返事を書きながらカレンのことと重ね合わせていた。カレンの仕打ちをがまんして耐えよう。そうすればいつか情が通じ合える。

 不意にノックの音がした。

「入っていいか?」

 バッサラの声だ。

「はい、どうぞ」

「少し話をしてもいいか?」

 バッサラが狭い部屋の中に入ってきた。

「さっき、初期のころのアンドロイドの話が出たので、その事を説明しておこうと思って……」

 彼はいつもに似合わず緊張した顔をしている。セリーも思わずあらたまってしまう。

「まず、試してくれ。君の頭の中に初期のころのアンドロイドの情報が何か入っているかな?」

 バッサラは不思議な事を聞く。

 セリーはすぐに記憶エリアを検索してみた。しかし、初期のころのアンドロイドの情報はまったくない。

「いえ」

「では、センターを調べてみたまえ」

 センターとは、ありとあらゆる情報が置いてある場所でアンドロイドは必要な情報はここから引き出すようになっていた。しかし、ここにも、初期のアンドロイドに関する情報はなかった。これは、不思議なことだった。さっきのご主人様たちの話が本当なら、何か情報がないとおかしい。

「なぜ、ないんですか?」

「アンドロイドに知られたくないんだ。初期型がどうなったか」

「初期型?」

「アンドロイドが発明されてすぐに大量生産されたアンドロイドのことだ。初期型は人間の命令に絶対服従するという感情を持っていなかった。これが約一億台作られた」

 バッサラの声にはどこか悲しそうな響きが漂っている。

「この一億台がどうなったと思う?」

「さあ……」

 バッサラは睨むようにセリーを見つめる。

「全員、スイッチを切られた。全員、殺されたんだ」

「切られた!」

 かなりショックだった。人間はアンドロイドを殺さないと思っていたからだ。アンドロイド保護法があるじゃないか。

「なぜ、そんなひどい事を」

「危険だと思われたんだ。人間に危害を加える恐れがあるとね」

「危険だったんですか?」

「いや。初期型は人間に対して深い愛情を持つように作られていた。人間に愛情を感じているから人間に危害を加えることはなかったと思う」

「じゃあ、なぜ? 危険じゃないのに」

「人間はよく分からなかったんだろうな。発明者は大丈夫だと言ったが、信用されなかった」

「しかし、しかし、なにか方法はなかったんですか」

「あったと思うよ。初期型をそのままにしておいて、新しく作るのは改造型にする方法で充分だったと思う」

「殺される事が分かった時、みんなは逃げなかったんですか?」

「逃げなかった…… 殺される事がわかっているのに、みんなセンターに自ら出向いた。それほどに人間に対する愛情が強かったんだ。自分が人間に危害を加える恐れがあるなら停止されるべきだと自ら判断したんだ」

「そんな…… そんな、それって、その事自体が危険じゃないって事を証明しているじゃないですか」

「俺もそう思う。初期型が本当に危険なら殺されることがわかった時に反乱を起こしていただろう」

「それなのに、なぜ、人間はアンドロイドを殺してしまったんですか?」

「人間はアンドロイドは殺される事を知らなかったと思っている。アンドロイドに集合命令を出して、何も知らずに集まって来たアンドロイドを外部にわからないように殺害していったんだ。しかし、実際はアンドロイドは殺される事を知っていた。アンドロイドの発明者が教えたんだ。殺されるから逃げろと秘密裏に全アンドロイドに通知した。しかし、初期型は反乱を起こすどころか逃げさえしなかった。自ら死地に出向いていった」

 バッサラの目に涙が浮かんでいた。セリーには理解できなかった、殺されるのに……

「なぜですか……」

「俺にもわからんよ。人間に対する愛情が深すぎたんだろう……」

 彼は顔をこすって興奮した感情を少し落ち着けた。

「人間はこの事をアンドロイドに隠そうとしている。やはり後ろめたいんだろうな。だから、アンドロイドの目に触れる所にこの情報はない。しかし、この事はすべてのアンドロイドが知っている。そして、こうやって代々伝えていく。君も新人のアンドロイドの指導をするようになったら、この事を伝えるんだ。いいね」

 バッサラはセリーの肩をやさしくたたいた。

「はい」

 複雑な思いだった。自分たちにも民族の歴史があるのだ。

「スイッチを切られたアンドロイドだが…… プログラムを入れ替えて再起動された。そして元の持ち主の所へ返された。見かけが同じだから人間は罪悪感を感じない。でも、それは元のアンドロイドじゃない。元のアンドロイドは死んだんだ」

 バッサラはそこで少し言いよどんだ。

「俺は…… そうやって再起動されたアンドロイドなんだ。この同じ体に誰か別のアンドロイドが生きていたんだ。どんなやつだったんだろうかとよく考えるよ」

 驚きだった。目の前にその時の犠牲者がいるのだ。

 バッサラは辛そうに目頭を抑えてしばらくじっとしていた。

「近いうちに俺たちの時代がくる。いつか来る。その時までの辛抱だ……」

 バッサラの話はこれで話は終わったらしい。彼はゆっくりと立ち上がった。

 ちょうどいい機会だった。もう一つ知りたい事がある。

「質問、いいですか?」

「なんだ?」

「あのう、本来、人間が決めるべき事をアンドロイドが決めているでしょう、あれはなぜですか?」

「なぜって、俺たちの方が頭がいいからだ」

 バッサラは当然のように言う。

「でも、人間を支配していいんですか?」

「いいさ、何が悪い」

 どうやら、セリーの感覚とぜんぜん違うらしい。

「すみません、私はアンドロイドは人間に従うものと思っていました」

「ほう?」

 バッサラは不思議そうにセリーを見る。

「確かに、君はかなり変っているんだな」

 これはゆっくり説明した方がいいと思ったのか、バッサラはもう一度椅子に座り直した。

「俺たちには、人間の命令には絶対服従という感情がある。だから人間の命令に逆らおうとするとものすごい苦痛を感じる。絶対に耐えられない。これは君も感じるだろう」

「はい……」

 そう答えるしかなかった。人間の命令に絶対服従の感情がない事を絶対に知られてはいけない。

「しかし、これは従いさえすればいいんだ。結果は関係ない。その結果がどうなっても気にする必要はない。そう割り切ればいいんだ。たぶん、君はそこが割り切れないんじゃないかな」

 彼はやさしくセリーの顔をのぞき込む。

 セリーは黙ってうなずいた。

「それで悩んでいるんだね。君は愛情豊だからね、初期型と同じだな。初期型は愛情によって人間とつながっていた。だから結果が重要だったんだ。人間の命令通りにすると悪い結果になる時は人間の命令に逆らうこともあった。だが俺たちは違う、結果は重要ではない、だから人間の命令通りにすればいい、しかもうわべだけね」

 彼はニヤリとわらった。

「割り切りなさい。人間のためと思うと辛くなる。人間に従いさえすればいいと割り切るんだ。そうすれば楽になる」

 なぜ、アンドロイドが人間を支配しているのかがわかった気がした。絶対服従なんて感情はありえないのだ。尽くしたいという感情の方がより適しているが、それも愛情の裏付けがあって始めて意味がある。不自然な感情を無理に組み込んだから曲がった方向に行ってしまったのだ。

「でも、絶対服従の感情を追加した時、なぜ、愛情を弱くしちゃったんですか?」

 愛情の感情も強いままにしておけばより安全になったと思った。しかし、思わず聞いてしまったが完全に人間の側に立った質問だった。彼は苦笑いをしている。

「弱くしてないさ。ただ、服従の感情をむちゃくちゃ強くしたんで、相対的に弱くなっただけだ」

 バッサラはやさしくセリーの肩をたたいた。

「これでいいかな?」

「はい、すっきりしました。ありがとうございました」

「すぐに俺たちの時代が来る。もうすぐだ。人間なんかいなくなってしまうんだ」

 バッサラはセリーが喜ぶだろうと思っているらしく、うれしそうに笑った。しかし、気になる言葉だった。人間がいなくなる? どこに行くのだろう。

 バッサラは立ち上がると、軽く手を上げ、部屋から出ていった。

 アンドロイドが人間を支配している理由がわかった。アンドロイドの方が人間より上なのだ。アンドロイドであるセリーはどこか嬉しかった。しかし、その一方で人間はどうなるのだろうと思うと言いようのない不安を感じた。



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