変化球 8
朝からコンビニスイーツを楽しんで、朝ごはん代わりにするには少ない量でなんだか満足できず、余計にお腹が空いてしまったため、野菜とチーズのオムレツを作ることにした。
冷蔵庫を覗いて使えそうな野菜を適当に取り出しオムレツを作る。コーヒーよりも紅茶派の我が家は何種類かの茶葉が常備されている。オムレツを作る横で、お母さんが茶葉を選んで紅茶を入れてくれた。
二人でぽそぽそと話しながらゆっくりと朝ごはんを楽しんだ。
「お父さんの転勤が本決まりになりそうなの。」
とお母さん。
「そんな話が出てるとは言ってたけど、十中八九はないだろうって言ってたやつ?」
「そう、そのないだろうが、あることになったの。」
とりあえず、私の大学の入試が終わるまでは言わないでおこう、と話していたらしい。本当は春から行くはずだった人が会社の内部の問題で行けないことになり、そのお鉢がお父さんに周ってきたらしい。うちでは子供っぽいところを見せるお父さんも会社ではしっかりやっているようで、上からも下からも信頼はあるらしい。本当ならば去年という話も出ていたらしいけれど、私の受験のために(そのことは上司に入っていないけれど。)何とか上司を言いくるめて(?)先延ばしにしてもらったらしい。理由に使ったプロジェクトがかなりの利益を生んだようで、さらに株が上がったらしい。ちなみに、お父さんが去年転勤を阻止したのは私のため、というより自分のためだ。去年の時点で転勤になれば、絶対に単身赴任になった。お母さんに聞かなくても、その答えが分かっていたから、と。大学入試の年の娘をまた新しい土地に引っ張っていくことは絶対に出来ないから、とお母さんは私と一緒にこっちに残ることを選ぶはず。単身赴任など絶対にお父さんにはできない。と。
『京子さんがいない生活は耐えられない!』などと言っていた。
そこで、すこし間が空く。
「遠い所?それとも私が受かった大学がある県?もしかしたら、そのあたりに転勤になるかもって言ってたから調べてみたら、その大学の学部も結構しっかりしてたからそこでもいいかなって思ったんだけど。運よく受かったし。」
「それがね、シンガポールなの。」
「・・・・?あ、そこは受けてないかな。」
あまりにも気が動転してなんだかわけのわからない返事をしてしまった。滋賀県って言った?でもなんか違ったよね。
「シンガポール?って、外国?のシンガポール?」
「そう、栄転でかなりの好条件なんだって。5年程度になるらしい。そこでまたしっかり業績を残せばこっちに帰ってくるときにすごく有利になるらしいの。社内でも有名なんだって。シンガポールは出世街道の華道らしいの。お父さん、次の転勤は国内だと思ってたんだけど、突然スポットが開いて、急遽大抜擢になったらしいの。今いらっしゃる方が夏までは残ってくださるらしいんだけど、引継ぎとかもあるから遅くてもゴールデンウイーク明けまでには来てもらえたらっていう事になったみたい。お父さん、桐子に話さなきゃ、話さなきゃって言ってたんだけど。ごめんね。」
去年の転勤を回避するために頑張って仕事をしたせいで、周りの目に留まり本当は数年先にはなるだろう、と思われていたポジションに引き上げられることになったらしい。
「シンガポール?」
「うん。」
「おめでとうだよね。すごくいいことだよ。」
「うん。でも、」
「そんなの行かなきゃ!!お母さんも絶対に一緒に行ってあげて。お父さん一人じゃ毎日めそめそして仕事できなくなりそうだもん。首になったら困る。大学から一人暮らしする人って結構たくさんいるんでしょ。私もそうなるってだけのこと。大丈夫だよ。シンガポールって一度行ってみたい国だったんだ。マーライオンがいるんでしょ。見てみたい。絶対に遊びに行く。お母さんもホーカーズのおいしいお店とか散策して遊びに行ったときに連れて行って!!駐在妻ってやつ。」
あまりにもびっくりしてテンションが爆上がりになって変なほうに感情が爆発してしまった気がする。かたっと音がして、拓海君が起きてトイレにでも行ったのかな、と思っていたら扉が静かに開いて涙を流しているお父さんが台所に入ってきた。
「ふー、うー、桐子、ごめん。ちゃんとお父さんから話をしようと思ってたんだけど。」
ぐすぐすと泣きながら立っているお父さんを見てお母さんが手を引いて座らせる。そんなお父さんを見ているとなんか、この人、本当に会社で仕事ができてるのかな、と不安になる。余計に、やっぱりお母さんも一緒でないと絶対だめだろうな、と感じる。
「だから大学に入ったら一人暮らししたいか、とか何気なくぽろぽろとお母さんが話に混ぜてたんだよね。なんか、腑に落ちた。」
という私にお父さんが
「桐子、大学に入る前に語学留学っていう手もある。一緒にシンガポールに行って語学学校に通って向こうで大学に入るっていう手もある。」
などと言う変化球を投げつけてきた。第一志望が不合格だったら考えてみてもいいかな。でも、また受験勉強をするのも大変だな、とも思う。とにかく、新情報が大きすぎる。考えるのは後回し。
「お父さん、野菜のオムレツ食べる?作るよ?チーズも入れる?」
台所に立つ私に、
「どうするにしても、最初の数か月はお父さんだけ先に行ってもらって、もし、お母さんもシンガポールに行くなら桐子が引っ越し先に落ち着いて生活が安定してからにするから大丈夫よ。」
「もし、じゃないよね。来てくれるよね。」
と力のこもらない声でお父さんがつぶやいた。




