発熱 6
高校3年の3月半ば。最後の大学入試が終わった。すでに合格通知をもらっている大学もあるけれど本命の大学は少しばかり遅い時期の入試、それに加えて発表も遅い。それでも、受験勉強終了はかなりうれしかった。あとは結果を待つだけとなった週末。
お隣の拓海君が体調を崩したので、夕食を食べに来られないと連絡が入ったのは金曜日のお昼ごろ。知らせを受けたうちのお母さんが根掘り葉掘り聞いたことから、風邪をひいて寝込んでいるらしいことが判明した。常備薬があるのでそれを飲んで一日眠っていればたぶん大丈夫だろうと言ったとのことだった。それでも、心配性のお母さんは『良くならないのであれば病院に連れて行くから、連絡してね』というメッセを送ってとりあえず眠らせてあげようという判断をしたらしい。心配性のお母さんとしてはかなりの譲歩だった。
暗くなっても一向に電気が付く気配がお隣さんを心配したお母さんが「眠っているだけなのかもしれないからそっとしておいてあげたほうが絶対にいいよ。拓海君は小学生の小さい子ってわけでもなくてもう大学生なんだよ。大人なんだから。」というお父さんの助言を聞きいれることもなく、お父さんにお隣さん直撃訪問の任務を課した。
病気になったときは大人も子供もない!!と病気になったとき毎回お母さんにでろでろに甘えるお父さんの様子をお母さんが事細かに描写し始めたら慌てて私の方をちらっと見て「様子を見に行きます!!」ときりっと立ち上がった。
お父さん、私、もう知ってるから。
『世話焼き母さん、心配だから確認しないと絶対に気が済まないんだよね。おせっかい、ってなる事もたくさんあるけど。あの人、愛があふれてるから。』私とお父さんはバタバタと慌てて病人に必要そうな物を袋に詰めている母の背中を見つめて顔を見合わせふっとため息をついた。
二人で出かけて行ったと思ったら、お母さんから
『客間に布団をすぐに敷いて。拓海君連れて帰るから。』というメッセージが届いた。慌てて対処していると
2分くらいして玄関でゴン、と何かぶつかる音が聞こえて、お母さんが
「お父さん、病人なんだから気を付けてあげないと。ケガさせたらかわいそうでしょ。」
お父さんが拓海君を支えながらよろよろと家に入ってきた。客間から顔を出して様子を見ていた私にお母さんは
「拓海君のお父さん、今回長期出張だったでしょ。来週の半ばまで帰ってこないっていうから心配だし、体調が戻るまでうちで面倒見ようって決めたの。」
と説明してくれた。
私が急いで敷き終えた布団に崩れるようにして拓海君と一緒に倒れるお父さん。
「京子さん、僕もう若くないんだから、僕もいたわって欲しい。ぶつけて痛い思いしたのは僕だよ。拓海君はちゃんと守ったもん。」と、うるうるしているお父さんに
「額冷やすの持ってきて!」と掛け布団で拓海君を覆っているお母さん。
「予備の毛布取ってくるからちょっと待っててね。」急いで廊下の先の押し入れへと走っていくお母さん。
私はペットボトルを台所から持ってきて枕元に設置していたら、拓海君がうっすらと目を開けて
「迷惑かけてごめんね。」と本当に申し訳なさそうに謝ってくる。
「迷惑かけてるのはこっちだよ。お母さんが拓海君が家で寝てるって言ったの無視して無理やり連れてきたんでしょ。家で寝てた方がゆっくりできたかもしれないのに。こっちもごめんね。」と謝る私に、拓海君はほんのり笑って、
「でも、うれしかった。入試全部終わったんだよね。お疲れさま。」
二人で浸っていると、毛布を持ってきたお母さんがせかせかと動き回って一生懸命拓海君の世話を焼き始めた。枕元に座っている私の反対側に陣取ったお母さんが、ほら、水分補給、薬は?なんか食べたい?スープとか飲む?などとまくし立てている。
「京子さん、とりあえず拓海君が落ち着くまでそっとしておこう。余計疲れちゃうよ。拓海君もここで遠慮はもうしないよね?」
というお父さんの問いに拓海君は
しっかりと頷く。必要なものがあったらメッセージで送って、と告げてお母さんの背中を押しながら部屋から連れ出す。私の方を振り返って、『お前も部屋を出なさい。』と口をパクパクして身振り手振りの無言の圧をかけてきた。
小さな声で、少ししたら覗きに来るけど、眠れるようなら寝るのが一番だから、と声をかけて部屋を出る。
『今夜は拓海君と一つ屋根の下!!きゃー!!!』と少しばかり脳内お花畑になる。病人相手に何を考えてるんだ、と自分に突っ込みを入れて自制心。受験勉強が終わったからタガが外れてるかも。
その後、何度か覗いたけれど、薬が効いているのか拓海君はぐっすり眠っているようだったので静かに扉を閉めた。
11時ごろ拓海君は目を覚ましたようでトイレに行く音が聞こえた。お父さんが居間から出て、トイレから出てくる拓海君を待って熱を計って体調確認をしてくれた。
「少し熱が上がり始めてた。たぶん薬が切れかけてるのかもしれないけど、最後に飲んだの午後4時頃だって言ってたからまた飲んでも大丈夫だよね?」
薬を飲ませた後、念のため、一時間後くらいに熱を計りに行くからって一応言っておいたよ。とお父さんが言っていた。
「あ、額の冷却シート張り替えるの忘れてた。」
お母さんが
「桐子、新しいの貼ってあげてくれる?」
と言うのに、お父さんが
「桐子はじゃなくて僕がやるよ。」
と言ったら、ぐん、とお父さんの腕を引っ張って、もう、今日は寝ましょう。疲れたし。
「桐子お願いね。」
と言いながらお父さん引っ張って2階に連れて行った。
「でも、年頃の******」
何か不服そうに言っているのは聞こえてきたけれど最後のほうは聞き取れなかった。お母さんの
「大丈夫。拓海君は信頼できるから!」と結構大きな声でお父さんの声にかぶせていた。
冷却シートを持って控えめに客間の扉をたたいたら、『どうぞ』というくぐもった声が聞こえてきた。
「熱が少し上がってたってお父さんが言ってたけど、お医者さんに診てもらったほうがよかったら救急に連れて行くから言ってね。」
「そこまでひどくないから大丈夫。寝るのが一番だと思う。ありがとう。」
ナイトライトだけのほの暗い部屋の中で、急いでシートを貼って水分補給を手伝って布団をかけなおして、じゃあ、お休み、と出て行こうかと思ったけれど、
「拓海君が眠るまで付き添っててもいい?」
「病気の時に誰かが付き添ってくれるのって小学校の時以来だな。でも、疲れてない?」
「大丈夫。受験終わって2日間眠って過ごしたから。今晩一晩位起きてても平気だよ。スマホでゲームしてるから部屋の隅に少しの間だけいてもいいかな?」
「でも、おじさんとおばさんが心配するでしょ。嬉しいけど、あまり長い間はダメだよ。」
『拓海君、今嬉しいって言ったよね、言ったよね。聞き間違えじゃないよね。』心臓がバクバクする。
出来るだけさりげなく聞こえるように、
「あそこの隅の座椅子でスマホいじってるから、欲しいものあったら言ってね。」
少しの間があいたとおもったら、拓海君が言った。
「ちょっとだけ、手をつないでいて欲しい。」
座椅子を布団の隣に引き摺って移動させて拓海君の手を取った。かなり熱くてびっくりしたけれど、拓海君は私の冷たい手を握って
「冷たくて気持ちいい。」とほおずりした。
20分ほど身動き一つ取れず固まってしまったけれど、拓海君の寝息が規則的になって眠りに落ちたことを確認して、それでもつかまれている手をはがして、腰をあげる。初めはすごい勢いで恐ろしいほどの音を立てていた心臓だけど、それ以上の状況変化がなかったためか落ち着いてくれた。
部屋に戻る前に熱だけ計っておこう、と思い出して枕元に置いてある体温計に手を伸ばした。




