桐子の恋 1
これって、奈々ちゃんが言ってた『意識もうろうとしているふりをしてラッキースケベを狙ってるだけ』という状況?
がっちり私の腰のあたりに手をまわしてしがみついて目を閉じている拓海君を見ながら必死に冷静になろうとする桐子だった。
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中学3年の年に親の転勤で引っ越しを余儀なくされ、クラスメートになったキラキラした都会のかわいい女の子たちに気後れしながらも自分の居場所を見つけることが出来たことは本当に幸運だったと今でも思っている。
中学の最後の年に引っ越した私が入試に向けて必死で勉強をするだけでなく、息抜きも楽しむことが出来たのはひとえに奈々ちゃんと美咲ちゃんがいてくれたからだと思う。3人一緒に同じ高校を受験して見事に合格できたときには小躍りどころか飛び上がって叫んでしまうくらいうれしかった。難関と言われる高校だったので両親は驚きを隠しながら「桐子ならできるって思ってた。」と言っていた。両親からは期待、圧力などと言うものは全く感じたことがなく、かなり自由に好きなようにさせてもらっている事には本当に感謝しかない。
仲良しの二人と3年間また一緒に過ごせることへの喜びはかなり大きかったものの、お隣のお兄ちゃんと一緒の高校に通える!!!という邪な考えがあったことも否めなかった。
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お隣に住む拓海君とは母親についてご近所への引っ越しのあいさつ回りに行ったときに初めて顔を合わせたのだけれどとても大きな体ときりっとした見た目にちょっとドキッとした。
「先日お隣に引っ越してまいりました岡本です。都会に住むのは初めてで勝手がわかりませんでご迷惑をかけることもあるかと思いますがよろしくお願いいたします。」
母のあいさつに『ちょっと、お母さん、田舎者だって自分から宣伝しないでよ!!!』と心の中で叫んで隣で真っ赤になって頭を下げていたのを覚えている。
お兄ちゃんはそんな母に「父が出張から戻りましたらご挨拶いただいたことを伝えておきます。ご丁寧にありがとうございます。」とにこやかに笑ってぺこっと頭を下げた。
家に帰ってからお茶を飲みながら、母が
「さすが都会の男の子だね。しっかりしてたしなんかすごくあか抜けてなかった?かっこよかったね。今どきのイケメン、って感じではなくてがっちりした体格だったけどなんかお母さん気に入っちゃったわ。」
とウキウキとしていた。
「そんなこと言ってるとお父さんに言いつけちゃうよ。やきもち焼いて引っ越すとか言い出すかもね。」
うちの父と母は娘の私が恥ずかしくなるくらいラブラブなのだ。さすがに外では節度を持って行動してくれるけれど、家の中では砂糖の濃度10倍のココア位甘い。
大人になってお父さんとお母さんみたいな仲良し夫婦になれる男の人が見つかるといいな、と夢見ている。お隣のお兄ちゃんみたいな男の人。そう、桐子は拓海君が初恋なのだ。2年越しの片思い。3年越しなのかもしれない。自覚したときと実際に好きになったときの境目はよくわからないから。
引っ越して4年目の今年。大学入試に本腰を入れて取り組みだした。奈々ちゃんも美咲ちゃんも進路は別々になるためこの後も一緒、という訳にはいかないけれどそれぞれの大学まで電車で30分程度の距離なので大学に入ってからも時々会う事が出来るだろうと、会いたいと思ってくれることを願っている。
とりあえず、合格することが目標。
「拓海くん大学に入ってからも剣道を続けてるんだってね。」とお母さんが感心したように言っていた。
『知ってる。』と心の中でつぶやいて、
「また近いうちにご飯食べに来るって言ってた?お父さんがすごく楽しみにしてるでしょ。」できるだけさりげなく聞こえるようにお母さんに聞いてみる。
3年間そばで暮らす間に拓海君のお父さんは最低月に一度短くても3-5日程度の出張があること、お母さんは拓海君が中学一年生の時に亡くなったことを知った。中学の3年間はおじいちゃん、おばあちゃんと一緒に暮らしていたけれど高校の入学を期に父親と一緒に住み始めたことも。
私たちが引っ越してきたほんの数週間前に拓海君も引っ越しをしていたという事だ。
忙しい拓海君のお父さんに代わって、週中の買い物や洗濯などは拓海君が済ませていると聞いて、私もお手伝いを積極的に始めたのでお母さんがかなり喜んでいた。
近所のスーパーで拓海君がお総菜を買っているのを数回見かけてお母さんの『オカン魂』火がついて遠慮する拓海君を強引に夕食に招待したのが時折の夕食訪問の始まりになった。
初めは遠慮して固まっていた拓海君も回を重ねるごとにリラックスして家族の会話にも進んで参加してくれるようになった。年頃の男の子が家に頻繁に来る、という状況にお父さんも初めは少しばかり警戒してはいたようだった。それでも人柄を気に入って今では拓海君の訪問をかなり楽しみにしている。
ここ2年の間に拓海君のお父さんも出張から帰った次の日は夕食を一緒に食べることが岡本家と水沢家の間での決まりごとのようになっている。水沢のおじさんは出張先で見つけたおいしそうなお酒、お菓子、漬物、などをお土産として毎回持ってきてくれる。自分が家を空けている間も自分の息子を気にかけて世話をしているうちの両親にかなり感謝しているのだと思う。
拓海君の大学合格祝いも拓海君のおじいさん、おばあさんと一緒に参加させてもらった。岡本家としては身内のお祝いに参加するのはと躊躇したけれど水沢のおじさんも拓海君もそこは譲ることはなかった。拓海君のおじいさんとおばあさんはお父さんとお母さんにとても感謝しているようで拓海君が元気に過ごしていることがとてもうれしいようだった。
お祝いの席は和室の日本料理店で初めての懐石料理を食べたのだけれど、招待されたときにかなり不安になった。正座、そんな長時間できない。足がしびれて絶対に座ってられない。どうしよう、と。おじいさん、おばあさんが座りやすいように、と和室のあるレストランの選択をしたのだろうと思われるけれど、掘りごたつ式になっている部屋が用意されているお店だったので初めは正座をしていたものの10分後には足を崩して座っていた。おかげで食事も楽しむことが出来た。拓海君は剣道を長い間やっているだけのことはあって正座には慣れているようだったけれど。それでも、私が気を使わないように、という配慮からか『あー、足痛くなっちゃうから正座止めてもいいよね?』と言って私の方を見て『ほら、桐子も。足を崩したら?美味しくご飯食べよう。』とにっこり笑ってくれた。
うん。拓海君、優しい。気遣いができる。




