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転生者を送り出す神様、今日も残業です

 私の名前はツクヨ。

 神界の「転生課」で働く、しがない下っ端の神様だ。


 趣味は人間界のアニメを見ること。

 特に「異世界転生もの」が好きで、転生者たちの冒険をこっそり観察している。

 ……まあ、仕事で見飽きているという説もあるが。


 今日も朝から、デスクには書類が山積みになっている。


「ツクヨくん、これ今日中にお願いね」


 上司のアマテラス課長が、さらに書類を積み上げていく。

 金色の髪をなびかせる美しい女神だが、仕事を振る量は鬼のようだ。


「課長、これ全部今日中ですか……?」

「当然でしょ。最近、異世界転生ブームで申請者が急増してるの。人手が足りないのよ」


 そう言って、課長は自分のデスクに戻っていった。


 ……神界でも人手不足か。

 私はため息をつきながら、書類に目を通した。


---


【転生申請書 No.45892】

申請者:佐藤太郎(32歳・会社員)

死因:トラック事故

希望転生先:剣と魔法の異世界

希望能力:①無限の魔力 ②鑑定スキル ③収納魔法

希望条件:美少女との出会い多め、スローライフ可、ハーレム歓迎

備考:前世では彼女いない歴=年齢でした。異世界では幸せになりたいです。


---


 ……また定番のやつか。

 私は慣れた手つきで、申請書にハンコを押していく。


 転生課の仕事は、簡単に言えば「死者を異世界に送り出すこと」だ。


 最近は「異世界転生」がブームになっていて、死後に異世界転生を希望する人間が急増している。

 おかげで、私たちの仕事量は爆発的に増えた。


「ツクヨ先輩、次の転生者が来ました」


 後輩のウズメが、新しい魂を連れてきた。

 ピンクの髪をした元気な女神だ。彼女は転生者の案内係を担当している。


「ありがとう、ウズメ」


 私は転生者——中年のサラリーマン風の男性——に向き直った。


「はじめまして。転生課のツクヨです。本日はご来訪ありがとうございます」

「あ、はい……えっと、ここが神界ですか?」

「はい。佐藤太郎さんですね。先ほど、交通事故でお亡くなりになりました」

「やっぱり死んだんですか……トラックに轢かれた記憶はあるんですけど」


 また「トラック転生」か。

 最近、本当に多い。


「トラック事故での転生、最近増えてますよね」

「そうなんですか?」

「ええ。うちにも専門の担当がいるくらいで」


 私はデスクの隅にあるパンフレットを渡した。


『トラック神のご紹介 ~あなたの異世界転生をサポートします~』


「トラック神……?」

「はい。トラック事故を担当する神様です。人間界では『トラック運転手』として活動しています」

「えっ、わざと轢いてるんですか!?」

「いえいえ、あくまで『運命の調整』です。転生を希望する魂を、適切なタイミングで送り出すのが仕事です」


 佐藤さんは複雑そうな顔をしていた。

 まあ、自分を轢いた運転手が実は神様だったと知ったら、そうなるよな。


「それで、佐藤さん。転生先のご希望を伺いたいのですが」

「あ、はい。異世界に転生したいです。剣と魔法がある世界で、チート能力をもらって、美少女と冒険したい——」

「分かりました」


 私は申請書にチェックを入れていく。


「チート能力ですが、いくつか制限があります」

「制限?」

「はい。『無限の魔力』は人気が高くて、現在三ヶ月待ちです」

「三ヶ月!?」

「『鑑定スキル』は在庫があるので即日発行できます。『収納魔法』は……」


 私はパソコン(神界仕様)で在庫を確認した。


「すみません、品切れです」

「品切れって……能力に在庫があるんですか?」

「はい。チート能力は神界の資源を使って生成するので、無限ではないんです」


 佐藤さんは愕然としていた。


「じゃあ、代わりの能力はありますか?」

「そうですね……『料理スキル』なら在庫があります」

「料理……」

「意外と人気なんですよ。『異世界で料理無双』ってジャンル、最近流行ってますし」

「いや、でも戦闘で使えないですよね……」

「『毒料理』で敵を倒す転生者もいますよ」


 佐藤さんは悩んでいる。


「あと、転生先の異世界ですが」

「はい」

「現在、人気の異世界は満員です」

「満員?」

「はい。転生者が殺到しすぎて、異世界側から『もう受け入れられない』と回答が来ています」


 私はパソコンで空き状況を確認した。


「『剣と魔法のアルテミア王国』は……待機者500人」

「500人!」

「『魔王討伐ファンタジー世界』は……1000人待ち」

「そんなに……」

「今すぐ転生できるのは……『農業特化のスローライフ世界』か、『魔物だらけのハードモード世界』ですね」

「どっちも嫌です……」


 佐藤さんは頭を抱えていた。


 気持ちは分かる。

 せっかく異世界転生できると思ったのに、希望通りにいかないのだから。


「あの、美少女との出会いは……?」

「そちらも申請が必要です」


 私は別の書類を取り出した。


「『ハーレムルート申請書』ですね。ただ、こちらは倫理審査があるので、承認まで二週間ほどかかります」

「二週間……」

「しかも、最近は『ハーレムはけしからん』という意見が神界でも増えていて、審査が厳しくなっています」

「神界にもそういう派閥が……」

「はい。『一途な恋愛推進派』と『ハーレム容認派』で、毎週会議をしています」


 佐藤さんは疲れた顔をしていた。


「異世界転生って、もっと気軽にできると思ってました……」

「昔は気軽だったんですけどね。申請者が増えすぎて、システム化せざるを得なくなったんです」


 私は同情しながらも、書類を進めていく。


「とりあえず、今日のところは『鑑定スキル』と『料理スキル』で仮登録しておきますね」

「はい……」

「転生先は、空きが出たらご連絡します。連絡先は——あ、死んでるから連絡先ないですね」

「そうですね……」

「では、待合室でお待ちください。番号札をお渡しします」


 私は番号札を渡した。

 『45892番』。

 今日だけで、もう4万人以上の転生者を処理している。


---


「ツクヨくん、今日の進捗どう?」


 アマテラス課長が巡回に来た。


「なんとか回してます。ただ、チート能力の在庫が厳しいです」

「また補充申請しないとね。経理課がうるさいけど」

「あと、転生先の異世界も満員が多くて……」

「それね。来月から新しい異世界を開発するって話が出てるわ」

「新しい異世界……?」

「『転生者受け入れ特化型異世界』。最初から転生者向けにチューニングされてるの」


 なんだそれは。

 異世界まで作るのか。


「大変ですね、神界も」

「ほんとよ。人間界でブームが起きるたびに、こっちは大忙し」


 課長はため息をついた。


「昔は『天国か地獄か』の二択だったのに。今は選択肢が多すぎるのよね」

「時代ですね」

「そうね。じゃ、頑張ってね」


 課長は去っていった。


---


 昼休み。

 私は休憩室で弁当を食べていた。

 神界にも弁当がある。ウズメの手作りだ。


「先輩、お弁当どうですか?」

「うまい。ウズメ、料理上手いな」

「えへへ……先輩のためだけに、朝早く起きて作ってきたんですよ?」


 ウズメの頬が少し赤い。

 ……いや、気のせいだろう。後輩が先輩に弁当を作るのは、神界ではよくあることだ。たぶん。


「いつもありがとう」

「いえ、私が作りたくて作ってるだけですから」


 ウズメは嬉しそうに笑った。

 その笑顔は、なんだか眩しい。


 そこに、別の職員がやってきた。

 スサノオ。転生課のムードメーカーで、私の同期だ。


「おー、ツクヨ。今日も忙しそうだな」

「お前もだろ」

「まあな。俺は『勇者パーティー追放担当』だから、最近特に忙しいんだよ」

「追放担当?」

「ああ。転生者が勇者パーティーから追放されるイベントを管理してるんだ」


 なんだそれは。


「追放って、神界が管理してるのか?」

「そうだよ。『追放からの成り上がり』って人気ジャンルだろ? あれ、全部うちが調整してるんだ」

「マジか……」

「追放されるタイミング、追放後の無双展開、元パーティーの没落、全部シナリオ通りだぜ」


 佐藤さんに教えてあげたい事実だ。


「でも、追放される側は可哀想じゃないか?」

「いや、追放されるのを望んでる転生者も多いんだよ」

「え?」

「『パーティーで働くより、追放されてソロで無双したい』って申請が増えてる」

「……そうなのか」

「時代だよな」


 スサノオは弁当を食べ終えると、席を立った。


「じゃ、俺は午後から『ざまぁ展開調整会議』があるから」

「ざまぁ展開調整会議……」

「元パーティーメンバーの没落度合いを決める会議だよ。最近は『過激すぎる』ってクレームも来てるから、調整が大変なんだ」

「お疲れ様……」


 スサノオは去っていった。


 ……神界も、いろいろ大変だな。


---


 午後になると、クレーム対応の時間だ。


「ツクヨくん、クレームが来てるわ」


 アマテラス課長が、電話(神界仕様)を渡してきた。


「はい、転生課のツクヨです」

「あのね! 私、転生したんだけど、話が違うのよ!」


 電話口で、女性が怒鳴っている。


「どのような問題でしょうか?」

「『チート能力』をもらったはずなのに、全然チートじゃないの!」

「具体的にお聞かせください」

「『鑑定スキル』をもらったんだけど、鑑定できるのがゴブリンだけなの!」

「……それは、バグですね」

「バグって言われても、困るのよ! 魔王を鑑定できないと、攻略できないじゃない!」

「申し訳ございません。修正パッチを配布しますので、しばらくお待ちください」

「いつ届くの!?」

「……三ヶ月後です」

「遅すぎるわ!」


 電話は切れた。


 ……こういうクレーム、毎日来る。

 チート能力のバグ報告、転生先の環境不備、ハーレムメンバーの不足、などなど。


「大変でしたね、先輩」


 ウズメが慰めてくれた。


「まあ、慣れたよ。これも仕事だし」

「先輩、優しいですね」

「そうか?」

「はい。私なら、もう辞めてます」


 ウズメは苦笑した。


 ……確かに、辞めたいと思うことはある。

 でも、転生者たちの期待に満ちた顔を見ると、やめられないんだよな。


---


 結局、その日の残業は深夜まで続いた。


「お疲れ様です、ツクヨ先輩」


 ウズメが缶コーヒー(神界仕様)を差し入れてくれた。


「ありがと、ウズメ」

「先輩、最近ずっと残業ですよね。大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないけど、仕方ないだろ。仕事だし」

「でも、神様が過労で倒れたら、笑えないですよ」

「……そうだな」


 私は缶コーヒーを飲みながら、窓の外を見た。

 神界の夜空には、無数の星が輝いている。

 あの星の一つ一つが、異世界だ。


「なあ、ウズメ」

「はい?」

「私も異世界転生したいな」

「えっ」

「毎日毎日、転生者を送り出してるけど……私自身は、ずっとここで働くだけだ」

「先輩……」

「チート能力もらって、美少女と冒険して、スローライフ送りたい」


 ウズメは困ったように笑った。


「先輩、神様ですよ? 転生できないでしょ」

「……だよな」


 私は空になった缶コーヒーを捨てた。


「よし、また仕事するか」

「はい。私も手伝います」


 ウズメと一緒に、また書類の山に向かう。


 転生課の仕事は、明日も続く。

 転生者の夢を叶えるために、私たちは今日も働き続ける。


 ……いつか、私も転生できたらいいな。


 そう思いながら、次の申請書に手を伸ばした。


---


【転生申請書 No.45893】

申請者:田中花子(28歳・OL)

死因:過労死

希望転生先:悪役令嬢として転生したい

希望能力:美貌、魔法適性、記憶保持

希望条件:断罪回避、王子との恋愛、ハッピーエンド希望

備考:前世ではブラック企業で働いていました。異世界では楽したいです。


---


 ……また来たか。


 私はため息をつきながら、次の転生者を迎えた。


「はじめまして。転生課のツクヨです」

「あ、はい。田中花子です。過労死しました」


 彼女は疲れた顔をしていた。

 前世はブラック企業か。私も他人事とは思えない。


「ご希望を拝見しました。『悪役令嬢として転生したい』とのことですね」

「はい! 断罪イベントを回避して、王子様と結ばれたいんです!」

「なるほど」


 私は申請書を確認した。


「悪役令嬢ルートですが、現在人気が高くて……」

「やっぱり待機者が多いんですか?」

「いえ、逆です。悪役令嬢が多すぎて、ヒロインが足りないんです」

「え?」

「悪役令嬢として転生する人が増えすぎて、断罪イベントを開催できない状態です」


 田中さんは困惑していた。


「じゃあ、私が転生しても……」

「断罪する側がいないので、平穏な学園生活を送ることになります」

「それはそれで……いいかも?」

「ただし、王子もヒロインがいないので、そもそも恋愛イベントが発生しません」

「えぇ……」


 私は代替案を提示した。


「代わりに、『平民出身の聖女ルート』はいかがですか? 王子との恋愛イベントあり、大団円エンドです」

「でも、悪役令嬢がやりたかったんですけど……」

「悪役令嬢枠は現在、二年待ちです」

「二年!?」

「はい。『ざまぁされたい』という希望者が多くて……」

「なんでわざわざ『ざまぁされたい』んですか……」

「マゾヒストが多いらしいです」


 田中さんは複雑そうな顔をしていた。


「……じゃあ、聖女ルートでお願いします」

「承知しました。転生先は……空きがあるのは『アルカディア学園もの世界』ですね」

「お願いします……」


 私は申請書にハンコを押した。


 転生課の仕事は、こうして今日も続いていく。


 ……私も、いつか転生できたらいいな。

 できれば、ウズメみたいな可愛い後輩がいる世界がいい。


 ……いや、何を考えているんだ、私は。



【完】

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