06 第3戦「鉄の鱗に挑む」
第3戦・後編「鉄の鱗に挑む」
水面を割って浮上したのは二体の異形だった。
一体は全身を銀色の鱗で覆う《鋼鱗》。鋭く光る尾は金属の刃そのもの。
もう一体は赤い光を瞳に宿す《赤眼》。その動きは荒々しく、狂暴な生気を帯びていた。
観客席がどよめく。
「二匹も……!?」
「鉄の怪物だ、見ろ! ギルバートの竿は《鋼鱗》を抑えてる!」
「いや、ナナシィは《赤眼》に仕掛けを入れてるぞ!」
ギルバートは冷徹な笑みを浮かべた。
「技術の粋を集めた試作魚だ。自然の魚と同じと思うな」
竿に組み込まれた魔導機が青白い火花を散らす。呼応するように《鋼鱗》が暴れ、川面に水柱が立つ。
観客から感嘆と恐怖が入り混じった声が上がった。
一方のナナシィは竿を握り直し、荒ぶる《赤眼》と向き合う。
汗が滴り落ちる瞬間、胸元の翡翠玉がかすかに明滅した。
――左だ。
その光に導かれるように、彼女は竿を振る。
次の瞬間、《赤眼》が尾を振り、鋼の水流が左から襲った。
観客が驚きの声を上げる。
「読んでた……? いや、あれは偶然だろ!」
「いや、勘が鋭すぎる……」
ナナシィ自身にも説明はできない。ただ、そうすべきだと感じただけだった。
--
ギルバートが声を張り上げる。
「勘など一瞬の幻だ! だが技術は確実だ!」
彼は竿を引き絞り、《鋼鱗》を制御する。巨体が暴れれば暴れるほど、青白い火花が走り、観客が息を呑む。
「人は機械と共に未来を切り拓くのだ!」
薔薇窓の観戦席ではスポンサーが満足げに頷いた。
「よくやった、ギルバート。これで庶民の娘は潰える」
だが、その声をかき消すように下層の観客が叫ぶ。
「ナナシィ! 負けるな!」
「お前が勝つのを見たいんだ!」
《赤眼》が水面を割り、鋭い顎を剥き出しに桟橋へ飛びかかる。
桟橋全体が震え、観客が悲鳴を上げる。
ナナシィは一瞬、竿を放しそうになった。
だが――祖母の声が心に響く。
“升は器だよ。どんな魚を受け止めるかは、お前の心次第”
「まだ……終わらない!」
竿を振り上げ、仕掛けを《赤眼》の背に深く食い込ませる。
ギルバートの《鋼鱗》とのせめぎ合いと並行し、二人の竿が激しくしなり、川面を中心に力がぶつかり合う。
ギルバートの額に汗が浮かぶ。
「馬鹿な……《鋼鱗》の制御が乱れるだと……!」
《鋼鱗》が動きを鈍らせる一方、ナナシィの仕掛けは確実に《赤眼》を絡め取っていく。
翡翠玉が明滅する。
今だ。
ナナシィは全身の力を込めて竿を引き絞り、叫んだ。
「はッ!」
轟音とともに、《赤眼》が川から弾き飛ばされる。
巨大な体が宙を舞い、鋼鉄の鱗が陽光を反射し、眩い光が観客を包む。
そして次の瞬間、桟橋の上に重々しく叩きつけられた。
審判が旗を振り上げ、高らかに告げる。
「第三戦。勝者、ナナシィ!」
観客が爆発的な歓声を上げた。
「やった! 勝ったぞ!」
「鉄の怪物に勝ちやがった!」
庶民たちの喝采が、薔薇窓の令嬢たちの冷笑をかき消す。
ギルバートは悔しげに竿を握りしめたまま、膝をつく。
「直感……だけで……私を……」
言葉は最後まで続かず、彼は視線を逸らした。
ナナシィは竿を下ろし、静かに息を吐く。
胸元の翡翠玉は再び沈黙し、ただ彼女の鼓動だけを映していた。
誰もその光の意味を知らない。ただ一人を除いて。




