05 第3戦「ブルー派のごり押し」
第3戦・前編「ブルー派のごり押し」
ナナシィが竿を振ると、観客がどよめいた。
「おお? なんだ今の動き!」
「魚が右に跳ねる前に仕掛けを投げたぞ!」
司会役が慌てて棒マイクを振る。
「ちょっと待ったぁ〜! あれは偶然か? それとも野生の勘か?!」
広場が爆笑に包まれる。
「いや、あれはセンスだろ! 俺ら庶民の代表だ!」
「強運すぎるって! 宝くじも当てそう!」
映写幕に魚が大きく跳ね上がると、群衆は一斉に叫んだ。
「「「ナナシィーーーッ!!!」」」
広場から馬車で15分ほどの場所にある、双竜盆地の試合会場。
大会三日目の朝、双竜盆地の川辺には、異様な空気が漂っていた。
陽は明るく射しているのに、観客たちの囁きは重く淀んでいる。
「聞いたか? ナナシィの対戦相手は機械魚を釣るらしいぞ」
「そんなものを出していいのか?」
「規則には“魚であればよい”としか書かれていない、らしい」
半信半疑の声が、川沿いの観客席を満たしていた。
桟橋に立つナナシィは、深く息を吸った。
胸元の翡翠玉が小さく震え、心臓の鼓動に呼応するように淡く光る。
それは誰にも知られぬ、彼女だけの支え。
だが観客の目に映るのは、ただの庶民娘だった。
敗者から立ち直ったとはいえ、「次で終わる」と言わんばかりの冷笑を背に浴びる。
「やはり庶民の人気など一時の幻想」
「真価を測るには、格好の相手だ」
「スポンサーはよくやった。これで負ければ投資の口実ができる!」
上層の薔薇窓から降る囁きは、ナナシィの耳に届かぬはずなのに、風の冷たさとなって肌を刺した。
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そして対戦相手が現れる。
蒼銀の鎧を纏い、冷徹な眼差しをした青年……ギルバート。
ブルー派の技術組合を後ろ盾に持ち、「次代の象徴」と呼ばれる実力者だ。
「君がナナシィか」
声は低く澄み、冷ややかな響きを持つ。
「敗北の記録を持ちながら、ここまで残るとは……だが今日で終わりだ!!」
彼の背後に控える商人たちが、満足げに頷いた。
彼らこそが、機械魚を大会に押し込んだスポンサー筋だ。
名目は「釣技の未来を試すため」。だが実際は、レッド派に属するナナシィを叩き潰す狙いが大きかった。
「規則違反ではない。“魚”という定義に合致している」
「むしろ時代に沿った挑戦だ。自然魚だけが対象では、技術の発展は望めまい」
そう声を揃え、彼らは堂々と胸を張る。
だが観客は納得していない。
「いや、あれはどう見ても魚じゃなくて鉄の怪物だ!」
「卑怯だ!だが、確かにルール違反じゃない……」
「結局、ブルー派のごり押しか?」
賛否両論が渦巻き、広場全体がざわめいた。
川面に波紋が広がる。
深みから現れたのは、鋼鉄の鱗を持つ異形の魚だった。
尾は金属の刃のように尖り、眼は赤い光を宿している。
観客の何人かが悲鳴を上げた。
「うわ! これが噂の……!」
「機械魚……、本当に動いているのか」
「これを釣る? ありえない!」
ギルバートは冷笑を浮かべ、桟橋に竿を構える。
その竿もまた、細工が施された工業製。自然木ではなく、精密な金属部品で補強されている。
「機械は裏切らない。制御できるものこそ、未来を拓く」
その声が観客席に響いた。
彼は誇示するように竿を振り、機械魚に仕掛けを投じた。
観客からため息とも歓声ともつかぬ声が漏れる。
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ナナシィは、ただ静かに竿を握り直した。
汗が掌を濡らす。だが翡翠玉が鼓動を刻み、川の流れを示すように温もりを返す。
祖母の声がよみがえる。
“升は器だよ。どんな魚を受け止めるかは、お前の心次第”
眼を閉じれば、かつて川辺で聞いたその言葉が胸に響いた。
どんな魚であれ、私の心が受け止めるのなら。
目を開く。機械魚が尾を叩き、川面を割った。
桟橋全体が震え、観客が息を呑む。
審判が旗を掲げ、高らかに声を放つ。
「第三戦、開始!」
水柱が爆ぜ、鉄の咆哮のような音が川を震わせた。
ナナシィは竿を構え、ギルバートは冷笑を浮かべる。
自然と機械、庶民と貴族、希望と絶望――すべてを背負った戦いが、今始まった。




