04 薔薇窓の観戦席
薔薇窓の観戦席
双竜盆地の大講堂。その上層には、選ばれた者だけが入れる特別観戦席があった。
大きな薔薇模様のステンドグラスが午後の光を透かし、床に赤と青の影を落とす。
柔らかな絨毯、銀のティーセット、そして流れるような給仕。ここは庶民には決して届かぬ場所……社交界の檜舞台だった。
窓の向こうには、川と桟橋で繰り広げられる試合の光景が広がっている。
庶民たちが喚声を上げる観客席とは対照的に、ここでは小声のやり取りが絶えなかった。
「まあ。あの子は竿を振る動作まで粗野ですわね」
「ええ、力任せで下品ですこと。魚に逃げられるのも当然ですわ」
「やはり華というものがないと。ナナシィ嬢? ふふ……話題になっているのが不思議なくらい」
令嬢たちの囁きに、隣の紳士がうなずいた。
「庶民人気など一時の熱狂です。市場を揺らがせても、長くは続きませんよ。スポンサーとしては扱いやすい駒の方が望ましい」
「ごもっともですわ。ブルー派に刃向かうような者に投資しては、家の面子を潰しかねませんもの」
軽やかな笑い声とともに、カップが卓上で触れ合う。
お茶の香りは優雅だが、会話の中身は毒を含んでいた。
その後ろに控えていたのは、小柄な影、ティナだった。
招待を受けているわけではない。ただ「釣具を扱う店を営んでいる」という名目で、商人筋の末席として席を借りているにすぎない。
庶民の娘など誰も本気で相手にしない。だからこそ、彼女は堂々と耳を澄ませることができた。
ティナはスカートの陰に小さなノートを隠し、さりげなく手を動かす。
“市場を揺らがせる”
“扱いやすい駒”
聞こえてきた言葉を短く書き留め、瞳を細めた。
(これなら……ナナシィに伝えられる。直接じゃなくても、商品を通せばヒントになる)
薔薇窓の外で、水面が大きく割れた。観戦席の視線が一斉に川へ向く。
ある選手が、魔力を帯びた竿を使って派手に魚を跳ね上げたのだ。
「まあ! 見事な光!」
「やはりあの家の御曹司は違いますわね」
光の粉が虹のように舞い、観客席の庶民たちが歓声を上げる。その様子を見て、令嬢たちは満足げに頷いた。
一方、別の桟橋では竿を折られ、悔しげに膝をつく選手の姿も見える。
「あれでは二度とスポンサーはつきませんわ」
「市場に戻っても商売にならないでしょうね」
彼らにとって選手の人生は、ただの駒。勝てば飾りに使い、負ければ笑い捨てる。それがこの観戦席の論理だった。
ティナは冷ややかな会話を聞き流しつつ、窓の外を見つめる。
ナナシィの試合はまだ始まっていない。だが既に、この場では「敗者」「庶民人気だけ」と決めつけられていた。
カップの縁に口をつけるふりをして、彼女はそっと呟く。
「……なら、あんたの“本当の強さ”を見せつければいいんだよ、ナナシィ。」
誰にも聞かれない声は、薔薇の影の中に吸い込まれていった。




