02 第2戦「再び竿を握るまで」
第2戦・前編「再び竿を握るまで」
敗北の記憶は、まだ胸の奥で燻っていた。
“負けるはずのないトーナメント戦”で、まさかの失敗。登録抹消、追放。誰もが忘れ去ろうとする中で、ナナシィはただ一人、竿を握るために再び桟橋に立った。
双竜盆地の空は青く澄み渡り、観客席にはざわめきが広がっている。祭りの屋台が軒を連ね、甘い菓子や香ばしい焼き魚の匂いが漂う。だが、その賑わいの裏で飛び交うのは冷ややかな囁きだった。
「まだ出るのか、あの子」
「もう敗者だろう。何をしがみついているんだか」
「話題になるうちはいいけど、実力はないさ」
観客の声は鋭い刃のようにナナシィの耳を刺した。
だが、胸元の翡翠玉がわずかに温かく脈打ち、彼女を支えているように感じられる。
桟橋の端に立つナナシィの姿を見て、屋台の陰からひときわ大きな声が飛んだ。
「ナナシィー! 頑張れー!」
声の主は釣具店を営む友人ティナだった。
観客に紛れ、手を振る彼女の顔は誇らしげで、周囲の冷笑に抗うかのように真っ直ぐだった。
ナナシィは小さく頷き返す。
その瞬間、観客席のざわめきに別の色が混ざった。
「あれが例の庶民の娘か? 妙に耳が早いな」
「釣具の仕入れ筋だろう。情報を集めているに違いない」
令嬢やスポンサーたちの目線が、一瞬だけティナへと注がれた。だがすぐに興味を失ったように視線を逸らす。
――庶民は、所詮駒にもならぬ。
そう決めつける傲慢さが、逆にティナを隠れ蓑にしていた。
試合の鐘が鳴る。
ナナシィの対戦相手が姿を現した。
しなやかな腕で竿を振るう青年、アルト=グレイ。技巧派として評判の若手で、観客から歓声が上がる。
「見ろよ、アルトだ! 華があるなぁ」
「ナナシィ? あの子は地味すぎる。勝負にならないさ」
アルトは軽く会釈し、にこやかな笑みを浮かべた。だがその瞳の奥には冷たい光が宿っている。
「また会えるとは思わなかったよ、ナナシィ嬢。君が残っているとは驚きだ」
「……私が釣り上げるべき魚が、まだ残っているから」
ナナシィは竿を握り直し、視線を川面に落とした。
水面は光を弾き、静かに揺れている。
観客の囁き、ティナの声援、翡翠玉の鼓動――すべてが一瞬にして遠ざかる。
彼女の世界には、川と魚と、竿だけが存在した。
次の瞬間、審判の声が響く。
「第二戦――開始!」
観客席が沸き、川面に影が走る。
アルトが先に竿を振り下ろし、水しぶきが上がった。派手な一撃に歓声が巻き起こる。
その華やかな光景の中で、ナナシィは静かに息を吐いた。
「……私は、私の釣りをする」
翡翠玉が淡く光を放ち、彼女の背中を押した。
――勝負の幕が、再び上がる。




