15 試合前のざわめき
# 試合前のざわめき
湖畔に再び集った群衆の熱気は、前日の水晶会館の余韻をそのまま映していた。
「人気ばかりで実力が足りないのでは?」
「いや、彼女は希望の象徴だ。庶民が熱狂するのも当然だ」
あの場で交わされた議論の断片が、今度は市場の噂や観客席のざわめきとなって広がっていた。
薔薇窓の観戦席では、スポンサーたちが紅茶を片手に小声で言葉を交わす。
「庶民の熱狂は数字に直結する……無視はできん」
「だが、制御を誤れば投資は無に帰す。ブルー派の言葉も捨て置けぬ」
経済の匂いを帯びた囁きは、湖を吹き抜ける風と混ざり合って舞台全体を覆う。
その視線の渦の中心に、ナナシィは歩み出ていた。
足元の板の感触はいつもと変わらぬはずなのに、今日に限って重さを感じる。
「私は、実力でここにいるのか。それとも……」
胸の奥で小さな問いが芽生え、心をざわつかせる。
その瞬間、翡翠玉が微かに揺らぎ、淡い光を帯びた。
誰にも気づかれぬほどのさざ波。だがナナシィだけは、その震えが自分の迷いを映したものだと理解していた。
「第4戦、開始の合図を待つ!」
アナウンスの声が響き、観客の熱がさらに高まる。
「人気など関係ない、力を示せ!」
「ナナシィ嬢! 私たちの象徴!」
紅と青、相反する叫びが入り混じり、湖面に映る空すら揺らめいて見える。
ナナシィは深く息を吸い込み、竿を握り直した。
「……証明してみせる」
観客の期待と疑念を背負い、次なる戦いの幕が上がろうとしていた。




