12 第4戦「三つ巴の湖上戦」
第6章 三つ巴の湖上戦
開始の合図が響いた瞬間、湖面に三つの影が立った。
冷徹な狩人レオニード。紅蓮の魔術士カリナ。孤高の傭兵ゼルド。
本来なら一対一で行われるはずの勝負。だが今は三人が同時に竿を構え、ただ一人の少女を包囲していた。
「……これじゃあ、最初から狙い撃ちじゃない」
ティナは唇を噛む。遙か向こうのナナシィがいつもより小さく見えた。
観客席からもどよめきが起こるが、試合形式そのものに異議を唱える声は封じられていた。
レオニードの竿が歯車を唸らせ、糸が水面を切る。
カリナの仕掛けからは火花が走り、竿に宿した魔法が水を赤く染める。
ゼルドは言葉もなく、全身の力を込めて竿を振るい、湖面を割るように攻め立てた。
三方向からの圧に、ナナシィの身体は一歩も動けない。
「こんなの……勝てるはずが……!」
その時、胸元の翡翠玉が淡く光った。
意識の隅に、誰でもない囁きが届く。
(右だ……今!)
条件反射で竿を振り抜く。
歯車仕掛けの糸が断たれ、カリナの魔力の軌道が逸れる。そのわずかな混乱を突いて、ゼルドの竿の隙間をすり抜ける。
「っ……嘘だろ」
三人が一瞬だけ互いに干渉し、絶妙な空白が生まれた。
ナナシィは全身の力を込め、竿を大きく振り抜いた。
湖面から跳ね上がった魚影――銀鱗のメカニカルフィッシュが、光を浴びて弧を描く。
歓声が爆ぜる。薔薇窓も庶民広場も、大きなうねりのように揺れた。
肩で息をしながら、ナナシィは必死に魚を引き寄せる。
最後の一呼吸で竿を立て、仕掛けを決めた瞬間――審判の旗が振り下ろされた。
「勝者、ナナシィ!」
観客席から拍手と叫びが渦を巻く。
だが、レオニードの冷徹な視線はまだナナシィを射抜いていた。
「……今のは、偶然ではないな」
カリナは不満げに髪をかき上げる。
「魔法に抗うなんて、どういうこと……?」
ゼルドはただ笑った。
「いいじゃねえか。面白ぇ娘だ!覚えておこうぜ」
三人三様の声を背に、ナナシィは汗だくのまま膝をつく。
胸元の翡翠玉が静かに光を収めていくのを、彼女だけが感じていた。




