10 市場に拡がる波紋
第4章 市場に拡がる波紋
第三戦の勝利から一夜。双竜盆地の市場は、普段よりも賑やかだった。
露店に並ぶ竿や仕掛けを前に、庶民たちは口々に噂を交わしている。
「ナナシィって娘が、鉄の怪物を釣り上げたんだと!」
「嘘に決まってるだろ。そんなもん、人の力で釣れるかよ」
「いや、本当らしい。昨日から“ナナシィモデル竿”なんて名前のモデルが跳ね上がってるじゃねーか」
市場の一角では、簡易な改造竿に「ナナシィ式」と札を掛けた露店が、朝から長蛇の列をつくっていた。
だが老舗の職人はその様子を横目に、眉をしかめる。
「まがい物を売る輩が出てきおったか。だが、この熱気は利用できるかもしれんな」
別の区画では茶葉の店に人だかりができていた。
「試合中にナナシィが飲んでいた茶だ!」と、どこからともなく広まった噂の銘柄が飛ぶように売れているのだ。
一方で、ギルバートに協賛していたスポンサー筋の茶葉は、客が「敗者の茶は縁起が悪い」と言って手を引き始めていた。
「これじゃあ仕入れが大損だ……」
若い商人は肩を落とすが、別の商人はほくそ笑む。
「次の試合でもナナシィが勝てば、もっと跳ね上がるぞ。今のうちに買い占めだ」
勝敗がそのまま商品価値を左右する。市場は今や、庶民の生活を超えた「第二の戦場」と化していた。
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ティナは帳簿を小脇に抱えながら、そのざわめきを聞いていた。
彼女の店にも「ナナシィと同じ仕掛けはないか」と問う客が増えている。だが本当の仕掛けは祖母の代から受け継がれた特別なもの、真似できるはずもない。
それでも、彼女は心の中で呟いた。
「……この波を、利用しなきゃ!」
友の勝利が市場に波紋を広げ、それがやがて庶民とスポンサー双方を巻き込んでいく。
市場を吹き抜ける喧噪の中で、ティナの決意は一層強まっていった。




