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9/12

ユーリに案内されて、街の市場にやってきた。

色とりどりの花が飾られ、露店がずらりと並んでいる。


「あれって……」

「飴細工が気になりますか?」


透明な宝石みたいに薄く色づいた花。

子供たちが嬉しそうに手に取り、口に運んでいる。


「お嬢ちゃん、よかったらどうだい!恋人さんも買ってあげておくれよ!」


露天商の店主さんが気前よく声をかける。


「ふふ、恋人ですって。さぁ、愛しのリリ、好きなだけ選んでください」


「えっ?!でも……」


「おっ、花まつりは初めてかい?恋人に花を模した贈り物を送るのがこの祭りの醍醐味なんだから、甘えときなって!しかもその中でうちの飴細工を選ぶなんて最高の恋人だ!」


カラカラと笑う店主さん。


ちらりとユーリを見ると、いとおしそうに目を細めて微笑んでいる。

そんな目でみられるとなんかはずかしいって!

しかもなんか否定しづらいこの空気感・・・!


ユーリの視線から逃れるように飴細工選びに集中。

薄く色づいた青と黄色の薔薇に自然と手が伸びた。


「店主、これが映えるようにあと7本選んで花束を作ってくれ」

「あいよっ!最高の飴束を作るよ!嬢ちゃんはこれでも食べながら待っててくれ」


そう言って、店主さんは白い百合の飴細工を差し出す。


「リリ、よかったら味わってみてください。こういうの、お好きでしょう?」

「うん……ありがとう」


飴の百合を光に透かす。

乳白色は淡く輝き、まるで朝露を受けて咲く花のようだ。

口に含めば甘く溶けてしまうのに、この瞬間は永遠に生きているみたい。


そっと舌に触れると、花びらは少しずつ崩れ、甘さだけを残して消えていく。

おいしいのに、ちょっと切ない。

あったはずの幸せが、少しずつ消えていくみたい……。


店主にお金を渡し、飴細工の花束を受け取ったユーリが戻ってくる。


「リリ。よかったら受け取ってくれますか?」


私の前でひざをつき、まるでプロポーズみたいに花束を差し出すユーリ。


「おお~!やるね~!!」


店主さんを中心に周りの人たちも大騒ぎ。


「ちょ、ちょっと!!受け取るからやめて~!」


恥ずかしいのに、なんだか嬉しくて。

それがまた恥ずかしい!


「ふふっ、リリにとても似合っています」


店主の大きな手でまとめられた飴細工の9本の薔薇の花束は、想像以上に華やかで。

光を抱いた宝石みたいに腕の中で咲き誇っていた。


「……こんなに綺麗なの、食べちゃうのもったいないね」

「リリの笑顔が見られるなら、一瞬で消える花でも黄金以上の価値があります」

「……ばか。でも、食べる前に少しだけ飾っておきたいな」

「では、部屋に戻ったら活けて差し上げます。甘い香りのする花束ですね」

「甘くて、きれいで……すごく幸せな花束だね」


ユーリの碧眼がまっすぐに私をとらえ、ほんの一瞬、誰の声も音も遠ざかる。


「あっ、あのね、お財布とか小物とかも見てみたいかも!布を買って自分で作ってもいいんだけど……」


気恥ずかしくて一気に喋ってしまった。


「なるほど、では手芸道具も豊富な雑貨屋に行きましょうか」

「わぁ!嬉しい!!ありがとう!!」


石畳の小道にある小さな雑貨屋。

棚には色とりどりの布やリボン、刺繍糸、瓶に詰められたボタンやビーズがずらり。

委託販売のブースもあり、既製品も手に入るようになっていた。


「かわいい!見て、ユーリ!こんなのもあるんだね!」

花を模したヘアアクセやブローチもたくさんある。


「リリに似合いそうな花がたくさんありますね」

「そ、そうかな?でも今日は布とか見たいから、そっちみてくるね!」


そういってユーリから距離をとる。

なんだかものすごーく気恥ずかしい!なんでだろう?


布や針、糸をいくつか選ぶ。

ふと目に留まった、クリームがかった白地のシンプルなハンカチ。

飾り気はないのに、清らかで優しい印象。


(……これ、ユーリに似合うかも)


私はそっとハンカチと、細い刺繍糸をいくつか手に取った。

(これに花を刺繍したら花まつりの贈り物になるかな・・・?)

胸が高鳴るのを押さえながらレジへ向かい、わずかなお小遣いを差し出す。

品物がはいった袋をもつと、なぜか胸の奥がじんわりと熱くなる。


(ユーリ、喜んでくれるかな……?)


待ってくれていたユーリに声をかけ外に出る。

さっきまで青かった空に灰色の雲が混じり始めていた。


「……曇ってきたね」

ぽつりと言った数秒後、大粒の雨が落ちてきた。


「わっ……!」


広場の人たちが屋根に避難する中、私はユーリに荷物を預けて駆け出す。


「すごい!こんなに急に降るなんて!」

「リリ、早くこちらへ!」


雨音の中、ユーリの声がかき消されそうになる。

でも、この瞬間の高揚感を味わいたくて、くるりと回った。

髪が濡れ、雨粒がはねる。


「ほら、気持ちいいよ!」

「リリ!お願いですから、やめてください!」


懇願するような声に驚き、急いでユーロの元へ戻る。


「ごめん!でもなんか楽しくなっちゃって……」

「……リリは、本当に……」


言葉の続きを飲み込み、ユーリは私を抱き寄せ、マントを広げて覆ってくれた。

その温もりがじんわり伝わる。


「これ以上濡れたら体を壊します」

「大げさだよ」

「大げさではありません……私は、リリを少しでも危険にさらすことが耐えられないんです」


震える声に、胸がきゅっと締めつけられた。

雨は通り雨で、すぐに止んだ。

虹がかかる中、二人で帰る道。

すごく、すごく幸せだった。


翌朝。


体がだるくて、熱っぽさを感じながら目を覚ました。


「……少し休もう」


コンコン――。

ユーリのノック音が聞こえる。


「リリ?!」


扉が開き、勢いよく駆け込むユーリ。

額に手を当てられ、眉が苦しそうに寄った。


「熱い……!やっぱり……」

「……ちょっと風邪かも。でもすぐ治るから」


苦笑いする私に、首を振るユーリ。


「駄目です。この世界の風邪を甘く見てはいけません。リリがいなくなったら……私は、自分の存在意義を見失ってしまう」


その声はかすかに震えている。

ユーリは水を汲み、タオルを絞って額にそっと置く。

ひやりとした感触に、思わず息が漏れた。


「冷たい……気持ちいい……」

「よかった……どうか、このまま少しでも楽になってください」


ユーリは席を離れず、薬草を煎じたりスープを温めたり、落ち着かない様子。

まるで少しでも視線を外したら、私が消えてしまうと思っているみたい。


匙を口元に差し出され、観念して口を開ける。


「おいしい……」

「よかった。食べられそうなものがあれば、なんでも言ってくださいね」


優しいはずの笑顔に必死さが混じっていて、胸が高鳴る。


「……ねぇ、ユーリ」

「はい?」

「そんなに大事にされたら、私、甘えちゃうよ」


布団の中から小声で告げると、ユーリは真剣な目で答えた。


「いいんです。私はリリのために生きています。リリがいないなら、どう息をすればいいのかもわからない」


直球の言葉に顔が熱くなり、布団に隠した。


「……もう、そういうこと言うのずるい……」

「ずるくても構いません。リリの全部を私に預けてください。何があっても手放しません」


そういって私の手をそっと握るユーリ。

その声を子守歌のように聞きながら、私は眠りに落ちた。

最後にかすかに囁く。


「私のリリ……もう二度と私を置いていかないで」


手から伝わる熱さは、風邪だけじゃなく、ユーリの想いに触れたからかもしれない。


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