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ユーリに案内されて、街の市場にやってきた。
色とりどりの花が飾られ、露店がずらりと並んでいる。
「あれって……」
「飴細工が気になりますか?」
透明な宝石みたいに薄く色づいた花。
子供たちが嬉しそうに手に取り、口に運んでいる。
「お嬢ちゃん、よかったらどうだい!恋人さんも買ってあげておくれよ!」
露天商の店主さんが気前よく声をかける。
「ふふ、恋人ですって。さぁ、愛しのリリ、好きなだけ選んでください」
「えっ?!でも……」
「おっ、花まつりは初めてかい?恋人に花を模した贈り物を送るのがこの祭りの醍醐味なんだから、甘えときなって!しかもその中でうちの飴細工を選ぶなんて最高の恋人だ!」
カラカラと笑う店主さん。
ちらりとユーリを見ると、いとおしそうに目を細めて微笑んでいる。
そんな目でみられるとなんかはずかしいって!
しかもなんか否定しづらいこの空気感・・・!
ユーリの視線から逃れるように飴細工選びに集中。
薄く色づいた青と黄色の薔薇に自然と手が伸びた。
「店主、これが映えるようにあと7本選んで花束を作ってくれ」
「あいよっ!最高の飴束を作るよ!嬢ちゃんはこれでも食べながら待っててくれ」
そう言って、店主さんは白い百合の飴細工を差し出す。
「リリ、よかったら味わってみてください。こういうの、お好きでしょう?」
「うん……ありがとう」
飴の百合を光に透かす。
乳白色は淡く輝き、まるで朝露を受けて咲く花のようだ。
口に含めば甘く溶けてしまうのに、この瞬間は永遠に生きているみたい。
そっと舌に触れると、花びらは少しずつ崩れ、甘さだけを残して消えていく。
おいしいのに、ちょっと切ない。
あったはずの幸せが、少しずつ消えていくみたい……。
店主にお金を渡し、飴細工の花束を受け取ったユーリが戻ってくる。
「リリ。よかったら受け取ってくれますか?」
私の前でひざをつき、まるでプロポーズみたいに花束を差し出すユーリ。
「おお~!やるね~!!」
店主さんを中心に周りの人たちも大騒ぎ。
「ちょ、ちょっと!!受け取るからやめて~!」
恥ずかしいのに、なんだか嬉しくて。
それがまた恥ずかしい!
「ふふっ、リリにとても似合っています」
店主の大きな手でまとめられた飴細工の9本の薔薇の花束は、想像以上に華やかで。
光を抱いた宝石みたいに腕の中で咲き誇っていた。
「……こんなに綺麗なの、食べちゃうのもったいないね」
「リリの笑顔が見られるなら、一瞬で消える花でも黄金以上の価値があります」
「……ばか。でも、食べる前に少しだけ飾っておきたいな」
「では、部屋に戻ったら活けて差し上げます。甘い香りのする花束ですね」
「甘くて、きれいで……すごく幸せな花束だね」
ユーリの碧眼がまっすぐに私をとらえ、ほんの一瞬、誰の声も音も遠ざかる。
「あっ、あのね、お財布とか小物とかも見てみたいかも!布を買って自分で作ってもいいんだけど……」
気恥ずかしくて一気に喋ってしまった。
「なるほど、では手芸道具も豊富な雑貨屋に行きましょうか」
「わぁ!嬉しい!!ありがとう!!」
石畳の小道にある小さな雑貨屋。
棚には色とりどりの布やリボン、刺繍糸、瓶に詰められたボタンやビーズがずらり。
委託販売のブースもあり、既製品も手に入るようになっていた。
「かわいい!見て、ユーリ!こんなのもあるんだね!」
花を模したヘアアクセやブローチもたくさんある。
「リリに似合いそうな花がたくさんありますね」
「そ、そうかな?でも今日は布とか見たいから、そっちみてくるね!」
そういってユーリから距離をとる。
なんだかものすごーく気恥ずかしい!なんでだろう?
布や針、糸をいくつか選ぶ。
ふと目に留まった、クリームがかった白地のシンプルなハンカチ。
飾り気はないのに、清らかで優しい印象。
(……これ、ユーリに似合うかも)
私はそっとハンカチと、細い刺繍糸をいくつか手に取った。
(これに花を刺繍したら花まつりの贈り物になるかな・・・?)
胸が高鳴るのを押さえながらレジへ向かい、わずかなお小遣いを差し出す。
品物がはいった袋をもつと、なぜか胸の奥がじんわりと熱くなる。
(ユーリ、喜んでくれるかな……?)
待ってくれていたユーリに声をかけ外に出る。
さっきまで青かった空に灰色の雲が混じり始めていた。
「……曇ってきたね」
ぽつりと言った数秒後、大粒の雨が落ちてきた。
「わっ……!」
広場の人たちが屋根に避難する中、私はユーリに荷物を預けて駆け出す。
「すごい!こんなに急に降るなんて!」
「リリ、早くこちらへ!」
雨音の中、ユーリの声がかき消されそうになる。
でも、この瞬間の高揚感を味わいたくて、くるりと回った。
髪が濡れ、雨粒がはねる。
「ほら、気持ちいいよ!」
「リリ!お願いですから、やめてください!」
懇願するような声に驚き、急いでユーロの元へ戻る。
「ごめん!でもなんか楽しくなっちゃって……」
「……リリは、本当に……」
言葉の続きを飲み込み、ユーリは私を抱き寄せ、マントを広げて覆ってくれた。
その温もりがじんわり伝わる。
「これ以上濡れたら体を壊します」
「大げさだよ」
「大げさではありません……私は、リリを少しでも危険にさらすことが耐えられないんです」
震える声に、胸がきゅっと締めつけられた。
雨は通り雨で、すぐに止んだ。
虹がかかる中、二人で帰る道。
すごく、すごく幸せだった。
翌朝。
体がだるくて、熱っぽさを感じながら目を覚ました。
「……少し休もう」
コンコン――。
ユーリのノック音が聞こえる。
「リリ?!」
扉が開き、勢いよく駆け込むユーリ。
額に手を当てられ、眉が苦しそうに寄った。
「熱い……!やっぱり……」
「……ちょっと風邪かも。でもすぐ治るから」
苦笑いする私に、首を振るユーリ。
「駄目です。この世界の風邪を甘く見てはいけません。リリがいなくなったら……私は、自分の存在意義を見失ってしまう」
その声はかすかに震えている。
ユーリは水を汲み、タオルを絞って額にそっと置く。
ひやりとした感触に、思わず息が漏れた。
「冷たい……気持ちいい……」
「よかった……どうか、このまま少しでも楽になってください」
ユーリは席を離れず、薬草を煎じたりスープを温めたり、落ち着かない様子。
まるで少しでも視線を外したら、私が消えてしまうと思っているみたい。
匙を口元に差し出され、観念して口を開ける。
「おいしい……」
「よかった。食べられそうなものがあれば、なんでも言ってくださいね」
優しいはずの笑顔に必死さが混じっていて、胸が高鳴る。
「……ねぇ、ユーリ」
「はい?」
「そんなに大事にされたら、私、甘えちゃうよ」
布団の中から小声で告げると、ユーリは真剣な目で答えた。
「いいんです。私はリリのために生きています。リリがいないなら、どう息をすればいいのかもわからない」
直球の言葉に顔が熱くなり、布団に隠した。
「……もう、そういうこと言うのずるい……」
「ずるくても構いません。リリの全部を私に預けてください。何があっても手放しません」
そういって私の手をそっと握るユーリ。
その声を子守歌のように聞きながら、私は眠りに落ちた。
最後にかすかに囁く。
「私のリリ……もう二度と私を置いていかないで」
手から伝わる熱さは、風邪だけじゃなく、ユーリの想いに触れたからかもしれない。