5
窓から差し込むやわらかな日差し。
今日も……本当にユーリ、来てくれるかな。胸がそわそわする。
コンコン――。
きた!ユーリだ!
私はいそいで扉を開けた。
「リリ、おはようございます」
「おはよう、ユーリ!……って、なんか荷物多くない?」
「そんなことありませんよ。リリに必要なものを考えたら、むしろ少ないくらいです」
えぇ……?どういうことだろう。
必要なものなんて、だいたいそろってると思うんだけど。
「今日はコーンポタージュを作ってきました。召し上がれそうですか?」
「わ!本当?!私、スープの中で一番好きだから嬉しい!」
――前世では缶のやつしか飲んだことなかったけど。
手作りのポタージュなんて初めてかも。思わずにこにこしてしまう。
ユーリはサラダやパンまで用意してくれて、立派な朝ごはんになった。
「すごい、豪華だ!ありがとう!いただきまーす!」
「どうぞ、召し上がってください」
「……おいしい!温かいのって、久しぶりに食べた」
「そうですか。これからはいくらでも、私が作りますからね」
「……うん、ありがとう」
温かいものって、喉だけじゃなくて心までぽかぽかするんだ。
ユーリが来てから、ご飯が“生きるため”じゃなくて“楽しみ”になった。
「ごちそうさま!すっごくおいしかった」
「お口に合ってよかったです」
「片付け手伝うね」
「リリは座っていてください」
「やだ、私もなにかしたい」
「……では食器をふいてくれますか」
「うん!」
二人で並んで洗って片付ける。
ただそれだけなのに、どうしてこんなに楽しいんだろう。
「リリ、今日は髪をさわらせてもらってもいいですか?」
「私はいいけど……本当にいいの?」
「もちろんです。リリ様の髪を整えるのは、私にとって喜びですから」
小さな洗面器にお湯を張るユーリ。
「えっ、洗うのまでしてくれるの?」
「リリがいやでなければ、ぜひ」
「いやではないけど……」
「よかった。リリの好きそうな香油も用意しました」
そっと触れる指先は、宝物を扱うみたいに優しくて。
石けんの泡が広がるたび、甘い香りが部屋いっぱいに満ちていく。
「……気持ちいい」
思わず声がもれる。
「ふふ、そう言ってもらえると、私も嬉しいです」
洗い流される水が心まで清めるみたい。
タオルに包まれて、ほっと息がこぼれた。
「水気をとったら、少しずつ整えますね」
「うん……」
櫛が髪を梳く音。やさしい手つき。
乾かすたびに茶色の髪がふわりと舞って、心も軽くなる。
「香油をつけますね。……これはラベンダーです」
「わぁ、すっごく好きな香り」
「それならよかったです」
やがて丁寧に髪を編み込みはじめるユーリ。
久しぶりの編み込み。
前世では同室の子によくやってもらったことを思い出す。
「リリ、仕上げにこちらを」
「黄色のリボン?」
「はい。青と緑もありますから、また別の日に使いましょう」
「え、またやってくれるの?」
「もちろん。リリの髪を整えさせていただけることは、この上ない光栄です。これからも私に任せてください」
その声は、甘い歌みたいに胸に響く。
「あ、ありがとう……」
「とてもかわいらしくてよくお似合いです」
甘い歌のように響く声に、頬が熱くなる。
「リリ、よかったらこのあと一緒に街に出かけませんか?」
「え?私って……ここから出てもいいの?」
「……もちろんです。リリがしてはいけないことなんて、この世にありません」
「ふふっ、おおげさすぎない?」
「リリが好きな美味しいものも、可愛いものも街にはたくさんありますよ」
街……。行ってみたい!
「あ、でも……お金が足りないかも」
「あぁ。それなら心配いりません」
「ユーリが払うとかいやだからね」
「それは残念。私のすべてはリリのためにあるんですが……」
「……やっぱり街歩きは……」
「大丈夫です。リリの手仕事のお給与は孤児院で預かっているそうです。リリがあまりにもお使いにならないので困っているくらいだとか」
「え、そうなの?!」
「えぇ。ですから、安心して出かけましょう」
「そうなんだ!じゃあ、お出かけしても大丈夫?」
「もちろん。でも、少しは私にも頼ってください。私のすべてはリリのものですから」
「いや、もう十分してもらってるくらいだよ……」
「よかったら、こちらもどうぞ。その恰好では少し肌寒いでしょうから」
そう言ってユーリが取り出したのは、丁寧に包まれたワンピースだった。
深い海を思わせるやわらかな碧色の布。胸元と袖口には繊細な白い刺繍。
腰や背中には細いリボンを結べるようになっていて、体の線を自然に美しく見せる。
そして、髪に結んだ黄色のリボンによく合うクリーム色のボレロ。
「わ、かわいい……!でも、たしかに一人じゃ大変そうかも」
「えぇ、私に任せてください」
優しく脱がせて、足元から着せてくれるユーリ。
視線はどこか熱を帯びていてるように感じて、胸がなんだか高鳴る。
裾が少し動くたびに柔らかに揺れる。
用意してくれたポシェットにはすでにお金が入った布袋もはいっている。
ユーリが私に跪いて、新しいブーツを履かせてくれる。
「さぁ、行きましょう。私のお姫様」
差し伸べられた手に、心がぎゅっと鳴る。
そして――その街歩きが、あんなことになるなんて、このときはまだ知らなかった。