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ユーリが水を汲んで戻ってくるまでに、なんとか雑草を抜き終えた。
いつもより日差しが柔らかく感じるのは、気のせいだろうか。
「リリ、戻りました。それとこれ」
そう言って戻ってきたユーリの手には、小さなカモミールの花束があった。
「えっ…これ、私に?」
「はい。リリが喜ぶ顔を見たくて」
優しく微笑むユーリに、胸がぎゅっと熱くなる。
誰かが、私のためにプレゼントを用意してくれるなんて――。
「ありがとう、ユーリ。すごく嬉しい」
「リリが喜んでくれるなら、私も幸せです」
照れくさくて、何と返せばいいのか分からなかった。
「えっと…そろそろ帰ろうかな」
「そうですね、暗くなると危ないですから」
「あ、でも帰りは一人で大丈夫だから」
その言葉を聞いたユーリは、まるで深く傷ついたかのような表情をする。
「私がいてはご迷惑でしょうか…?」
「ううん!そんなことないよ。むしろ、誰かとこんなに話せて嬉しいくらいだし…」
前世ぶり、と言ってもいいかもしれない。
とはいえ、前世でも養護施設で同室だった子くらいとしか話していないけれど。
「光栄です、リリ。では、私めに見送る栄誉をお与えください」
そう言って、ユーリが腕を差し出す。
え、これって…エスコート?
ブリギット聖国では女の人同士でも結婚できるらしいから、これが普通なのかな・・・?
戸惑いながら腕に軽く手を置くと、ユーリは嬉しそうに歩き出した。
柔らかく、でも力強い手。いつもの道なのに、なぜか歩きやすい。
誰かと一緒に歩くって、こういう感覚なんだ。
「リリは孤児院にいらっしゃるのですか?」
「孤児院の小屋で一人で暮らしてる」
「小屋で一人…?あなたほどの人がなぜ?」
わたしほど…?どういう意味だろう。
でも、どこまで話していいか悩む。
「えっと、実は私、ルージャ帝国出身で。いまは話せるようになったけど、戦禍の影響で声が出なくなった時期があって…それで孤児院の小屋で療養させてもらってるの」
真実に少しだけ嘘を足す。
「なるほど」
「もし小屋を出ることになっても生活できるようにこっそり畑を作ったんだ。だから畑のことは内緒にしてね?」
少し自慢げに言うと、ユーリは瞳を見開いた。
「…一緒に暮らしましょう、リリ」
「え?!ちょっと、いきなりすぎない?!」
見ず知らずの元敵国の孤児に、聖騎士が言うセリフとは思えない。
でもユーリの目は真剣で、揺るぎない決意を放っていた。
「そうしましょう、リリ。私はあなたのために生きているのですから」
「ユ、ユーリ…?聖騎士の仕事は?」
「やめます。あなたと二人で、片時も離れずに過ごせるなら、それが本望です」
――いや、それは聖騎士としてどうなんだろう。
私のために辞めるなんて、ちょっと考えすぎだと思うけど…。
「ユーリの騎士服、かっこいいよ」
「わかりました。一生脱ぎません」
「いや、そうじゃなくて…お仕事頑張ってねって意味」
「…リリがそういうなら。いつから一緒に住んでも良いですか?」
「いや、住まないから。」
「リリはいまの家が気に入っているということですか?」
「まぁそうだね。せっかく菜園もつくったし。」
「ではリリの家で二人で暮らしましょう」
「いやいや…そもそも聖騎士って好きなとこに勝手に住んでいいの?」
その言葉に、ユーリは泣きそうな顔をした。
「やっぱりやめるしか…」
「えっと…じゃあ遊びにきてもいいよ?」
「…毎日、行ってもいいですか?」
「ま、毎日…」
私が戸惑っていると、了承と捉えたのか、ユーリは満面の笑みで覗き込む。
「うれしいです、リリ」
うっ…キレイでカッコイイ人の笑顔は、反則すぎる。
「う、うん…。本当に毎日くるの?」
「はい。邪魔はしません。見守らせてください」
「邪魔とかはないけど…」
「リリが許してくれる限り、ひと時でも長くともにありたいです」
「そ、そんなに…?」
そうこうしているうちに、小屋の前にたどり着いた。
「ここがリリが住んでる場所…」
「うん、ちょっと古いけど快適だよ」
「えっと、今日掃除しておくから。明日は家に入ってもいいよ?」
「い、家に上がらせていただいてもよいのですか? 無防備すぎでは…」
無防備…。聖騎士様がいる家なんて、むしろ防御力過多だと思うけど。
「リリ、また明日もお会いしましょう。必ず」
「う、うん。送ってくれてありがとう」
「いえ、リリの側にいられる時間が増えるのは、私の喜びですから」
「…また明日ね」
「えぇ、また明日」
ユーリは私が扉を閉めるまで、ずっと見守ってくれていた。
誰かに心配されるって、こんな感じなんだ。
なんだかくすぐったくて、少し胸が熱くなる。
明日、本当にきてくれるのかな。
早起きして掃除と刺繍、頑張らなくちゃ!
初めてできた誰かとの予定に、私は胸を躍らせるのだった。