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3.5話 とある聖騎士の前世

ユーリ視点での前世での話です。


鈴木 夕莉――それが私の名前。


4歳のときにお父さんとお母さんは事故で亡くなって、私だけが生き残った。


飲酒運転の車が突っ込んできて、お父さんが前に立って、お母さんが私を抱きしめて。


二人が私を守ってくれたんだって、施設の先生が教えてくれた。




私が小学校に入った頃、りりちゃんが施設にやってきた。


児童相談所の人と一緒に来て、その時になんとなくわかった。


――この子は、ずっとここにいてくれる子だ。


ここの施設は、親が入院しているあいだだけとか、少しのあいだ預けられる子が多い。


だから仲良くなっても夏休みになると帰ってしまって、またひとりぼっちになるのが寂しかった。


ずっと一緒にいてくれる子が来てくれる――それだけで胸が温かくなった。




「ねぇ、名前なんていうの?何歳?」


「……ゆうり。6歳。」


「じゃぁ、私の方がお姉ちゃんだ!私は莉々だよ」


にこっと笑うりりちゃん。


私は、すぐにりりちゃんが大好きになった。




「ゆうり、お風呂の時間だよ、一緒に行こう」


「……うん」


「ゆうり、髪乾かしてあげるね」


「……うん」


「ゆうりの髪、薄茶色できれいだね」


「……うん」




りりちゃんはそっと髪をブラシでといてくれる。


りりちゃんが髪を結ぶのが苦手だけど人の髪を触るのも触ってもらうのも好きなんだって。


わたしがもうちょっとお姉さんになったらりりちゃんの髪を結んであげようって思った。




私は人と話すのが下手でいつも一人だった。


そんな私を気にかけて、りりちゃんはいつも優しく話しかけてくれた。


無口な私にも嫌な顔ひとつしないで、笑顔で待ってくれる。


りりちゃんは、まるで本当のお姉ちゃんみたいで私にとってたった一人の家族だった。




ある日、おやつの時間に久しぶりにプリンが出た。


みんなが大喜びするなかで、私はうまく手を伸ばせなくて座ったままだった。


そんな私の前に、りりちゃんがプリンを差し出してくれた。


「ゆうり、食べてみて。おいしいよ」


そっと手に乗せられた袋を開けて、恐る恐る口に入れる。


「……おいしい。」


自分でも驚くくらい自然に声が出た。


すると、りりちゃんが目をまんまるにして、にぱっと笑った。


胸の奥がじんわり温かくなって、なんだか涙が溢れそうだ。


りりちゃんは「プリン、私も一番好き」と笑いかけてくれた。




その日から、お菓子の日は楽しみになった。


りりちゃんは甘いものが好きみたいでいつも嬉しそうだから。


「おいしいね」と言うと、りりちゃんが微笑み返してくれるから。


りりちゃんの笑顔は、私の心をふわっと軽くしてくれる。




「私ね、家族がほしかったの。ゆうりと仲良くなれて嬉しい」


「……じゃぁ、りりちゃんと結婚する」


「ほんと?そしたら本当の家族になれるね」




そういってにぱって笑ってくれるりりちゃん。


――もっと声を出してほしい、もっと笑ってほしい。


そんな気持ちが生まれていた。




ある日、私が熱を出した。


いつものように一人の部屋にうつってお薬とお水だけもらって過ごしてた。


でもりりちゃんがこっそりお見舞いにきてくれた。




「ねぇ、ゆうり。本読んであげるね」




声がだせない私の返事をまたず、りりちゃんが絵本を読んでくれた。

お花の国を旅する女の子の話。

りりちゃんの声は優しくて、聞いていると眠くなるくらい心地いい。



ときどきタオルを濡らしなおして、髪を撫でてくれた。


私だけのりりちゃんみたいで思わず笑顔になる。




「ゆうり、絵本楽しかった?」って聞かれて、素直にうなずいた。


「じゃあ、毎日読んであげるね」


「……ありがとう」


りりちゃんがいると、私の世界はどんどん広がっていった。

りりちゃんが施設にある絵本を読み尽くすくらい、たくさんの時間を過ごした。

でも私が一番好きなのはりりちゃんが最初に読んでくれたお花の絵本だった。


そんなある日、りりちゃんが紙に書いた文字を私に見せてくれた。


「ねぇ、見て。莉々と夕莉って名前の漢字、おそろいだよ」


「ほんとだ。おそろい!」




心の奥がふわっと満ちていく。


「莉々ちゃん、この紙、もらっていい?」


「いいよ。」




ゆうり、かわいい。




そう小さくいって笑う莉々ちゃんの笑顔を見たとき、ずっと一緒にいたいなって思った。


莉々ちゃんは、もう私にとってたった一人の大切な存在だった。


でも施設にいられるのは子供だけ。


いまでもときどきお花の絵本を読んでくれる。

花言葉がたくさん込められた優しい絵本。


私はもう大きくなったけど、莉々ちゃんの声で聞くと落ち着いて眠れるから、ついお願いしてしまう。


いつかは離れないといけないんだと思うと胸がぎゅってなって苦しくなる。


男の子だったらりりちゃんをお嫁さんにできるのに。

少しだけ大きくなった私は日本ではりりちゃんと結婚できないことを知っていた。


青い薔薇の花言葉は不可能だって思い出して、まるで私の気持ちみたいだって思った。



私が高学年になったとき、莉々ちゃんは中学生になった。


白いセーラー服姿の莉々ちゃんはすっかり大人びて見えて、私はドキドキした。


大人なりりちゃんはもう一緒にいてくれないんじゃないかって不安になる。




「莉々ちゃん、今日も髪結んであげるね」


「へへ、ありがとう」


「うん、かわいいくできたよ。りりちゃん」


「美少女で有名なゆうりに言われると誇らしいよ」




そういって笑う莉々ちゃん。


莉々ちゃんは相変わらず不器用だったから。




「・・・莉々ちゃん、中学生になっても髪結ばせてくれる?」


「むしろこっちからお願いするよ」




莉々ちゃんができないことは私がしてあげるんだ。


そうしたらきっとずっと一緒にいてくれるよね。


三つ編みもできるようになったから、次は編み込みもしてあげたい。


きっとりりちゃんに似合うから。




中学生になった私は、莉々ちゃんと同じ同じ家庭科クラブに入った。


施設でも同室になって、学校でも帰ってからも、ずっと一緒だった。





莉々ちゃんは歌をきくのも好きで、図書館でいつもCDを聞いていた。


「いつでも聞けたらいいのに。なんで施設にはオーディオがないんだろ」


「……部屋で歌ったらいいじゃん」


「ほんと?じゃあ、今夜から聞いてね」


音程は外れてて歌詞も間違っているのに、その声はやわらかくてあたたかくて――


私は、莉々ちゃんの歌声を世界で一番好きだと思った。




そして莉々ちゃんは高校生になった。


施設の先生が「ここからあの難関高校に進学したのは初めてだよ」と誇らしげに言っていた。


ブラウンのブレザーに赤いネクタイの制服が似合うりりちゃん。


おめでたいことのはずなのに、どんどん遠くにいってしまうようで。


不安で胸がいっぱいだった。




けれど莉々ちゃんは私の不安をみすかしたように頭を撫でて笑う。


「ゆうり、大丈夫。学校が変わってもずっと一緒にいよう」


その言葉にどれだけ救われてるか、うまく伝えられなかった。




そして――あの夜、突然地震が起きた。


目を覚ますと、周りは電気が切れて真っ暗で。


そんな私の手を強く握って、莉々ちゃんが叫んだ。


「ゆうり!逃げるよ!」


でも私は震えて足が動かなかった。


「……あ、足が…」


「大丈夫。私がついてるから!」




私の手を、莉々ちゃんが強く握り、必死に引っ張ってくれる。


何度も抱きしめるようにかばいながら。


けれど、無情にも大きな揺れが私たちを襲い、瓦礫が崩れ落ちてくる。




「ゆうり!」




そういって背中から突き放された。


鳴り響く轟音。




「あ・・・りり、ちゃん・・・?」




莉々ちゃんがいたはずの場所はがれきで埋まっていて。


がれきの隙間から見えた顔。赤い液体が滲んでいる。


私は震える指でがれきを動かす」


少しだけみえた 莉々ちゃんの顔。


私と目が合った莉々ちゃんは安心したように微笑んで――そして目を閉じた。




「やだ……莉々ちゃん!! 起きて!!!」




私の記憶はそこから途切れた。







後に聞かされた。


莉々ちゃんは全身をはさまれ、ほぼ即死だったって。


私をかばったせいで。


両親も、そして莉々ちゃんまで。




私は守られるばかりで、なにもできなかった。


――大好きなりりちゃん。本当は、私が守りたかったのに。


育児放棄されてたりりちゃんは戸籍さえもなかったらく、遺骨を引き取る人もいなくて。


なんで、なんでなの。


あんなに優しいりりちゃんがひとりぼっちなんて。




涙に濡れながら祈った。


どうか、どうかもう一度。


生まれ変わりがあるのなら――




今度は必ず、私が莉々ちゃんを守ります。


莉々ちゃん、絶対探すから、だから待っててね。



夕莉は中学を卒業してすぐに「人を守る仕事」につき、殉職するその日まで力を尽くすのでした。

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