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3/11

ユーリにもらったカモミールをお茶にするための作業をしたり、家の掃除を終えたあと、ぐっすり眠った翌朝――。




コンコン――




この家ではじめて聞く、誰かが訪ねてくる音に、心が小さく跳ねる。




どきどきしながら扉を開けると、朝の光を背に微笑むユーリが立っていた。




「おはようございます、リリ。会えて嬉しいです」


「おはよう、ユーリ」




「リリ、今日の髪型も素敵ですね」


「そ、そうかな…?ありがとう」




腰まで伸ばしっぱなしだった髪を手櫛でまとめて紐をまいただけなのに褒めてくれる。


今まで誰かに会うことなんてほとんどなかったから、身なりもテキトーだった。


オシャレってほどじゃないけれど、自分の身なりを整えるのは、なんだか新鮮で心地いい。




「リリ、もしよかったら明日は私がリリの髪を整えてもいいでしょうか?」


「そんな、わるいよ」


「いえ、髪を整えるのは私の趣味なのでぜひ」


「じゃ、じゃぁお願いしようかな」


「ありがとうございます、嬉しいです。ところでリリは何色が好きですか?」


「え?考えたことないからわかんない」


「そうですか」


「あっ、でもユーリの髪色とか瞳の色は好きかも。キラキラして綺麗だし」




ユーリは驚いたように瞳を大きくして、頬を赤く染める。


褒め慣れているだろうに、私の何気ない言葉で喜んでくれる――そんな姿に胸がふわっとする。




「リリ、朝ごはんは食べましたか?」


「食べたよ、あれ」




そう言って、いつもの黒パンの残りを差し出す。




「…いつもこのような食事を?」


「うん。孤児院の人がくれるの。優しいよね」


「優しい…」




パンの作り方も買い方も知らない私にとって、日常が困らず送れるだけで十分に幸せだ。ハンカチに刺繍するだけで何とかなる生活も、案外悪くない。




「リリ、実は私は料理が趣味なんです」


「え、そうなんだ」


「よかったら、これからは私が作ったものを召し上がっていただけませんか?」


「そんな…悪いよ」


「食べてくれる人がいないと作り甲斐がないので、むしろ助かります」


「…そうなの?」


「えぇ、だからぜひお願いしたいです」




少し戸惑いながらも、食べてもいいのかな、と胸がざわつく。




「リリは甘いものやスイーツはお好きですか?」


「どうだろ、たぶん好きかな」


「よかった。実は今日、持ってきたんです」


「え!」




この世界にもスイーツがあったんだ。甘いものなんてすっごく久しぶり――なんだかワクワクする。




「プリンです。お好きですよね」


「わぁ!嬉しい!」


「まだ冷えてますので、よろしければ今食べますか?」


「いいの?」


「もちろん。リリのために持ってきたものですから」




袋の中にはプリンが2つ。さらに――




「茶葉…?」


「えぇ、一緒にどうかなと思いまして」


「わぁ~!すごい!」


「よろしければ、私が淹れますよ?」


「うん!あ、でもコップひとつしかないや…」


「私はなくても構いません。リリのために持ってきたんですから」


「でも、ユーリと一緒にお茶とプリン楽しみたい…」




友達とアフタヌーンティーをするという、ひそかな憧れ。


今は朝だからモーニングティーになるのかもだけど。




「リリの望みは私の願いですから、すぐに準備しますね」


「え?」


「孤児院に行って借りてきます」


「そ、それは悪いよ…」


「いえ、どちらにしてもお話をせねばと思っていましたので」


「そ、そうなの?」


「えぇ。少し席を外しても?」


「それは大丈夫だけど…」


「麗しのリリ、すぐ戻ってきますのでお待ちくださいね」




そう言って、ユーリは私の手の甲に軽くキスをして出て行った。




扉が閉まると、なぜか胸の奥がぽっかりと寂しくなる。


ユーリが戻るまでの間、私はテーブルを整えながら、その気持ちの正体を考えていた。




コンコン――




扉が開き、笑顔のユーリが戻ってきた。


腕にはパンや野菜が入った大きなバスケット、お盆にはお湯を入れたポットとティーカップをのせて。




「お待たせしました、リリ」


「うん、ありがとう」




ユーリはそっとポットを置き、丁寧にお茶を注ぐ。


湯気の向こうで微笑む瞳に、胸がぎゅっとなる。




「このお茶、いい香りだね」


「あぁ、これはダージリンですよ」


「紅茶?ここでは初めてかも」


「きっとリリは気に入ると思います」




少しの照れもなく、私だけを見つめるユーリ。胸が熱くなる。




「そ、そうかな…ありがとう」




ユーリが紅茶の横にプリンを置く。淡いカラメルの香りがふわりと漂う。


誰かが私のために時間を使ってくれる――その事実が、胸の奥をじんわり温める。




「いただきます…!」


「どうぞ、リリ」




口に入れたプリンは、まろやかで優しい甘さ。


ユーリの気持ちまで一緒に口に入ったみたいで、思わず目を閉じた。




「そうだ、リリ。孤児院長に確認したら、この小屋はリリの好きに使っていいとのことでしたよ」


「え、本当?」


「はい。それに裏手の森も孤児院の敷地内なので自由に使えます」


「それって家庭菜園も自由にしていいってこと?」


「そのようですね。この周辺一帯は孤児院には不要とのことでした」


「そうなんだ!ユーリ、聞いてくれてありがとう」


「リリのためなら、どんなことも惜しみません」


「そ、そんな…」


「リリが喜ぶことなら、私はなんでもします。必要なものがあれば用意しますので」


「もう十分だよ…」




綺麗で優しい人。その存在を、受け入れてみたい気持ちが少しずつ芽生える。




私は無意識に服のすそをぎゅっと握る。


「ねぇ、ユーリ…」


「はい、リリ?」


「明日も、こうして来てくれるの…?」




ユーリは、何気ないことのようにうなずく。




「はい、毎日お会いしたいです」




胸の奥がぽかぽかと温かくなる。


本当に毎日会いに来てくれるなら――夢のようだ。


こんなに幸せな気持ちって、初めてかもしれない。




でも、どうしてこの人はこんなによくしてくれるんだろう?


私は誰に似てるんだろう?




なにはともあれ。




正式に小屋も庭も自由に使える許可を得たので、その日はユーリと二人で小屋を整理することにした。


ユーリが作ってくれたサンドイッチをたべたり、誰かと一緒に何かして過ごすってすっごく楽しくて。


新鮮な気持ちで一日を過ごしたのだった。


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