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久しぶりの新連載です!
全部書き終えているので、予約投稿予定です!
「ふぅ~!今日の作業もおーわりっ!」
ノルマのラスト一枚のハンカチに刺繍を終えて、一息つく。
モチーフはここブリギッド聖国の国花、白百合だ。
私の名前は野山 莉々花……ではなく、この世界ではリリ。
平民というか元孤児だから苗字はない。
なんなら名前も自分でつけた。前世の名前をそのまま名乗っているだけ。
うっすら日本で暮らしていた記憶はあるけど、はっきりと覚えていない。
親の記憶は思い出せない。
はっきり覚えているのは育児放棄されているところを保護されて養護施設に入って育ったことくらい。
あとは大人になる前に事故か地震で死んだってこと、かな。
なにかに重いものに挟まれて気はするけど、あんまり苦しまなかったように思う。
そんな感じで前世も幸せとはいえない上に、せっかく異世界転生しても、生まれたのは貧民窟の孤児。
今世は物心ついたときには戦争末期で、チートも成り上がりも夢見る余裕なんてなかった。
ルージャ帝国での孤児生活はそれなりに大変だった。
勝ち目のない戦争で引くに引けなくなった落ち目の国に生まれた、それだけで運の尽き。
戦禍の煽りをうけて、ただの孤児の私ですら救護所に駆り出された。
表向きは「聖女見習い」なんて聞こえのいい肩書をもらったけど、できるのは水を飲ませたり声をかけたり程度。
しかも担当は、助けられる見込みの少ない人や「どうなってもいい」とされた捕虜ばかり。
死んでしまうのは悲しかったけど、せめて最後は笑顔で――そう思って無理やり笑って見送る日々が、数年続いた。
まぁ、孤児を駆り出すような国だったから、戦には普通に負けた。
負け戦を数年続けたのはある意味すごいかもしれないけど。
ブリギッド聖国に併合されたのは十七歳くらいの頃。孤児だから誕生日も知らないけど、少なくとも一年前のことだ。
聖国に併合されてからは、豊穣の女神ブリギッド様の加護のおかげか、食べ物に困らなくなった。
今代の大聖女さまが考えた「孤児院」という制度もあって、孤児の私でもそれなりに平凡に暮らせている。
あの頃を思えば、いまはかなり幸せともいえる。
救護所勤めも、貧民窟よりはましだったけどね。
役に立てたわけじゃないけど、少なくとも害されることはなかったし。
併合のときは、聖女見習いだったことを隠して、孤児院希望の列にしれっと並んだ。
だって救護所勤めだったなんて知られたら、敵国の戦犯扱いで罰せられるかもしれないから。
幸い、当時は白い帽子に髪をすべて入れ、顔はマスクで覆っていたから、誰も気づかないはず。
なにより、私の顔を知っている人はもうほとんど死んでしまっていた。
念のため、声でばれないように、しばらくは「トラウマで声を失った」という雰囲気を装った。
そのおかげか、孤児院に入るには年齢が高かった私でも「療養」という理由で、孤児院裏の小屋をあてがわれて一人暮らしをしている。
裏庭の森には小さな菜園を作り、食べ物にも困らない。
教会の裏だから安全だし、人も来ない。
ハンカチに刺繍をして置いておけば、次のハンカチや糸のほかに生活必需品が差し入れられる。
定期的に最低限のものも届くし、困っていることは特にない。
でも声を出さない生活は少し不便だ。
人間って声から忘れるというし、もう私の声を覚えている人なんていないんじゃないだろうか。
トラウマから立ち直る時期としても、一年はちょうどいい。
今世でも私は平凡で受け身。
働いた記憶もなければ特別な知識もない。現代知識で無双しちゃう、なんて考えもない。
――まぁ、いわゆる輪廻ってやつかな。
前世を含めてカルマを消化中だと思えば、そこまでつらくはない。
悪いことをした覚えはないけど、ややハードモードなのは間違いない。
でも、この世界に生まれてよかったこともある。
そう、見た目だけはかわいくなったのだ。
ふわふわしたブラウンの髪に、優しげな緑の瞳。
……うん。主人公でも悪役令嬢でもなく、頑張ってモブというところだろうか?
前世の顔は覚えてないけど、遠巻きにされていたからたぶん好かれるような容姿ではなかったと思う。
あ、でも施設にいた小さな女の子だけは懐いてくれてたような気もうする。
そんな私でも、ときどき夢をみる。
平凡な私だけど、かっこいい人と運命的に出会って溺愛される――なんて夢を。
まぁ、叶わないから夢なんだけど。
「あっ、菜園に水をあげにいかなきゃ」
いつもの菜園に向かう。
森の香りを感じながら、今日も平凡な幸せを噛みしめる――
でも、その平凡な日常は。
まだ知らない運命の扉を開く前触れに過ぎなかった。
全10話程を予定しています。
楽しんでもらえたら嬉しいです☺
はじめての予約投稿設定、すでにミスって先に投稿してしまったりしてますががんばります!!