恐怖への誘い
雨音が激しく窓を叩きつける夜、家を抜け出した少年は自宅の近くに建つ今は誰も住んでいない古い洋館へと足を踏み入れた。傘は役に立たずに全身がずぶ濡れとなってしまっていた。体から滴る雨水で床を濡らしながら、持ってきた懐中電灯で暗い室内を照らす。少年は洋館の奥深くにあるという、地下へ続く赤い階段を探し求めていた。その階段の先は、少年の祖父に教えてもらった絶対に行ってはならないとても恐ろしい場所だった。だが今の少年にはそこに行くことにしか希望がなかった。
薄暗い廊下の奥で、少年はようやく赤い階段を発見した。階段の赤は懐中電灯の光の中でまるで血の色のように鮮やかで、少年の心を激しく震わせた。深呼吸をして、少年は階段に一歩足を踏み入れる。
階段を降りるにつれて、空気は重く、湿った冷気が肌を刺す。壁には奇妙な模様が浮かび上がり、少年の影がゆがんでは伸び縮みする。足音だけが響き渡る静寂の中で、少年は背中に冷たいものが触れたような感覚に襲われた。ハッとして振り返るがそこには何もいない。フゥ、と浅くため息をつく。
地下室に到着すると、そこは薄暗い空間が広がっていた。壁には無数の水滴が流れ、床は湿気でぬめり、まるで地下水脈の中にいるようだった。そして部屋の中央にはなぜか大きな水槽だけが置かれていて、中には巨大なネズミが何匹も浮かんでいた。
あまりの悍ましさに目を背けたそのときに、水槽の中から一匹のネズミが飛び出し、少年の左足の脛の部分に噛み付いた。激しい痛みと共に、少年は恐怖に震え上がった。必死にネズミを振り払おうとするが、ネズミは執拗に少年を攻撃し続ける。
突然、背後から冷ややかな声が聞こえた。「面白いね、この子は」
振り返ると、そこには少年をじっと見つめる男の姿があった。男は白いコートを羽織り、顔には得体の知れない笑みを浮かべていた。男は少年に向かってゆっくりと近づき、こう告げた。「君は特別なんだ。だから、ここにいるんだ」
男の言葉の意味が分からず、少年はただ恐怖に打ち震えるだけだった。男は少年の肩を掴み、赤い階段の方へと引きずり始めた。少年は必死に抵抗するが男の力は強大で少年は抵抗することができなかった。
赤い階段を再び上り始めたとき、少年は自分以外の誰かの声を聞いた。"彼ら"は皆、男に連れられ、赤い階段を上り下りさせられていた。"彼ら"は、まるで人形のように操られ、楽しそうに笑っていた。
少年は学校でクラスメイトたちからイジメを受けていた。日に日にエスカレートするイジメから抜け出したいと願った少年は、祖父から聞いたこの地下室にあるという呪いの本を使って呪いをかけようとしていた。イジメをする"彼ら"に。
少年は、この場所で何が起こっているのか、なぜ"彼ら"がここにいるのか、全く理解できなかった。ただ一つだけは確信していた。それはこの場所は、一度足を踏み入れたら決して逃れることのできない地獄なのだということを。