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図書館の魔女

 光の森のフローリアスの弟子の一人マリーナは、とある王国の図書館にて大司書を仕っている。

 フローリアス秘蔵の幾万の魔導書、その写本がマリーナの書斎に三冊ほど保管されており、古代魔法についての写本が二冊と、預言書が一冊である。

 模造品のため予言の精度は低く、特に日程に関しては信用ならない。その上予言の内容は曖昧である。


「……なんてこと、早く師匠にお伝えしなければ」


 曖昧であっても、それは絶対に違えない。

 曖昧ゆえにその二文字が恐ろしかった。


 ――戦争。


 七神は戦を避けて世界を平和に維持してきた。

 戦争の危機は何度かあったらしいが、七神はその全てを未然に防いでいる。

 一見して金髪の少女のマリーナは、生徒と見間違われることが度々ある。


「廊下を走らない!」


「あっ、ごめんなさい」


 この場合、まさか先生が走っているとなれば論外だが。

 魔法学院の転移装置を使うか、遠距離通信装置を使うか。

 あまりフローリアスの元を訪れたくないため、通信で済ませたかったけれど、背に腹はかえられない。

 地下室に辿り着き、転移の間へと入る。

 磨かれた平らな岩壁は魔力の乱反射を防ぐためのもので、地面に描かれた巨大な同心円こそが転移魔法陣である。


「マリーナ先生、こんにちは。みなさん挨拶を」


「「こんにちは、マリーナ先生」」


 クスクスと笑い声が聞こえてくるのは、やはり彼女の幼さであろう。


「わっ、ハドソン教授。ごめんなさい邪魔してしまって」


「いえいえ。どうかしましたか?」


「急用で遠方へ飛びたいので、転移魔法を使おうかと」


 周囲がざわつき始める。

 転移に要する魔力量は膨大故に魔力炉からの直接供給が必須である。


「……なんと、校長先生の許可は?」


「えっと、一基だけ使わせてもらえるみたいです。なので、ちょっとだけ部屋を開けて――」


「諸君らは運が良い。この場で転移魔法を実際に目にできるようだ」


 ――ええ……


 歓声が上がる中、マリーナは露骨に嫌な顔を浮かべる。

 人に見られながら魔法を扱うのは集中が途切れて苦手なのだ。

 しかしこの空気は断れそうにない。


「へぇ、マリーナ先生のような子供でも大魔法が使えるんですねぇ」


 最上級学年の授業ということもあって、生徒は皆マリーナより年上になる。

 突然生徒から話しかけられてマリーナは萎縮しそうになった。


「え、ええと、苦手ですけど一応」


「おい、やめてやれって。集中切らして失敗させたらどうするんだよw」


「一人でやりたいなら、俺たち部屋の外に出ましょうか?」


「そこ!マリーナ先生が今から大魔法を発動するのだ!余計な邪魔をするな!」


「俺たちはただ心配なだけですよ。あんな小さな少女が失敗でもすれば死にますよね?そもそも本当に先生の資格があるかすら危うい人が、大丈夫なんですか?」


 魔法陣に付け足すようにしてもう一つ陣を書き上げる。

 いくつか文字も敷設していく間、どうみても見下されるような視線を受けた。


 ――私ミスばっかりだし、先生なんてまだまだだよね。


「詠唱をミスでもされたら、俺たちにまで怪我しちゃいますよ〜見学なんて必要ありませんって」


 先生として不足している。

 その考えは学校全体に広まり、クレームを入れられることも多々ある。

 しかし、マリーナの夢は先生だった。


「黙れ!マリーナ先生が失敗するはずがないだろう!」


「あ、あの、転移魔法の詠唱は何節か知ってますか?」


「舐めないでもらって良いですか?転移魔法は第三詠唱級第魔法に分類されます。詠唱数は六十四節です」


 嫌味は言ってくるが、しっかりと答えてくれたのでマリーナの口元が緩んだ。


「で、では転移魔法の仕組み――」


「マリーナ先生、その辺は私がもう……」


 しかしそれも束の間。

 マリーナの担当クラスではないので、あまり首を突っ込むのは良くない。


「あっ、ごめんなさい。じゃあ始めますね。危ないので、邪魔しないように……して、ください」


「マリーナ先生こそ、詠唱で噛んだりして俺たちに迷惑かけないで――」


 集中のあまり、生徒の言葉を遮ってしまった。


「その辺は大丈夫です。詠唱は破棄しますから」


「――は?」


 これだけ人がいれば、魔力炉でなくても生徒から幾らか搾り上げても良さそうだ。


「え、詠唱の破棄?この魔法を?」


「あれ、詠唱破棄は三年で習いますよね?」


「そりゃ勿論」


「それなら教えなくても分かってますよね。見物料ということで魔力貰いますね」


 生徒たちが硬直している。

 本人は全く気にかけていないことで、常識の範囲を超えてきていた。

 詠唱の破棄は熟知しているとできる芸当で、低級の場合は無詠唱になる。

 脳に詠唱の情報を圧縮して保管することで可能とする仕組みであるが、短縮できたとしても十節が限界と言われており、大魔法に至っては一節でも破棄すると脳への負担が倍になると言われている。

 魔法使いの上澄みで大魔法をおおよそ半分で詠唱できると言われているが、魔法の規模が大きいほど詠唱破棄のデメリットが大きくなる。


「頭大丈夫ですか?」


 馬鹿にする意図はなく、本当に脳が大丈夫か、という意。


「転移は慣れているので、えっと心配ありません」


 つまりこの場合、詠唱破棄は六十四節から一節を引くことに相当するが、意味がないことは誰でもわかる。


「それでは失礼します。生徒の皆さんはよく見ておいてくださいね」


 ――転移魔法「天使の道標」


 その全てを圧縮し、マリーナは魔法名のみで転移魔法を発動させた。

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