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冒険者ヘルムズの救済

 「貴公か、私の意識の中を惑う者は」

 

 問題は、消化に要した日数である。

 即ち365日、殺すことなくゆったりと消化したために、その意識は殺し尽くすより先に耐性を手にしてしまった。

 目が覚めると、巨大な墓地の中にいた。

 

 無数に並ぶ墓地の中に立つ、一人の男が見える。


 「……あなたは?誰ですか?」


 「問いを投げるか。この墓標を見て尚も」

 

 惨めながらも小さく飾られたその墓標には、「魔皇レーヴリスタ」と書いてあるのが見えた。

 流石のヘルムズでもその名前を忘れるはずがない。

 いわばそれは恐怖の原液のようなもので、総ての恐怖はここから始まったと言っても過言ではない存在であるのだから。

 七神より前の神話の時代、叛逆の天使は自らを魔皇と名乗ったとされており、現在の魔王に至る原点とされている。

 

 ――でもなんでオレ、こんなに平然としていられるんだろ。

 

 「興味深いものだ。私は地獄にいることすら赦されんらしい。再び産み落とされて、何をしろと……」


 「あの、オレはこれからどうなるんですか?」


 「貴公は哀れにも私の霊力にすら耐性を持ってしまった。残念だがこの領域からは逃れられない」


 「は、はい?それって死ねないってこと?オレはずっとクソみたいな扱いばっか受けて、それで死ねないなんてさ……どうしようもない人生だな」

 

 ――ああそうか、もう何もかもどうでも良くなっているからか。


 もし魔皇が本物ならば、このような態度を取ればすぐさま首が落ちるに違いない。

 それなのに一切物怖じしないヘルムズのことは、奇妙以外の何物でもなかっただろう。

 

 「貴公の記憶を垣間見た。別の世界からの来訪か?」

 

 「えっ、そこまでバレてんのか。ああ、そうだよ。オレは異世界に転生してここに来た。お前のことは知ってる。大昔の魔皇だって話じゃないか」

 

 もはや包み隠す必要すら無くなったヘルムズは、あっけらかんとした態度になった。

 

 「私の話など興味もない。今は貴公の話をしている。転生というものは、実際のところどうだったのだ?」


 「最初こそ盛り上がったが、それも創作の読み過ぎだった。実際の異世界は元の世界よりずっと生きづらいし、それに命が軽い。オレが弱いってせいもあるんだろうけど、死にやすいくせに蘇生も何もないんだからな」


 「なるほど、蘇生は貴公の時代でも実現できていないようだ。強ければ何をしても許される……世界は私のいた時代と全く変わっていないらしい」

 

 「まぁ、そもそも二度目の人生だ。この世界はゴミみたいな人生だったが、それも仕方がないよな。オレも馬鹿みたいに強い冒険者にでもなれたらもっとマシな人生だったのかもな」

 

 全て聞き届けたレーヴリスタは、鼻で笑う。

 それはヘルムズを愚弄しているのか、それとも世界を嘲笑うのか。

 

 「この世界が芥同然とは、私の生きた意味まで否定するか。よろしい。では貴公がこの世界を満喫できるその時まで、私の力を譲渡しよう。代わりにやってもらいたいことがある」

 

 「あ?いやいや、もう良いって。騙されるのはもう懲り懲りだ」

 

 「王の約束は絶対である。そら、たった今私に貢ぎそして復活せんとする墓荒らしの賊が群れているだろう?貴公を殺した者共だ。不愉快だ。鏖殺せよ」

 

 「…………本気で言っているのか?こんなオレに?」

 

 「耐性というスキルは使い方次第によっては非常に強力だ。私の掩護があれば、存分に使いこなせるだろう。生前、私は色々とスキルを集めていた故、貴公の好きに使うがよい」

 

 生き残ってやる、生き残って奴らを見返してやる、ヘルムズはずっとそう思ってきた。

 そして終わりだと思っていた、救いのない人生だと思った。

 しかし天は、否地獄は彼を見離さなかった。

 

 「私は亡者である。だが世界の行く末には些か興味がある。私に代わり、貴公が終焉を見届けよ。その褒章に世界の美しさをくれてやる」

 

 ――なるほどな。ようやくそれっぽい異世界転生になったってことか。

 

 本心から笑ったのは何年ぶりだろう。

 それでも、ヘルムズは心の底から笑った。

 

 「そういうことなら、やってやるよ」


 かくしてヘルムズは、三度目の生を受け取った。

 

 *   *   *   *

 

 「ええ〜何故あなたが死んでないのぉ?」

 

 生きている感覚がする。

 そして全てが見える。

 魔力の流れも、別の力の流れも。全てが見通せる。

 そしてスキル――死の天使が、目に見えるモノ全ての命を知覚した。

 オレは手を振り上げる。

 たったその動作だけで、巫山戯たことを抜かしていたサキュバスは真っ二つに割れた。

 

 「っははははは!強いな!これは良い!」

 

 最早「耐性」など不要。

 手を振るだけで敵は三枚おろしになって死んでいく。

 

 「おっと、お前らはお楽しみ中だったか。オレを罠に嵌めてハメるのはさぞ気持ちの良いことだろうなぁ。まぁどうでも良いか」

 

 つまらない駄洒落はさておき、あっさり殺すには勿体無い。

 オレと違ってスキルもないんじゃあこの毒は耐えられないよな。

 

 「水蛇の毒」

 

 みるみる皮膚の色が変わり、そして冒険者は絶叫している。

 毒が回っているのが容易に見て取れる。

 こいつらは放っておけばそのうち死ぬだろう。

 さて、借りも返せたんだし、サキュバス殺しを再開するか。

 

 「へえ、中身は魔皇様なんだぁ。なんだか思ってたよりショボいかも~本当に使えるのかな??」

 

 どう答えれば良いんだっけ。

 まぁ本物は出てこないっぽいし名乗っても大丈夫そうだな。

 サキュバスならば別の使い方だってできるが……やはりこいつらは殺す方が楽しめそうだ。

 好き勝手したこの連中も、どうやらオレは許せそうにない。

 

 「いかにも。初めまして私が眷属たちよ、そしてさようならだ」

 

 「自分が何を言っているのか分かってるぅ?復活を果たしたとしてもあんたは私たちには勝てない。スキルは残っててもレベルが違うの。あはっ、もしかしてぇまた自分が世界を支配できるとでも思ってた?残念だけど、あんたは種馬になるだけ!ざーんねんでしたぁ」

 

 「オレは確かに言ったはずだぞ。さようならと」

 

 *

 

 そして血の泉ができていた。

 種族長らしきサキュバスの長は、オレの事をさぞ忌々しそうな目で見ている。

 こいつ以外は全員殺し、こいつだけは最後に殺すことにしたからだ。

 

 「結局は雑魚の巣窟か。このオレを使って強い個体を繁殖させようとした、か。なるほど生存戦略としては悪くないだろうが、不遜である。死んで身の程を弁えるんだな」

 

 「おかしいッ!復活の儀式だけでも相当なレベルダウンが発生するというのに……!どうしてこいつは強いッ!」

 

 「何も難しく考える必要はない。答えは簡単。お前達が弱かっただけだ」

 

 レベルダウンなんてもの、今時あるはずがないだろう。

 レベルとして能力を数値化するという魔法は、時々使われるが今時の冒険者でそんな数値を測ろうとするやつは誰もいやしない。

 昏い洞窟に引きこもっていた英で、世俗に疎くなっているようじゃ殺されて当然だよな。

 オレは種族長の頸に手をかけ、そしてゆっくりと締め上げていく。

 呻き声か呪詛か、まあどちらにせよ通じない。

 こいつはもう終わりだ。

 締め上げる力をさらに強くしていき、そして――ボキリと大きな音がした。

 死んだようだ。それも呆気なく。

 

 「さて、オレはこれからどうしようか」

 

 レーヴリスタから授かったこの力があれば、オレは何だってできる。

 世界だって支配できるんじゃないか?

 色々使い方はあるが、時間なら余裕があるのだ。

 この命は魔皇のものと同じ。

 つまり永遠に続く。

 世界を満喫しろと約束した限り、どの生き方でも後悔はしないようにしなければ。

 

 「まずは0等級冒険者に……いや、目立つ必要なんてどこにもない。気ままに過ごして旅をするのでも構わない筈だ――」

 

 ふと、脳裏に響く声がする。

 

 ――私の権能はさぞ痛快だろう。さて、貴公は世界を楽しめているか?

 

 聞き覚えのある声はレーヴリスタのものだ。

 オレに意識を移植したのか。何をしたのかはよくわからないが、オレの器に収まっているらしい。

 

 「ああ。確かにこの異世界は元の世界よりも楽しい。だが、まだ足りないな。オレはこの世界を満喫できて――」


 「安堵した。これで私も心置きなく葬送できる」


 全身が搾られるように歪み、直後に意識は暗転した。

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