仇敵
気が緩んだことで気配が漏れ出る。
しかし、特有の気配というものを、アルバート本人はうまく理解していない。
「ようやく知っている者が現れた。私が復活を果たしたというのに、誰一人歓待が無かったものだから、臣下は滅んだものかと思っていたぞ」
「誰がお前を迎え入れると思っている?それにしても随分と弱ったものだなぁ。死の気配が無ければ、私の魔力探知にすら反応しない」
「クックッ。二千年もの間、随分と慢心を肥え太らせたものだ。不敬であると言って処断すべきか?」
「くはっ。今のお前に余が斬れるのか?もしやレーヴリスタの皮を被った道化の類か?」
腹を抱えて笑っている様子はさぞ気持ちの良さそうなものである。
ゲーテを目前にしてアルバートは冷汗をかいていた。
充溢する全盛期のアルバートの倍以上ある魔力量と、何より「耐性」の道化に譲渡した「魔王」のスキルを保有しているのか、本能的に恐怖している。
時間の停止というこの空間自体、アルバートは再現どころか構造も理解できない。
「魔導皇帝を僭称する傲慢さ。改めて対面して、最早私への忠誠も朽ち果てたと見える。変わったな、ゲーテ」
「お前は既に取るに足らない弱者になった。余が崇拝するのは強者のみ。弱者となったお前に忠誠など存在しない。そもそも、何故お前を裏切ったのか、理解しているか?」
「私のことが嫌いだったから、違うか?」
「確かにお前は臣下の誰からも好かれていなかったが、余が裏切った理由は違う」
――え、みんな私のこと嫌いだったのか?
世界を支配した魔皇はあらゆる生命から恐怖された。
それは臣下も例外ではない。
ひたすらにレーヴリスタは恐ろしかった。口を揃えて臣下は話す。
「お前は勇者よりも弱かった。ただそれだけだ」
嘲笑混じりの真実を口にし、ゲーテは今にも嗤いだしそうになる。
侮辱された怒りによる、惨めな反抗は愉悦でしかない。
「貴公の忠義は、私の力にあった。なるほど、貴公は力のみを信仰し、それ以外を信用しないということか。貴公を正直に信用したところから、私は敗北していたらしい」
ところが、アルバートは受け入れていた。
「……拍子抜けだぞ元魔皇。屈辱を受けようと反駁もなく、叛逆されたにも拘らず断罪の意思もない。本当にあの魔皇レーヴリスタか?」
「残念だが、私はアルバートだ。レーヴリスタという敗残兵は、神話の時代に滅んでいる」
かつてのレーヴリスタを知る者が今の有り様を見れば誰もが目を疑うだろう。
ゲーテは幾度もレーヴリスタを激昂させる言動をとったにも拘らず、今なお首はつながっている。
アルバートからは一切の怒りの感情もなく、全盛期の面影もない燃え残りのような存在に見えた。
「そんな死骸のような私に、魔皇は何の用があって時を止めてまで来た。私を今度こそ殺したいのか?」
「敗残兵を名乗っておきながら、お前は未だ本物の魔導皇帝だ。せっかく復活したのであれば、余に魔導皇帝を捧げるがよい。殺さずに生かしてやろう」
殺されるものだと思っていたばかりに、スキルが欲しいという頼みに今度はアルバートの方が拍子抜けした。
――こんなものが欲しいのか?
魔導皇帝は魔皇の称号そのものであり、そしてアルバートは今やその称号に固執していない。
「ワールドスキルには使用条件が存在する。言っておくと、貴公には使えん代物だ」
スキルに条件があるというのがワールドスキルの特徴である。
そして魔導皇帝を持った経験のあるアルバートにしかその条件は知らない。
「魔法の全てを習得すること。それが条件だろう?全て問題はない。余はこの世全ての魔法に通暁している。二千年も前に止まったお前の認識はもう古い」
「推測にしては的を射ているな。だが、私の私物を見返りなしに渡せと言われても同意できぬ」
ワールドスキルは強力故に使用する制限が大きい。
世界中の魔法を全て習得することで得られる程度ではない。
魔導皇帝の発動条件は――――――
――かすりもしない回答で吹き出しそうだぞ。面白い冗談を言うものだ。しかしここは話に乗ってやる。
「お前を生かしてやる、余は見返りにそう言ったのが聞こえていないのか?」
「貴公の許可が無くとも、この私は生存できる。それに、欲しければその力で奪ってみせろ。それが強者の特権だろう?この期に及んで私と戦うのが恐ろしいのか?」
ゲーテは手で形を作り方向を定める。
「馬鹿が」
――詠唱破棄。
――スキル「耐性」
互いが互いに動作を練りあげたところで、時は再び動き出す。
直後に、大気を喰らう孔が生じ、アルバートへと襲いかかった。
「邪魔だ。疾く失せろ」
――空間魔法『座標断行』
さらに早く、アルバートは馴染みの魔法を発動。
時間停止中に真正言語にて魔法の詠唱を刻印済み。
口頭での魔法名の宣言により発動。
そばにいたエルを出来る限り遠くへ飛ばす。
相当の魔力量を消費した後、いよちよ防御へと取り掛かった瞬間、既にゲーテの魔法は炸裂していた。
詠唱も魔法名の宣言もない――完全なる詠唱破棄により、魔法の発動速度は全盛期のレーヴリスタを凌駕している。
神代には実現しなかった技術と魔法。
光の森のフローリアスが開発した現代魔法は、古代魔法ほどに難易度が高くないものの、精度や威力が高く比較的誰でも使用できる。
さらに魔力効率が良く魔力量が無限にも等しいゲーテならば、最高位第十三階梯の連続発動も可能とする。
――第八階梯虚数魔法「亜空」
安定性がなく危険な魔法は、特定の場所で敢えて崩壊させるという使い方ができる。
孔は点ほどに小さくなり、そして性質は反転した。
神代に存在しない魔法に、アルバートは対応できず、空間の侵食と虚数空間の流出に巻き込まれ――
「クックッ。流石に強い。初手で死ぬところだったぞ」
莫大な空間の奔流を受けたアルバートは、たちまち肉体が崩壊するはずだった。
多少の火傷のような傷は一瞬にして再生を終了。
明確な傷といえば左手の小指一本が千切れている程度。
「これで死なれては面白味もないさ。その術、今では誰しも扱える凡庸なものだ」
――魔力振盪
多数のスキルを持っていようと使用できるスキルは一種類。より強力な防御スキルを放棄しているため、劣化した魔力震盪を使うしか手段は無くなる。
「さて、見せて貰おうか」
三角形の魔法陣が、アルバートの背後に出現した。




