ep1
鳴り響くアラームの音で僕は目を覚ました。
「また憂鬱な月曜日がやってきてしまった」
そう呟きながら、クローゼットを開き制服に袖を通す。そしてスマホをカバンに放り込んだ。これで学校の準備は完了だ。
「ふっ、もうこの部屋には用はないだろう」
そんな芝居がかったセリフを口にしながら、部屋の扉を開けた――。
そこには、見知らぬ空間が広がっていた。降り注ぐ雪は鋭利で、吹き荒れる風が轟音を立てている。荒涼とした地形には、ところどころ岩石が露出していた。
「なんじゃこりゃ……まさか、異世界?」
この展開、よくアニメやラノベで見たことがある。これはきっと異世界だと、妙な確信が胸の内で囁いてくる。
考える間もなく、その空間に足を踏み入れた僕は、思わずこう呟いた。
「……ステータスオープン」
しかし、何も起こらない。
「なにも起こらないタイプか?」
そんな風に考えていると、突如肌を刺すような鋭い痛みが襲ってきた。この空間は如何にも寒そうだったが、実際には寒くはないが体中が痛い。
慌てて振り返ると、そこには何もない。ただの虚無が広がっているだけだった。
「嘘だろ……そういうパターンか?」
普段はあまり焦らない僕でも、この状況には流石に焦りを感じる。これは、あの時以来だ――3年前、間違えて違う電車に乗り、自力では帰れなくなった上にスマホの充電も切れた時の、あの感覚に近い。
その時だった。突然、謎の咆哮が響き渡った。その音は地面を震わせ、ひび割れが徐々に広がっていく。さらに勢いを増した地面の振動とともに、何かが地面を突き破るように飛び出してきた。
降り注ぐ雪のせいで、その正体は最初よく見えなかったが、徐々に視界が晴れ、その姿が明らかになる。
それは、蛇のように長くうねる体を持つ異形の生物だった。だが、ただの蛇ではない。頭部には複数のドリルのような突起物が並び、そのドリルがまるで刃のように回転しているのが見える。
「……なんだこいつ……」
声にならないほどの威圧感が、僕の全身を支配する。
その生物は地面に体を打ちつけながら、轟音とともにこちらをじっと見据えてきた――まるで侵入者を見定めるかのように。
その時だった。後ろから何かが飛んできて、蛇のような異形生物を真っ二つに切断した。
異形生物は断面から赤黒い液体を垂らし、それは煙のように蒸発しながら消えていく。
驚きに目を見開いたまま、僕は何かが飛んできた方向を振り返った。そこには、謎の光が雪を貫いてこちらに向かってきている。
光の正体が近づくにつれ、それが機械でできた馬だということに気づいた。金属の体が鈍い輝きを放つその馬は、首元にランプのようなものが取り付けられており、背には一人の人物が乗っていた。
「やぁ、元気?」
あまりに軽い口調に、一瞬何を言われたのか理解できなかった。その人物はゴーグルで顔を隠し、詳細な容姿は分からないものの、紅い瞳孔が異様に目立っている。そして、翠色の長い髪が風に揺れていた。
「えっ、あ、元気です…あなたは?」
「私は蒼樹。フィクサーだよ。今はアーティファクトを運んでる途中だ」
フィクサー?アーティファクト?耳慣れない言葉に胸が高鳴る。剣と魔法の世界――そうに違いない!興奮を抑えながら、僕は彼女にこう言った。
「僕は亜麻彩って言います。あのぉ…師匠って呼んでもいいですか?」
「はぁ?師匠?……まあ、別にいいけど」
(いいんだ)
「では、師匠!質問です。あのデカいのって何だったんですか?」
「あれは幻啓体。化け物だ、以上!」
あっさりしすぎた答えに拍子抜けしながら、彼女の顔を見つめる。そんな僕を見て、彼女は続けた。
「というか君、人間?普通の人間ならこの空間に2、3秒とどまったら死ぬよ?」
「えっ?」
突然の衝撃的な事実に呆然としていると、彼女が軽く肩をすくめた。
「まあいいや。ほら、後ろに乗れ」
僕は彼女の差し出した手を取った。すると、彼女は片手で軽々と僕を持ち上げ、馬の後ろに乗せた。
「ちゃんとつかまってろ」
そう言いながら、彼女は馬の体に埋め込まれた取っ手を指さす。
言われるがままに取っ手を握ると、馬から機械音が響き渡った。次の瞬間、強烈な加速とともに、馬は雪原を駆け出した。