Part1:夢の世界へ
私の名前は紅榴るな。中学3年生になったばかりの平凡な受験生だ。テストの点は…そこそこ高い。3年生になって「受験生」って言われるようになったけど、正直あまり変わんない。
そして、そんな私の部屋に押し入ってきて、隣でイヤホンをつけながらくつろいでいるのが、幼馴染という名の腐れ縁、銀狼黒羽。私が理系科目が散々なのに対し、コイツは理系科目だけは凄い。文系科目と道徳性は皆無な癖にね。
年頃の男女が同じ部屋にいて大丈夫なのかって?それがどうともないのだ。親同士が仲が良くて、家も隣。昔から黒羽の親が多忙で、暇だからって毎日のように庭の木の隙間を通って私の家に来ているのだ。最近は、黒羽がワイヤレスイヤホン(※私の!)をずっとつけているから、滅多に口をきかなくなった。
とはいえ、別に「話せなくて寂しい」と感じるはずもなく、逆に「居るのが煩わしい」というわけでもない。話さないけど、すぐそばに居る。そんな絶妙な距離感に、私はむしろ、心地良さすら感じていた。
ーーそんなある日のことだった。
「るな、聞いてるのか?」
イヤホンを外した黒羽が、突然話しかけてきた。私は一瞬、何の話をしているのか分からず、少し呆けた顔で彼を見た。私の顔がよっぽど面白かったのか、笑いを堪えているようにも見えた。
「え、何の話?」
黒羽はため息をついて、私の目の前に置いてあるノートパソコンを指差した。開いたまま電気が消えている。マウスを動かすと、電気が再び点いた。
「るなの仕事のことだよ。1時間くらいは手が止まっているように感じるんだけど?」
「あぁ…。ごめん、ちょっと考え事してて…。」
実際、私の頭の中は別のことでいっぱいだった。最近、毎晩見る奇妙な夢のことだ。夢の中で私は宮殿にいた。鏡に映った自分は、猫の耳と尻尾を持っていた。そして、豪華なドレス…。どこかのお嬢様なのだろうか。
初めは良い夢としか思っていなかった。しかし、何度も同じ夢を見るうちに、その夢がただの空想ではないような気がしてきた。そして、私がただならぬ立場であったこともわかってきた。まさか自分が、夢の世界では猫耳の国の王女だっただなんて…!
「あ〜あ。またあの夢のことか?」
黒羽は私の顔をじっと見つめた。彼は基本的にイヤホンをつけているのだけれど、部屋に入ってくる時や帰る時などは外している。その時に私は例の夢の話をするんだけど、気に入ってくれたのか、ただ面白がっているだけなのか、思いのほか興味深そうに耳を傾けてくれる。
「うん、最近もっと鮮明になってきた気がするの。"王女"としての振る舞いとか、夢の中の人々の顔とか…」
「ど〜せ、ただのストレスだったりするもんだろ。」
黒羽は肩をすくめて言った。
「よっぽど酷いんなら精神科にでも行ったらどうさ?」
救急車の音がこの一帯に響き渡っている。最近は軽症でも呼ぶ人がいるからか、結構な頻度で救急車の音を耳にするようになった。この音と黒羽の話のタイミングが絶妙にマッチしていて、私は笑いを咳で誤魔化した。
…ん〜ストレスねぇ。確かにその通りかもしれないが、それでも私には、この夢が何か特別な意味を持っている気がしてならなかった。黒羽は私の思考を見透かしたかのように微笑んだ。
「まあ、どんな夢だろうと、俺たちは音楽を楽しむだけだ。それが一番だろ?」
「…ん。そうかもね。」
結局話はチャラ。最初に出す楽曲の話題に戻ってしまった。黒羽が作詞作曲し、私が小説を書き、もう1人のメンバー、満弦リンがボーカルを担当する。私のグループ「十六夜音楽隊」は、デビューに向けて着実に準備を進めていた。音楽と雑談に溢れたこの日常が、私は大好きでたまらなかった。