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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ヘッポコな受付嬢が実は最強だった!?

作者: ゆる弥

「ぐわぁぁぁぁ!」


「に、逃げろ!」


 男達がローブを着た人から逃げ惑う。

 ローブの人はあとを追わずに手を翳す。


「アイスニードル!」


ザシュザシュザシュ


 男達の体を貫く。


「呆気ないわね。後の片付けは任せましょう」


ザザッ


『聞こえるかしら?』


『はい! こちら撤去班!』


『始末したから片付けはお願いするわ』


『了解です! お疲れ様でした!』


ブツッ


「はぁぁぁぁ! 疲れたぁぁぁ」


 伸びをしながら帰路に着く。

 ローブはアイテムボックスに収納し、今はTシャツにジャケット、下はプリーツスカートといった出で立ちになっている。

 先程のローブ姿の時は感じなかったが、かなり……小さいのだ。身長が。しかし、女性としては大きいものを持っている。

 夜中だったが行きつけの店はやっているようだ。


「マスター。いつものパフェとワイン頂戴」


「あいよ」


「はぁぁぁ。疲れたぁ。でも、自分が助けたかったんだもん。良かったよね」


ザザッ


『こちら処理班。処理を完了し、無事人質は保護しました』


『うん。ご苦労様』


ブツッ


 念話は突然入ることがあるので苦手だ。

 しかし、便利なことに変わりはない。


「なんか最近夜働いてばっかりだなぁ」


 バーのカウンターに大きな2つの柔らかいものを乗せ突っ伏している。

 マスターも見慣れたものである。


「こんな事ばっかりやってて、ホントにこの国は平和になってるのかなぁ……」


 いつもそんなことを悩みながらバーで一杯やっているのだった。


「失礼します。パフォとワインでございます」


「うん。ありがとう!」


 キラッキラの笑顔でお礼を言うとパフェをパクッと一口食べる。


「んーーー! これよこれ! おいひぃー」


 顔が蕩けてなんともいえない顔になっている。

 そしてワインをゴクリと飲む。


「あぁぁ。美味しいぃぃ。仕事の後はこれに限るわね」


「あー! やっぱりここに居た!」


 入口を見るとスラッとして綺麗な顔をした女がたっていた。


「何の用? 今私は疲れを癒してるのよ」


「また勝手に撤去班使いましたね?」


 顔を近づけて凄い形相で睨みつけてくる。

 しかし、これもいつもの事であった。


「うん。使ったわよ。だってそういう時の為の撤去班でしょ」


「秘密裏に動くなら自分で片付けてくださいよ! 書類になんて書けばいいかいっつも悩むじゃないですか!」


「そんなのテキトーでいいでしょ?」


「なら、自分で書きますか!?」


「書類仕事はソフィアの担当でしょ? 私は現場担当。適材適所じゃなぁい?」


「ぐぬぬぬ! マスター! エールください!」


「あいよ」


 怪訝な顔をしてソフィアを見る。


「あんたも飲んでいくのぉ?」


「エマさんに話して仕事は終わりですので! 問題はありません!」


 エールがソフィアの目の前に出されると、グビグビと飲み干した。


「マスターおかわり!」


「なんか休まらないなぁ」


 テーブルに突っ伏して言うと、ソフィアがこちらを睨みつけてきた。


「私なんて、エマさんの秘密裏な仕事のおかげで残業ばかりです! どうしてくれるんですか!?」


「んー。それは申し訳ないと思ってるわよ? でも、この国の平和の為にはまだまだ取り除かないと行けない害虫が沢山いるの。南の三国だっていつ戦争してくるか分からないでしょ?」


「それは……確かに。常に小競り合いはありますもんね。でも、なんで部下達を動かさないんですか?」


「んー? 私さ、受付嬢して分かったんだけど、兵士団も魔法師団もどっちも日々の業務で忙しいのよ。そこに依頼書が届いて、危険度の高いのだけ先に処理されるじゃない? そうすると危険度低い依頼書は放って置かれるのよ」


「まぁ、みんな忙しいですもんね」


「でも、今日行ったところもだったけど、危険度が低いと思って放って置いてたら国に危険が及ぶ可能性があったのよ。今日の奴らは人を脅して人を集めてレジスタンスを作ろうとしていたわ。きっと南の三国の何処かの工作員でしょうね」


「ふーん。依頼書は飲んで書いてあったんですか?」


「村からの依頼では、人が声を掛けられて連れていかれています。だったかしら」


「そんなんじゃ何もわかんないじゃないですか!」


「そう。だから後回しにされる」


「でも……そういうの全部エマさんが動く必要は無いんじゃないですか?」


「そうかもしれないけど、私は国を背負っているのよ。この国の人の為に身を粉にする気で働かないと行けないのよ」


 ソフィアにはエマのその小さな身体に大きな影がのしかかっている幻覚が見えたのであった。


◇◆◇――


「おはよーございまーす! はい! 受付こちらでーす!」


「今日も可愛いねエマちゃん。これ、兵士団からの魔法師団への依頼書ね」


「ふふふっ。ありがとーございます! 確かに、依頼書受け取りました!」


 両手で受け取ってぺこりと礼をする。

 すると、胸が押し上げられるのだ。

 男達の視線は釘付けになる。


「なぁ、エマちゃん、今度の休みにご飯行かない?」


「今度の休みは予定があって! すみません! また誘ってくださいね!」


「なんだ。残念。じゃ、またな!」


「はい!」


 胸の前で小さく手を振る。

 男は大きく手を振っている。

 こんなやり取りが一日に何回されることか。


 1人の老人がやって来た。

 足元が覚束無いようである。


「軍への……依頼は……ここですか?」


「はい! 受付こちらになりまーす! 依頼ですか?」


「そうなんじゃ……畑を……荒されて……困っとる」


「わかりました。伝えておきますね!」


「君は……受付嬢かい?」


「はい! そうです! 毎日では無いですけどね!」


 お爺さんの雑談に付き合うのも受付嬢の仕事の一環である。


「受付……というのも……大変じゃ」


「そーですねぇ。ずっと座ってなきゃいけませんし! ずっと笑顔で対応しないといけません! 大変です!」


「ホッホッホッ……元気……じゃな?」


「はい! 元気が取り柄です!」


 胸の前でグッと拳を握り元気いっぱいポーズをする。


「まぁ、無理……しないこと……じゃよ?」


 そういうと去っていくお爺さん。


「んー? なんか悟ってる感じで言われちゃった。そんなに疲れた顔してるかなぁ?」


 両手で頬を挟み首を傾げる。


「変な顔してないでさっさと持ち場に戻って下さいよ?」


 いつものガミガミ上司である。

 階級は大尉。ルーク・フェイルズという貴族出身の上司だ。いわゆるエリートというやつ。

 腰に片手をあてて怒ってますという格好をして怒鳴っている。


「はぁーい!」


 持ち場の受付カウンターに戻る。

 依頼書が来ないと暇な時もあるのだ。


 朝の陽気に気持ちがいいなぁと思い、カウンターに胸を乗せ、肘を着いてボーッと外を見ていた。


「……ちゃん!…………きて!…………エマちゃん!」


 ハッとして目を開くと目の前には兵士団の兵士がいた。

 少し顔が赤い。


「よかった! 寝顔可愛かったから見ていたかったけど、流石にその……カウンターにのせてる姿は来る人の目がどこ見ていいかわかんなくなるって言うか……なんというか……」


 下に視線を向けると大きなポヨンっとした物がカウンターに乗っている。


 これ重いのよねぇ。

 肩が凝っちゃうからこの方が楽なんだけど、やめましよっか。


 ポヨーンッとカウンターから下ろす。


「すみません! ありがとうございます! 気を付けますね?」


 ニコッと微笑んで礼を言うと。


「その……口の横……」


「ん? 何か付いてます?」


「ヨダレ……」


「あら! ごめんなさーい!」


 ハンカチでチョンチョンと拭いていると。


「では、これお願いします! 失礼します!」


 依頼書を置いて去っていく。

 なんで逃げる様に……?


「エマさん? 寝てたんですか?」


 上司のルークは口をピクピクさせながら怒っているようだ。


「気持ちよかったんですもん……テヘッ///」


「貴方って人は……」


 頭を抱えて呆れている。

 

◇◆◇


 ある日のこと。


「はぁぁぁ! 今日も終わりましたねぇ!」


 受付の依頼書を持って上司の机まで届け───


ズダンッ


「いだっ!」


 依頼書がパラパラパラパラと舞う。


「お前なぁ……」


 上司がコメカミをピクピクさせている。


「すみませーん!……テヘッ///」


「テヘッじゃない! 早く拾え!」


「はぁーい!」


 背筋を伸ばして片手を挙げて返事をする。

 下に落ちた依頼書と兵士団から魔法師団への依頼書を片付けていく。


 片付けながら全てに目を通していく。

 

 南東のゼルフ帝国で小競り合い発生。援軍を派遣する様に……か。

 

 真南のメンゲン共和国からこちら側にくる関所で怪しい集団が侵入。手荷物に怪しいものはないが異様に身軽。こちらで何か企んでいる可能性があるため監視して欲しい。


 個人の依頼書は受け付ける時に見ているため覚えている。兵士団からの依頼書や上からの伝令は封筒に入っているため見えない。だが、ばらまかれれば書類が出ていても変ではない。


「ったく。何回ばらまけば気が済むんだよ。そこに置いておけ」


 机に置いて自分の席へ戻る。


「まーたエマ転んだのぉ? ホンットに栄養が胸にしかいってないからじゃないの?」


 一緒に受付嬢をしているニーナが隣で呆れた様に馬鹿にしてくる。


 いつもの事だから気にしてはないのだ。


「もう! ニーナだって身体にしか栄養いってないじゃない!」


「あぁら! 私は仕事ちゃんとしてるもの」


「そうなのぉ? この前兵士団の新人さんが受付でニーナにご飯誘われたとか嬉しそうに言ってたわよぉ? それって、仕事、真面目にしてることになるのぉ?」


「う゛っそれは……」


「ねぇ、ニーナ? お互い様って言葉知ってる?」


「う、うん! もちろん知ってるわ! 仕事しましょう」


 この女、男のことしか考えてないくせに私に文句言うなんてどうかしてるわよ。


 あっ! 私も今日ご飯に誘われたんだったわ!


「そう言えば今日、私、兵士団の人にご飯に誘われたわぁ」


「えっ!? 誰?」


「んー。名前は知らないけど、目がクリっとしてて、ツーブロックで髪黄色だったかなぁ」


「それって、シオン君じゃない!?」


「あー。そうなの? 私は分かんないけどぉー」


「ぐぬぬぬ!」


 クックックッ。

 悔しがれ高身長のボンキュッボンめっ!

 スタイルいいやつなんて爆散してしまえ!


「じゃ! お先に失礼しまーす!」


 詰所を後にした。

 今日の依頼書で気になったのは畑荒らしが出ているという件。


 黒縁のローブを被り転移する。


 ついた畑はよく実がなっていて、もうすぐ収穫時期なのがわかる。


 隠蔽の魔法をかけて様子見をする事にした。

 しばらく見ていると、畑の作物を狙って男達がやって来た。


「この村はこの前も作物取られたのに、なんでこんなに無防備なんだろうなぁ!」


「はっはっはっ! 馬鹿だよな!」


「けど、助かるよな! 実際潜伏する為の食材そんなにねぇじゃん?」


「おい! 誰かに聞かれてたらどうする!」


「こーんな暗い所で誰がいるっつうんだよ! 大丈夫だって!」


 自分達で持ってきた袋にジャガイモ、キュウリ、トマト等様々な畑から勝手に収穫している。

 この人達何処に潜伏しているのかしら?

 まぁ。泳がせてみましょうか。


 作物を取り終えるとそそくさと戻っていく。

 後を付けて行くと見張りが立っている洞窟の中に入っていった。


 見張りの胸にはアルファベットのAに似たマークが付いている。


 あのマークはゼルフ帝国ね……

 あそこの皇帝何考えてるのよ!

 いつもいつもちょっかいかけてきて!

 腹立つわね!

 ギルティー!


「ブラックミスト」


 見張りの男を顔を黒い霧が覆う。


「う────」


 声を上げる前にナイフを胸に突き立てる。

 倒れる前に受け止め静かに地面に転がす。


 音をたてないように中に入っていく。

 横穴を掘り、部屋の様にしている。


 こんなに整備されるくらい長くいたの!?

 一体何しにきていたのかしら……

 

 寝ていた人が居たが胸にナイフを刺して絶命させる。


「こんだけありゃあしばらくは凌げるだろ」


 奥の部屋だ。


「あの村のやつらば────」


 男の胸に背後からナイフを突き立てる。


「なっ!?」


「てきし────」


 喉を切り裂く。

 気が動転していて残っている男もまともに動けないようだ。

 正面から胸にナイフを突き立て絶命させる。


 大きな音をさせたが誰もやってこない。

 少人数で潜伏していたのだろう。

 一応見て回ることにする。


 順番に部屋を巡り漁っていく。

 見つけた部屋には書類が置いてあった。


「これが指令書かしら? どれどれぇ?」


 そこには。

 身長、体重、バスト、ウエスト、ヒップの目標値と書かれている。

 綺麗系の目がキリッとしている方がいい等とかかれている。


 グシャグシャっと握り潰してポイッと捨てる。


「あんの皇帝ふざけてる! こんな女漁りの為にこの国に不法侵入するなんてしんじらんない!」


 収穫されたものの部屋に行きアイテムボックスに収納する。


「取られたものは返しておかないとね!」


 洞窟を出ると振り返る。


「アースクエイク」


ドドドドドドォォォ


 洞窟が土で埋まっていく。


「誰かにまた悪用されたら困るものね。今日は撤去班呼ばなくていいわね! 私ってば天才!」


 ルンルンで村に戻る。

 村に戻ると少し辺りが明るくなってきていた。

 

 アイテムボックスから盗まれた作物を出して置く。

 そこにメモを書いて張っておいた。


『盗まれた作物を取り返しました。盗人は懲らしめたので、もう盗られることはないと思います! 某軍人より』


「これでよしっと! あーーー! 今日も疲れたぁー! 店まだやってるかなぁ。お腹ペコペコォ」


 町に戻るとどの店も閉まっているようだ。

 諦めながらいつもの店に行くと看板の電気が点いていた。


「えっ! やってる!?」


 中に入ると、いつも通りマスターがコップを拭いていた。


「マスター! いつものパフェに、フルーツサンドつけて、あとワイン!」


「あいよ」


 ここのマスターは無口な所がいいのだ。

 情報が簡単には漏れない。

 聞くところによるとマスターは元軍人らしく負傷して引退したのだとかなんとか。

 落ち着いた佇まいは歴戦の軍人を想像させる。


「お待ち」


 注文の品が出てくるとガッついた。


「いただきまーす! アムッ!」


 フルーツサンドを口いっぱいに頬張る。

 小動物の様にほっぺを膨らませてモキュモキュ食べる。


「んふー! おいひぃー!」


 口の中に広がるフルーツの香りと甘酸っぱい味。

 それを包む生クリームが甘さ控えめで優しい。

 

 ほんっとにここのフルーツサンド大好き!


「ホント好きだわぁ」


 心なしかマスターの顔が赤い?

 そんな訳ないか。

 もしかして私の為に開けてくれてたの?

 まさかな。


 あっという間にフルーツサンドを食べ終わるとパフェに取り掛かる。


「んー! これこれぇ!」


 ルンルンで食べながらワインもグビッと一口ふくむ。


「あぁぁ! この一杯の為に仕事してるんだよねぇ!」


 全てがあっという間になくなった。


「ご馳走様ー!」


 会計を済ませて帰路に着く。

 家に着いた頃には日が見えるくらいまで上っていた。


「はぁー疲れた。おやすみー!」


 こんなに遅く寝たら自ずと出勤に間に合う訳もなく。


 いつまで経ってもエマが来ない為、上司はお怒りだった。


「アイツはなにやってんだぁぁぁ!」


 軍の詰め所には怒号が響いていた。


 受付嬢の仕事も大事なのだが。


「すみませーん! 寝坊しました! テヘッ///」


◇◆◇


 またある日。


「ねー? 知ってる? 最近さ、困ってる人を助けて回ってる某軍人って人が噂になってるのよ?」


 出勤するなり話しかけてきたのはニーナであった。


 あれ?

 手紙書いて置いてたのが変に噂になっちゃってるのかぁ。

 大丈夫かなぁ?

 面倒なことにならなきゃいいけど……。


「ふーん。某軍人? って何考えてるんだろうね? そーんなことしてもお金にならないのにねぇ」


 人差し指を私の方に向け目を釣りあげている。


「そんな考えでやってるわけないじゃない! きっと崇高な考えをお待ちなのよ。人助けなんて素敵だわ……」


 天に向かって両手を合わせて祈っている。


「どうか、この私めの所にも来てくれますように!」


「なんでニーナの所に来るのよ? 何にも困ってないじゃない!」


「素敵な殿方が見つからなくて困っているから現れて欲しいのよ! そして私と……」


 自分の体を抱きしめてクネクネしている。


「ふーん。男の人なの?」


「それはそうじゃない? そういうヒーローは男と決まってるでしょう?」


「決まってないと思うけど……」


「いいえ! 決まってるんです!」


 うわぁ。

 この子こうなると頑固だから面倒なのよね。


「そっか。さぁ、お仕事お仕事ー」


 受付カウンターに座って外を眺める。


 今日もいい天気だなぁ。

 こんなに晴れた日に昼寝したら気持ちいいだろうなぁ。


 両肘をカウンターについて手に顎を乗せて前傾姿勢になって外を眺めている。


 上まぶたが段々と重くなってくる。

 視界の先に男の子が走ってきた。


「おねぇちゃん! ここにいるボーグンジンさんがヒーローなんだよねぇ? でも気をつけないといけないんだよねぇ?」


「んー? 誰かにそう聞いたのぉ?」


「村のおじいちゃんが言ってたんだよ?」


「そっかぁ! それで、君はどうしてここに?」


「うん。それがねぇ。お姉ちゃんが帰ってこないんだ」


「君のお姉さん?」


「ううん! 本当のお姉ちゃんじゃないんだけど! 村でよく遊んでくれたお姉ちゃんなんだ!」


 村の女の人が帰ってこないってことは攫われた? どういう事かしら? 話を詳しく聞きたいけれど……。


「詳しくきかせ────」


「あっ! こんな所にいた! 何やってんの!」


 現れたのは母親らしき人。


「あっ。お母さん。僕は、お姉ちゃ────」


「ダメじゃない! 行くわよ! すみません! お仕事の邪魔してしまって!」


「あ、あの……」


 そそくさと子供を連れて去っていってしまった。今後を追わないと見失う。


「あっ! いたたたたたた」


 お腹を抑えながら痛がる。

 ニーナに向かって悲痛な顔をする。


「ニーナ……受付代わって。お腹……痛い。早退する」


「えっ!? ちょっと大丈夫!? 分かったわ! 帰って休みなさい!」


「ご、ごめん」


 ささぁと詰所を後にする。

 いつもは私に嫌味を言ってくるニーナだけど、案外情に厚くてこういう時は優しいんだよね。

 利用するみたいで申し訳ないけど。

 ごめん!


 先程の親子が消えた方向へ走る。

 ローブを深く被り認識阻害の魔法をかけてある。


 あの母親の魔力波は覚えてる。


「サーチ」


 目当ての魔力波を見つけた。

 まだそんなに遠くない。

 建物の屋根伝いに親子を追う。


「見つけた」


 そこからは尾行する。

 魔力の波というのは個人で違く、同じものは無いと言われている。その為、よく個人の特定に使われているのだ。


 詰所があるところはここステルク独立国家の辺境擁壁地区にある通称辺境街である。南からの侵入を拒むように巨大な壁が建設されているのだ。


 その内側にはチラホラの村ができているのだ。その内の1つなのだろう。


 親子は東に向かって歩いていく。

 買い出しに来たのだろう。

 野菜や肉を持って歩いていく。


 1つ森を過ぎたあたりに村があり、その中に入っていった。


 隠蔽の魔法も施して村に潜入する。

 家屋の後ろに隠れるようにして移動する。


「あっ! 村長! すみません! うちの子が軍の詰所で何か言ったみたいで……」


「そうか……しかし、子供はなにも分からんじゃろう?」


「そうなんですけど、ハルちゃんが居なくなったことを言ってしまった見たいで……」


「ほう。まぁ、子供が言ったことだ。そんなに相手にはされんだろう。大丈夫じゃ」


「すみませんでした!」


 親子は村長に謝ると家に戻るようだ。

 そのまま待機していると。


「チッ! あれがバレたら……」


 そそくさとどこかに向かってかけて行く。

 後を付いて行くと、孤児院にたどり着いた。


 ステルク独立国家は北のヒロート公国から最近独立してできた国である。それには多少の戦争が伴い、兵士や民間人の犠牲が出た。


 これにより、孤児も増えることになってしまい、この村のように村で運営する孤児院は珍しくはない。


 孤児院の院長を呼び出すと怪訝な顔で捲し立てる。


「おい! 例の三人は何処か別の場所で隔離しておけ! あれがバレるかもしれない!」


「なっ!? しかし、隔離するとなると場所が……」


「じゃあ、今夜だ! 連絡とってくれ!」


「わ、わかりました」


 慌てて何処かに行く。


 今夜何かをやるなら、今夜に来た方が手っ取り早いわね。


◇◆◇


 辺りは暗くなり住宅の明かりも消えた頃。


 暗がりに蠢くものがある。


「早く歩け!」


「きゃ!」


「静かにしろ!」


 静かに怒鳴っている人物は村長だろう。

 その他にも大人がもう一人。院長だろうと思われる。

 連れているのは少し大きい子供のようだ。


 子供を連れてどこに行くつもりかしら?


 後をついていく。

 村をはずれた森の中でランプをクルクル回す。

 すると、どこからとも無く五人の気配が現れた。


 他にも人がいるか確認したいが、今魔力を放ってしまえばいる事がバレてしまう。


「いきなり連絡してきて何だ? ひと月毎に一人の約束だっただろ?」


「すみません! しかし、この事がバレそうになってしまって……」


「あぁ。最近噂のヤツが動きそうだから早く連絡したってか? お前達は本当に人でなしだな? 子供を助けたフリして俺達に売ってるんだからよぉ。アッハッハッ!」


「人でなしは勘弁してください。これも村のためです。知らない子供を預かっている余裕などない

んです。この方法が合理的だ」


「ま、俺達は助かるぜ? 皇帝さんは女が居ないとうるさくてなぁ。一人気に入っても直ぐに飽きるから、いくら女がいても足りねぇんだわ」


 そういう事か。

 腐れ外道共がぁぁ。

 村長も院長も金の為にそんな事するなんて、私達はなんの為に独立国家にする為に戦ったと思ってるのよ!

 そんな外道な地域から住み良い国にする為に独立したのに!


 村に金がない?

 援助は十分にしてるハズよ!

 誰かが搾取してるんだわ!


 取引相手は皇帝という言葉が出る所を見るとゼルフ帝国のヤツらね。昨日も始末したのにウジャウジャと!


「スワンプ!」


 帝国の男達の足元を沼にする。


「うおっ!」


「なんだ!」


 ズブズブ身体まで入った所で凍らせる。


「フリーズ!」


 認識阻害は施したまま出ていく。


「貴様か! 出せ!」


『お前達は処罰する』


 低い男の声が響く。

 魔法の効果で声も変わっている。


「もうバレたのか!? 待ってくれ! この子達の為でもあるんだ! 私達も生きていけない!」


『国からの孤児院への補助は十分なはずだ』


「そんな! あんな額じゃ一人も養えない!」


 村長はそう言うが院長は黙っている。


『補助は孤児院の院長に渡されるはずだが、村長は一体いくら渡されているんだ?』


「ひと月一万ゴールドしかもらってない!」


『国からは人数に比例して一万ゴールド増えるはずだが』


「そ、そんなハズは!」


 院長を見ると俯いている。


「クックックッ。爺さんはバカで助かったのになぁ」


 笑いながらこちらを見ている。


「ワシは苦渋の決断をして子供に手を掛けていたのに……」


「なぁにが苦渋の決断だ。お前も私腹を肥やしてるんだろ? やってらんねぇんだよ! 子供のお守りばっかりさせられてよぉ! だから、歓楽街で女を買ってたんだよ!」


「そんな……院長が金を……」


「ったくよぉ! お前誰だ! 邪魔しやがって! 正体を現せ!」


『そうか。みんな同罪だな』


「俺たちを無視するな! ゴラァ!」


 喚いていたゼルフ帝国のやつらに手を翳す。


『アイスコフィン』


 兵達を氷漬けにする。


『クラッシュ』


バリィィィンッ


 全てが粉々になる。


 怯えたのは院長である。


「お、俺は悪くないぞ! この爺さんが悪いんだ! 安月給で俺をこき使いやがって!」


『アイスバインド』


「なっ! や、止めてくれ!」


 院長は抵抗しているが村長は微動だにしない。


「私はいかなる罰も受けよう」


『村長は子供達を連れて戻れ。後日監視の意味も込めて人を手配する』


「わ、わかりました」


 子供を連れて村に戻っていく。


「俺はどうなるんだ! 死にたくないんだ! 助けてくれ! なんでもす────」


 院長が喚いている。

 ドスッと首筋に手刀を放ち、倒れてきた所を受け止める。


『転移』


 兵士団の詰所に下ろして行く。


『コイツは人身売買に手を染めた悪なり極刑を希望する 某軍人』


 この日も某軍人は現れたのだった。


◇◆◇


  悪徳院長を兵士団に押し付けてきたエマはいつものバーに来ていた。


「マスター、いつものパフェとワイン! お腹すいたからパスタ作って!」


「あいよ」


 マスターが作り出した後にエマも仕事をする。

 念話を繋ぐ。


ザザッ


『ソフィア急用よ』


『了解です! いつもの店ですか?』


『そう』


『すぐ行きます』


プツッ


「お待ち」


 パフェとワイン。それと、濃厚ミートソースパスタであった。


「ありがと。流石マスター。私が食べたいのわかってるぅ!」


 マスターの少し耳が赤い。

 照れてるなぁ?


「何ニヤニヤしてんですか?」


「あら、ソフィア。早かったわね」


「急用だって言うからじゃないですかぁ。マスター、エールください」


「あいよ」


 ソフィアが真剣な顔で向き直ってくる。


「それで急用って?」


「うん。ここから東に位置する村で人身売買が行われていたの」


「えっ!? 相手は!?」


「ゼルフ帝国よ」


「あそこの皇帝か……」


「そう。皇帝が買取っていたそうよ。けど、それだけじゃなくて孤児院の院長が補助金を着服していたわ」


「それ本当ですか!? 許せない!」


「そこで、孤児院だけど私所有でデッカイの作れない?」


「そりゃ、資金は豊富ですけど……」


「えっ? ダメ?」


 ソフィアが腕を組んでうーんと唸っている。


「それって、誰が子供達見るんですか?」


 少し考える。

 

 子供を見る人かぁ。

 軍人じゃなぁ。

 でも、今回のことがあったのを考えると見張りも必要かな?


「あっ! いいこと考えた! 国中にある村の孤児院を一つにして、全部の院長を集めたらどう? で、兵士団と魔法師団から少しづつ警備につける!」


「それなら、国の事業として出来ますね。元帥の名のもとにやりますか!」


「うん! 私は売られた子供達助けに行きたいけどなぁ」


「でも、それは……」


 怪訝な顔で難色を示すソフィア。


「うん。行くとなるとまた戦争に陥る可能性が出てくるわ」


「子供達には悪いですけど、ここは我慢するしかないですよ……」


「くっ! こんなに力と地位がありながら子供一人も助けられないなんて、私がいる意味ある!?」


 ダンッとカウンターを叩く。


「落ち着いてください! エマさんが悪い訳じゃないですよ……悪いのはゼルフ帝国です」


「くっ!……まずは早急に孤児院を設立するわよ。あいつらを潰すのはその後ね。孤児院の場所が問題ね……どっか使ってない施設ないの?」


「えぇーっと…………街の教会ですかね? 誰も祈ってないですし人もいません」


「丁度いいじゃない。住み込み用の住居もあったわよね?」


「はい! じゃあ、そこにしましょう!」


 マスターからエールを貰うとグビッグビッと飲み干す。


「ぷはーっ! じゃあ、早速明日から動きます」


「よろしく!」


 ソフィアが去った後。


 そもそもなんでこの国の中にゼルフ帝国の奴らが入ってこれるのよ?

 城壁で隔離してるはずなのに……。

 

 だれか手引きしてる?

 内部にスパイか……有り得るわね。

 それを洗い出さない限り侵入をさせないようにするのは無理かもしれないわね。


「マスター、ご馳走様」


 その日の仕事を終えたのはまた夜中であった。


◇◆◇


 また別の日。


「おはよーございまーす!」


「あっ! おはよー!」


 ニーナが挨拶を返す。

 上司のルークは怪訝な顔をしている。


「ルークさん? どうかしました? 今日は私遅刻してませんよ?」


「そんなのわかってる。今朝から伝令が騒がしいんだ。上が何かで動いているらしい」


 さっそくソフィアが動いてるのね。

 流石、仕事が早いわ。

 私も仕事しなくちゃ。


「では、持ち場に着きまーす!」


「おう。頼む」


 珍しく頼まれてしまった。


 受付に座ると。


「あっ! エマちゃんご出勤だね! (ボソッ)さっきまでルークさん座ってたからエマちゃん待ってたんだよ!」


 そう言ってきたのは前にご飯に誘ってきたシオンだ。

 後ろから強い死線を感じる。


 なんか念じられてる気がするけど気にしないようにしましょう。


「はい! ありがとうございます! 兵士団からの伝令ですね?」


「そうです! ここの方にも関わることなので伝えろと言われております! ここ辺境街に大規模な孤児院を作るとのことです! 国中の村から子供達を移送してくるそうで、別の国の介入がある可能性もあるそうです!」


 後ろからぬっと出てきた上司。


「それは、戦闘になるかもしれないということか?」


「そうなります!」


「兵士団の援護は?」


「数名ここにも配属予定です!」


「今日か?」


「はい! もう既に兵士団で護送をしています!」


「そうか。わかった」


「失礼します!」


 シオンが去った後に、ルークは舌打ちしていた。


「チッ! なんで他国が介入する可能性があることをこんなに急にするんだ!」


 それは、違うと思うんだなぁ。

 何故かと言うと、裏切り者がいる可能性があるから……だよ?


「んー。上の方も何かお考えがあるんじゃないですかねぇ?」


「ったく! いつもいつも勝手だ!」


 ダンッと机を叩いて怒りを露わにする。


 怒っちゃって、怖い怖い。

 関わらないでおこう。


 外は兵士が慌ただしく動いている。

 この詰所に配属されたであろう兵士団の兵士がゾロゾロと五人やってきた。

 一つの班が来たようだ。


 ビッと敬礼をして挨拶してくる。


「これより! 辺境街魔法師団詰所班現場に着任します!」


「はぁーい! 頼りにしてますよ?」


 一同は顔を赤くし一点に視線が集中している。


 ふふふっ。

 可愛い反応ね。

 私もまだまだいけるわね。


「あらぁ? 兵士団の皆さんお疲れ様ぁ! お茶でもどう?」


「頂きます!」


 ニーナがわざわざカウンターから身を乗り出してお茶出しをしている。

 これみよがしに谷間を見せて。

 男共はそこしか見ていない。


「ご馳走様でした!」


 最早、私の事など見ていなかった。


 はいはい。

 どうせ胸だけのチビですよ。


「ご馳走様でした! あの! お姉さんのお名前聞いてもいいですか?」


 ニーナが身を乗り出してきた。

 一番可愛い顔だからだろう。

 ま、私は可愛い系より渋めな方が好きだからいいけど。

 

「あら? 私? わた────」


「あっ、いえ、こちらの小柄の方……」


「なっ!」


 顔を赤くして奥にドスドスと引っ込んでいく。

 ざまぁないわね。


「私? 私はエマよ」


「エマさん! 僕が絶対守ります!」


「ふふふっ。ありがとう。頼りにしてるわね?」


「はい!」


 まぁ、可愛いこと。

 若い子に言い寄られるのも悪くないわね。


 名前を聞いて満足したのか皆の元へ戻り詰所の中へと入っていく。


「可愛い子たちだったわね?」


 話をニーナに振ってそちらを向くとこれはもう不機嫌な顔をしていた。


「ふんっ! そうね! これで勝ったと思わないでよね! まだあの子達はここにいるんだから!」


「えぇー? なんの事かわかんなぁーい」


「ぐぬぬぬぬ」


 わぁ凄い顔。

 こんなのあの子達には見せられないわね。

 でも、ソフィアが動いてる以上、今日中には方が付くはず。


 おそらく護送手段は村からある程度歩いたらここの近くまでは転移魔法で来るように指示してるはず。


 魔力量によって飛べる距離と人数が決まるからそれぞれ複数人で護送には当ってるはず。

 なにか起きるとすればこの街の近く。


 しばらく考え事をしながら外を眺めていると、慌ただしく魔法師団員が走ってきた。


「どうしたの!? そんなに慌てて!?」


「大変です! ここから東に五百メートル行ったところで敵襲です! 敵が強く、太刀打ちできません! 応援お願いします!」


「わかったわ。貴方は休んで!」


 振り返りルークに伝える。


「緊急事態です! 東で敵襲!」


 すぐにルークが受付の部屋を出ていく。


「兵士団諸君敵襲だ! ここから東に五百メートル!」


「「「はっ!」」」


 兵士団が駆けていく。

 それを横目にどさくさに紛れて建物裏へ行く。


 相当な手練みたいね。

 護衛についてる兵士でやられるならあの子達が行っても一緒よ。


 真っ黒なローブを被り認識阻害魔法を施し索敵する。


「サーチ」


 人が入り乱れている所がある。

 うん。ここね。


「転移」


 転移した後、ルークが顔を覗かせていた。


◇◆◇


 トラブルの予感がする日。


 現場に到着すると敵味方が入り乱れて戦っている最中であるが、見たところこちらの劣勢のようだ。


 一人一際動きのいい者がいる。

 敵は五人。


『アイスランス多め』


 魔力を込めて30余りの氷の槍を成形する。


『サーチ、ロック』


 魔力波を探索してその魔力波に目標を固定する。これにより誘導が可能だ。


『行け』


シュバババババッッ


 一斉にアイスランスが発射されていく。

 一人につき六個の割合である。

 次々と敵が倒れていく中、魔法の本質を見極め防御している者がいた。


 先程の動きがいい者であった。

 魔力を察知し、避けても無駄だと思い最小限の防御魔法で対処したようだ。


 やるじゃない。

 偶には骨がある奴がいないとね。


「なんだぁ? てめぇは? いきなり来て、認識阻害かけてバレないようにしてんのか? ステルクの飼い犬か?」


『スワンプ』


 足元を泥沼にする。

 しかし、サッと避けられる。


「魔力の兆候が分かれば避けることなんて出来るんだよ! ファイアランス!」


 こんな森の中で炎の魔法打つとかどうかしてるわ!見境ないじゃない!


『ウォーターウォール』


 水の壁を創り炎の槍をジューッと蒸発させて相殺させる。


 こいつに魔法使わせると面倒ね。

 近接で勝負よ!


 グルカナイフを懐から出し、右手に逆手で持ち、駆ける。


「おっ! やるきか!?」


 相手は細長いサーベルだ。

 射程はあちらが長いが、関係ない。

 速度勝負!


『身体強化』


 一瞬で背後を取り首にナイフを叩きつける。


ギィンッ


 サーベルが間に割り込んだ。


「はえぇな!」


 敵がこちらに向き直る。

 巧みにサーベルを右左にクルクル回しながら時よりこちらを切りつけてくる。


 カウンターのタイミングが掴めないわ。

 うまいわね。

 けど、甘いのよ。


『スワンプ』


 泥沼が出現しハマっていく。


「お前! 狡いぞ! 堂々と勝負しろ!」


『さらばだ。アイスコフィン。ブレイク』


 氷の塵になり消えていく。


『無事か?』


 子供達を守っていた兵達に聞く。


「はい! どなたか存じませんが、ご助力感謝します!」


『いいんだ。私も軍の者』


 そういうとこれ以上聞かれないように転移する。


 詰所の裏に転移する。

 真っ黒なローブを脱ぎ、パンッパンッと埃を落とし服を整える。


「あっ。急にいなくなっちゃったからなぁ」


 受付の部屋に行くと案の定注目されてしまった。


「すみませーん! お手洗い長くなっちゃいました。テヘッ///」


 上司のルークが立ち上がると腕を掴まれる。


「ちょっと来てもらえるか?」


「あーぁ。エマがルークさん怒らせちゃったぁ」


 後ろからニーナのそんな言葉が聞こえる。


 あちゃあ。やっぱり怒っちゃったか。

 仕方ない。素直に怒られよう。

 何処に言ってたかだけは黙っていよう。


 応接間に通される。

 促されるままルークの正面へ。


「茶でも飲むか?」


「いえ。その……すみませんでした」


「何がだ?」


「職場を放棄していた事です」


「ふむ。何処に居たんだ?」


「それは────」


「お手洗いはなしだぞ? ニーナが心配してこの建物全部のトイレは探したそうだ」


 くっ。

 まさか探していたとは。

 こういう時は心配するんだから……バカニーナめ。


「…………」


「言えないか?」


「守秘義務に違反します」


「では、先程この建物の裏で来ていたローブは何だ?」


「!?」


 うそっ!

 見られてたの!?


「守秘義────」


「真っ黒だった……」


 やばっ! いつもの癖でそっちのローブで行っちゃったか!


「全魔法師団には階級があり、ローブの縁にはその階級ごとの色が縁取られるのは知っているよな?」


「はい」


「見習いから順に赤、青、黄、茶、紫、白と上がっていく。そして最後は黒。これは……元帥しか着る事が許されていない。先ほど言ったローブの真っ黒というのは、元帥しかありえない。しらばっくれるならそれでもいいが、ちゃんと納得いく答えを聞くまではここから出さないぞ?」


 仕方ない。

 呼びますか。


ザザッ


『ソフィア、緊急よ。ルークに元帥である事がバレた』


『はい!? なぜです!?』


『真っ黒ローブを着ているのを見られたみたい……ごめん』


『はぁ。バレるの早かったですね。まぁ想定の範囲内です。今行きます』


ブツッ


 ブンッと魔法陣から現れたのは真っ白いローブを着ているソフィアであった。

 真っ黒、真っ白は実は特注の元帥、大将専用のローブで他の者は作れないことになっているのだ。


「結界作動」


 部屋に盗聴防止の結界を張る。


「ルーク大尉ご苦労」


 ルークが椅子から降りて跪く。


「これはソフィア大将。このような所にご足労頂きありがとうございます。大将がお出ましという事はやはり、こちらの方は元帥とお見受けしました」


 その言葉を聞いてソフィアが疲れたようにこちらを向く。


「エマさんもう話すしかないですよ」

 

「はぁ。ごめん。ソフィア」


 アイテムボックスから真っ黒いローブを出し被る。


「見られた私が悪いからあまり強く言えないけど、ルーク大尉、他言は無用でお願いね?」


「はっ! あの……今朝の私の言動は……」


「あぁ。あんなのしょうがないわよ。不問よ」


「ありがとうございます!」


「でも、これからも受付嬢は続けたいのよ」


「何故あのような雑用を?」


 本当に疑問に思っているようで顔を上げて首を傾げている。


「うん。それはね、街の人の顔や軍の部下の顔が今どんな顔をしているか把握したいからよ」


「かお……ですか?」


「そう。私はこの国の皆に笑顔でいて貰いたい。それが私の願い。国王はどう思っているかわからないけどね……あの狸ジジィムカつくのよ!」


 若干いつものエマが出たことでルークは緊張が解けたようだ。

 ルークが決心をした目でこちらを見つめる。


「私もこの命は国民の為にあると考えております! その願い、お供致します!」


「ふふっ。ありがとう。じゃあ、これからもいつも通りにね?」


「そ、それは……努力致します」


 ローブをしまいソフィアに戻るように促す。


「じゃあ、戻ります。結界解除」


「えぇ。ありがとう助かったわ」


 転移魔法で去っていくソフィアを見送り、ルークを見る。


「行きましょ? 私は怒られて反省した。ということにしましょう」


「はっ!」


「返事が違いまーす」


「あっ。わかった。そうしよう」


 応接室を出ると下を俯いて反省している雰囲気を作る。


 受付部屋を開けると一斉にこちらを向くが下を向いている為、どういう顔をしているかわからない。

 自分の席に着き受付を行う準備をする。


「エマー。何処言ってたのよぉ。探したんだからねぇ? 反省したら二度としないのよ?」


 ここぞとばかりにニーナが絡んできたわねぇ。

 どう言い訳しようかしら。

 んー。


「皆にも聞いておいてもらった方がいいだろう。エマが隠れていなくなったのには理由があったんだ。先ほどはそれについて聞いていた」


 えっ!?

 いきなりバラす!?


「実は、近くの親戚が体調を崩しているらしい。それで時々様子を見に行っていたんだそうだ。これからも時々抜ける時があるだろう。協力してやってくれ」


 おおぉぉ。

 いい言い訳ね。

 やるじゃないルーク。


 後ろを向いてサムズアップする。

 ルークがちょっとドヤ顔をしている。

 

 そんな顔初めて見た。

 やだ。笑いそう。


「そうだったんだね。エマ。大変だったじゃない。言ってくれればいいのに」


「ごめんね。ありがとう」


「そんな。泣くことないよ?」


 笑いを堪えてたら涙が出て来たわよ。

 ったく。

 一時はどうなるかと思ったけど、なんとかなってよかったわ。


◇◆◇


 反省の日。


「お疲れ様でしたぁー!」


「お疲れー」


 エマは挨拶をすると直ぐにいつもの店に行くことにした。

 今日は既に襲撃を撃退していて緊急の用事はない。今日くらいは元帥の仕事はお休みだ。


「マスタ────」


「待ってましたよ!?」


 仁王立して立っていたのはソフィアだった。


「えっ!? なんで……」


「今日のことを反省しないとダメだと思い来ました」


「えぇー。もういいじゃん。マスター、パフェとワインちょうだい。それとサンドイッチ食べたい!」


「ちょっと! 話しながら食べますからね!? マスター。私もサンドイッチ下さい! あと、エール!」


「あいよ」


 二人で並んで座ると今日のことについて話し始める。


「まず、なんで今日詰所でローブ被ったんですか?」


「それは、魔法師団の下っ端の子が助けを求めてきたのよ。敵襲を受けてて相手が手練だって言って」


「なるほど。それで、どうしたんですか?」


「最初は受付嬢として普通にルークに敵襲ですよって伝えた」


「そこまではいいですね。そこからは?」


「詰所に来てた子達で対処しようとしてたけど、無理じゃん? だから、私が行った」


「なぜ無理と?」


「あんな若い子無理でしょ。ちょっと面倒な相手だったよ?」


「でも、あそこにいた班は今1番伸びのある若手たちだったんですよ。手練でもあの人数いればどうにかなりました」


「……でも、全滅する可能性もあ────」


「だとしても、それも経験です。全部エマさんが肩代わりするおつもりですか?」


「そういう訳では……」


 そっと出されたパフェをひと口食べる。


「おいひぃ」


 ワインもひと口。


「はぁ。そうよね。全部私一人で見るなんて無理があるよね」


「そうですよ。少し部下達を頼ることを覚えてください。それと、経験の乏しい奴は使い物になりません。臨機応変に対応できないからです」


「はぃ。ごめんなさい」


「分かればよろしい」


 エールをゴクゴクッと喉に流す。


「まぁ、でもエマさんが駆け付けてくれて被害は最小限。犠牲者は出なかったです」


「ならよかった」


「エマさん、正体を隠して生活いていることの意味を今一度頭に置いて下さい。あなたが死んだら、誰がこの国を守るのですか?」


「……そうね」


 パフェをパクパク食べて、サンドイッチもハムッと食べる。

 サンドイッチはチーズとレタスとトマトだ。


「さっぱりしてて美味しい! さすがマスター!」


 また耳を赤くしているが今日はいつもと違った。


「無理すんなよ?」


 久しぶりに話してるの聞いた。


「ふふふっ。ありがと。心配してくれてるのね?」


 また黙って片付けをしている。


「それじゃあ、子供達は無事に集まったわね?」


「はい。今日から各所の院長も一緒に子供たちと同じ宿泊施設に泊まっています」


「明日非番だから様子見に行くわ」


「じゃあ、私も行きます。受付嬢のエマさんとして来てくださいよ?」


「分かってるわよ!」


 反省会の後は雑談に花を咲かせ、何時もよりは早く帰宅するのであった。


◆◇◆


 次の日


 待ち合わせ場所に着くとソフィアは軍服であった。


 私は黒いニットにグレーのロングスカートで来たんだけど、視線がすごいんだよねぇ。

 そんなに私が可愛いのかな?


「あっ、エマさん……また今日は攻めてますねぇ。すごいボンッてしてますね! コノヤロー!」


「そうかなぁ。なんか落ち着いてた方がいいかなと思ってぇ。テヘッ///」


「あぁ? イラッときましたよ? そのキャラホントに腹立つんですよねぇ!」


「まぁ、まぁ、落ち着いてよぉ。ソフィアちゃん?」


「ぐぬぬぬぬぬ」


 拳を握りプルプルさせながら我慢している。

 これくらいの挑発で感情を露わにするぐらいじゃまだまだね。


「もう! 行きますよ!」


 先頭に立って歩いていってくれる。

 後を着いていくと元教会の孤児院が見えた。


「わーーー! 逃げろーーー!」


 追いかけっこをしているようで楽しそうな声が聞こえる。

 子供達が走り回っている。


 大人を見つけてソフィアが声をかける。


「すみません。ここの孤児院の院長ですか?」


「前の村ではそうだったが、今のここの院長は違う。院長ならあっちにいるよ!」


 昨日のうちにこの孤児院の院長を決めたことに驚いた。


「院長を決めたんですか?」


 ソフィアが聞いてみると。


「そうだ。誰が仕切るか決めといた方がいいという話になってねぇ」


「なるほど。では、あっちに行ってみます」


 聞いた方に歩いていくとそこには白い髭を生やしたおじいさんが居た。


「あのー。ここの新しい院長さんですか?」


「おぉ。そうじゃよ? これはこれは、軍の方か。この度はいいお考えを持ってくれたもんじゃ。ありがとうございます」


 深々と礼をされる。


「あ、いえ。いい考えでしたか?」


「はい! 各々の村や街で孤児院を運営するのは補助があってもなかなか厳しいものだったんじゃよ。食費で消えてしまって衣服の分の金がなくなったりしてたのじゃ」


「そうだったんですね。その現状を知らず。ご苦労お掛けして、申し訳ありませんでした」


「いいんじゃよ。そんなに国にばかり頼っていては孤児院として情けないからのぉ。だから、色んな子供がいる人にお下がりを貰ったりしてな。何とかしとったんじゃ」


「そうだったんですね。そのことは上層部に伝えておきます。ここはどうですか? まだ一晩しか経ってないですけど」


「ここは部屋があるし、広い。更に教会は広いホールのようなものじゃから子供達が遊び回れる。いいことずくめじゃ」


 ホッホッホッと嬉しそうに笑っているのを見てこっちも嬉しくなってしまう。

 よかった。私の判断は間違ってはいなかったんだな。


「それなら、良かったです。何かあったら詰所の方に言ってくだされば、このエマがおりますので」


 そう言いこちらを手で示す。


「エマです! 魔法師団で受付嬢として働いていまーす! 何かありましたらお申し付けください!」


「こりゃ、べっぴんさんじゃ! 毎日行きたいもんじゃな! ハァッハッハッハッ!」


「はい! 何時でも遊びに来てくださいね!」


 胸の前で手を合わせて笑顔で話す。

 ソフィアからの冷たい視線が刺さる。


「では、何かありましたら────」


「そういえば」


 院長が何かを思い出したようにソフィアに声をかけた。


「軍の方をお招きして感謝の宴をしたいと思っておりましてな。ま、宴と言ってもいつも私達が食べている料理をお出しして子供達と交流してもらいたいんじゃが、どうじゃろうか?」


「それは、いいですね。私達もいい勉強になるでしょう。是非お願いします」


「では、早速じゃが1週間後はどうじゃろう? その頃には子供達も慣れてくる頃だと思うのじゃが」


「はい! それだとこちらも調整できますので。こちらも上のものを連れてきます。十名程になるかと思います。こちらに配属してる兵士達も参加させるようにしますので」


「わかりました。それでは、よろしく頼むのじゃ」


「はい。では」


 手を振って見送ってくれた。


 子供達が遊んでいるところを通り過ぎようとすると、1人の子供がこちらを指さして大声で叫んだ。


「あーーーーっ! あそこにデカパイお化けがいるぅー!」


「ホントだぁ! 逃げろーーー!」


 男の子三人が逃げていく。

 

 元気だなぁと達観していると。


「こっちはペッタンコマンだーー!」


 前の方でブチッという音が聞こえた。


「だぁぁれがペッタンコだごらぁぁぁ! 少しはあるわぁぁぁ!」


 追いかけようとするソフィアを力ずくで羽交い締めにする。


「うわぁぁ! ペッタンコマンに襲われるー!」


「逃げろーーー!」


「にげんなごらぁぁぁ!」


「まぁ、まぁ、子供が言ったことだから気にしない気にしない!」


 何とか引きづって孤児院を後にしたのであった。


◇◆◇


 怪しい人を見つけた日。


「おはよー!」


「おはよ。ねぇねぇ知ってる?」


 いきなり知ってる?って言われて、知ってるって言ったら嘘じゃない?


「ん? 何が何が??」


「あのね、辺境街の南の入口付近で宝石を安く売ってるらしいよ!」


「えぇ!? ホントに?」


「私もまだ行ってないのよ! 仕事終わったら行ってみようと思うのよ!」


「ふぅーん。私も行ってみようかなぁ。宝石が安いとか気になるし……」


「だよね!? 安い宝石とかラッキーじゃない!?」


 そういう意味じゃないんだけどなぁ。

 安い宝石か……なんかきな臭い気がするんだよなぁ。


 そういえば、この前の兵士団からの伝令にあったな。

 メンゲン共和国から怪しいヤツらが入国したとか何とか。でも、極端に荷物が少ないとも書いてた。こっちで調達したってこと?


 んー。わかんない。見て見ないとなんとも言えないわね。


「そうだよねぇ! 可愛いのが安かったら買おうかなぁ!」


「そうだよ! 一緒に買おう?」


「そうね! 仕事終わったら行きましょー!」


「やった!」


 ニーナと一緒に買い物など初めてだ。

 というか、ソフィア以外と出かけるのが何年ぶりか。って感じ。


 受付に座ると後ろからルークがやって来た。


「(ボソッ)メンゲン共和国から怪しい人物が入ったと以前連絡が来ておりました。お気をつけてください」


「(ボソッ)知ってるわ。私を誰だと思ってるの?」


「(ボソッ)流石でございます。余計なことをしました」


「エマ、寝るなよ?」


「ひどーい。寝ませんよぉ。昨日はよく寝ましたもん!」


 アイコンタクトをしてコクッと頷くと去っていくルーク。

 気をつけろって言うんでしょ?

 分かってるわよ。


 今日も長い一日が始まった。

 待ちゆく人を観察していると。


 宝石を買ってきたであろう夫人がオホホホホといいながら別の奥さんに自慢していたり。

 プレゼントだと言って男の人が女の人に宝石を渡したりしていたり。

 宝石付きの指輪をしてうっとりとその宝石を見ていたり。


 みんな宝石を買ってるみたいね。

 どんな宝石なのかしら?


「エマちゃん? 遠くを見てどうしたの?」


 目の前にシオンがいた。

 不覚。気づかなかったわ。


「んー? ちょっと、考え事!」


「考え事してるエマちゃんも可愛いね? ねぇ、今度の休みの日にご飯行かない?」


「今度の休み? んーーーーー」


 どうしよう。暇だけど、宝石関係でなんかあると休み潰れるからなぁ。


「あっ! そういえば、予定あったんだ! ごめーん!」


「ううん! また今度ね!」


 こんなに断ってるのに懲りない子ねぇ。

 そんなに私のことが好きなのかしら?

 それとも……考えるのはやめましょう。

 考えてもしょうがないわ。


 眺めているとあっという間に一日が終わった。


「お疲れ様でしたぁー!」


「お疲れ様でした!」


 私が席を立った後にすぐにニーナも後に続いて部屋を出る。


「ねぇ、南の入口ってあっち行けばいいのよね?」


 ここの詰所は街の少し東側に位置している。その為、南の入口に行こうとしたら少し西に移動することになるのだ。


「うん! そうね! 行きましょ!」


 2人で歩いていると注目を集める。

 エマは身長は低いが出ている部分が大きい。

 ニーナは身長が高い上、スタイル抜群だ。

 それは注目を集めるだろう。

 そうなると今の時間帯に多いのが……。


「ねぇねぇ、お姉さん達? どこに行くのぉ?」


 男三人組に囲まれる。


「今から宝石を見に行くのよ! 邪魔しないでちょうだい!」


 ニーナが断るが、肩を掴まれる。


「へぇ。いいじゃん! 俺が宝石プレゼントするよ!」


「いりません! 自分で買います!」


 その腕を振り払い歩いていく。

 それに付いて行こうとすると腕を掴まれた。


「おい! 無視してんなよ!?」


 腕を引っ張られたことにより胸が強調される。


「おぉぉ。いい体ぁ。君さ、飲みに行こうよ。ねっ?」


 視線が気持ち悪い。

 このゲスヤロー気持ち悪いんだよ!


 腕を掴み、相手の引っ張る力を利用して合気の要領で投げる。

 クルッと男が回り背中から落ちる。


ズダァン


「いってぇ!」


「てめぇ何しやがる!?」


「私達は軍の者よ。軍を敵にする覚悟はあるのかしら?」


 男達三人を睨み付けると。


「くそっ! 軍の女かよ! 筋肉女共が!」


 捨て台詞を吐いて去っていく。

 

「はぁ。こんなんだから軍の女は行き遅れるのよねぇ」


「エマー! カッコイイ! やる時はやるのねぇ!?」


 ニーナを言葉を皮切りに周りで拍手が起きる。


「いいぞ! ねぇちゃん! よく懲らしめた!」


「流石軍の人だね! 軍の人間はそうでなくっちゃ!」


 賞賛の声が上がった。

 

「あはぁー。どうもどうもすみませんー。お騒がせしましたぁー!」


 頭に手を当てペコペコと周りにお辞儀をする。

 

「邪魔者はいなくなったし、宝石買いに行きましょ!」


「そうね! 行きましょー!」


 腕を突き上げてノリノリで宝石を売っているという露店を目指して歩く。

 南の入り口付近で地べたに座り布の上に何かキラキラした物を広げている者がいる。


「あの人かなぁ?」


「きっとそうだよ! 行こっ!」


 疑問形で聞いたが、ニーナは断定して走って行ってしまう。

 歩いて付いて行くと。


「おぉーー! こりゃまた別嬪さんだねぇ! 見てって頂戴よ!」


 胡散臭い笑顔で対応してくる。

 この男、怪しい。


 売っているのは宝石の付いた指輪やネックレスだ。

 それが一個二万五千ゴールドねぇ。普通の宝石だと十万ゴールドはするはずよねぇ。確かに安いわ。

 指輪を一つ取りじっくり見る。


 この輝きは本物っぽいわねぇ。

 さらに密かに鑑定の魔法をかける。

 うーん。本物だ。


 私が疑いすぎだったかしら。


「どう?」


 ニーナが聞いてくる。


「うん! かわいいからこれもらおうかな!」


「えぇ!? 私も何か……私は、このネックレスにしよう!」


 お金を渡しながらじっくりと観察する。


「ねぇ、おじさん、こんなに安く売ってだいじょーぶなのぉ?」


「えっ?……はっはっはっ! おじさんは赤字覚悟で皆に配っているんだぁ! いやー。ホントに赤字で困っちゃうなぁ」


 頭をかきながら参った参ったといって笑っている。

 

 目が泳いでる。

 変に噴き出た汗。

 絶対何かあるのに物は本物……今はどうにもできないわね。


「そうなんだ! ありがとね!」


 おじさんに手を振って別れる。

 帰路についていると。


「エマ! 今日は助けてくれてありがとう! あなたがこんなに頼りになるなんて思わなかったわ! また一緒にお出かけしましょう!」


「あっ、うん! またね!」


 ニーナはルンルンで去って行った。


 うーん。

 かなり怪しかったけどなぁ。

 何か隠してると思うんだけど……。


 もう少し調査してみようかな。

 また明日行ってみよう。


 考え事をしながら歩いているといつものお店に来ていた。


「マスター、パフェとワイン……あっ、ワインはやっぱりいらない。パフェとサンドイッチ頂戴」


「あいよ」


 はぁ。今日はなんだか疲れたなぁ。

 変なやつに絡まれちゃうし。

 気持ち悪い視線だったなぁ。

 コンプレックスなのよねぇ。大きすぎて。


 出されたパフェをパクリと一口食べる。


「んー! おいひぃ!」


 糖分を摂取したことで頭が回り始めた。


 自分の服装を確認する。

 あれっ?

 そもそもあの男達なんで私達軍の服着てたのにわからなかったの?


 そうよ。たしかに受付嬢の軍服は軍服っぽくない。

 けど、この街の人達で知らない人はいないはず。


 でも何の為に?

 ……もしかして時間稼ぎ?


ザザッ


『エマさん! 緊急事態!』


『どうしたの!?』


『街の人達が次々に倒れてるっていう報告が!』


『えっ!?』


ドダァン


 マスターがいない。

 カウンターの向こうを見るとマスターが倒れていた。


「マスター!?」


 この街で何かが起き始めていた。


◇◆◇


 街の異変の日。


「マスター!?」


 カウンターの向こうを見ると倒れている。

 急いで駆け寄り揺するが起きない。


 手を見ると小さい宝石の付いた指輪が付けられていた。即座に鑑定の魔法を使う。


 鑑定結果は、闇魔法の生命力を吸い取る魔法が掛けられていた。

 急いで指輪を外し、生命力を回復する光魔法を施す。


「ん? 俺は……」


「マスター! よかった! この指輪どうしたんですか?」


「あぁ。この前来た男がくれたんだ」


「この指輪のせいで倒れたんです! その男の特徴は!?」


「あー。ガリガリで笑みが嘘くさい。えーと。髪がボサボサ」


 宝石を売ってた男だ。

 あいつが黒幕なの?


「この指輪貰いますね! 休んでてください!」


 店を出ると宝石を買った所に急行する。

 走ってる間にも悲鳴が聞こえ、人が倒れる。


ザザッ


『ソフィア! 原因は宝石よ! 闇魔法が掛けられていたわ! すぐに外して光魔法で回復させないと危ないわ!』


『了解! すぐに他の者に伝えます!』


『私もできる限り動くわ! 光魔法を使える人を集めるのよ!』


『はい! すぐに!』


ブツッ


 赤縁のローブを羽織る。

 身分を隠す様のローブだ。


 倒れた人のところに駆けつける。


「大丈夫ですか!?」


「突然倒れたんです!」


 大きい宝石のネックレスをしていた。

 生命力が大く吸い取られているようだ。

 急いでネックレスを外す。


「光よ。かの者に生命の力を。ヒール」


 倒れた女性を光が包み込む。

 段々と顔色が良くなってきたようだ。


「ん? わたし……」


「サラ! 大丈夫か!?」


「うん。なんで倒れて……」


「私、魔法師団のものです。今上層部から入った情報ですと、宝石に闇魔法が仕込まれていたとのことです」


「そうなんですか!? じゃあ、あのおっさん!?」


「私もその男を見ましたが、おそらくあの人は関わっているんでしょうけど、黒幕は別にいるでしょう」


 そう。あの男に目を向けさせるためにわざと公の場で宝石を売ったに違いない。


「では、お気をつけて帰ってください!」


「「ありがとうございました!」」


 念の為、宝石を売っていた場所に行くがもぬけの殻だ。


 あの男は怪しかったから魔力波を覚えてる。

 即座に索敵魔法で魔力波を探す。


 …………いない!?

 隠れるのが上手いようねぇ。


 だったら、私を襲ってきたあの男は……いた。


「転移」


 先程の光魔法をを使用した際には詠唱をしていた。赤縁の見習い級では詠唱を使用しないと普通は魔法の行使ができない。


 普段エマが行っている詠唱破棄、無詠唱は高等技術なのだ。


 転移でやってきたのは居酒屋の前であった。

 中を見ると絡んできた男が上機嫌で酒を煽っていた。


「いやー! いい仕事だったなぁ! 可愛いボインちゃんの腕を掴んで投げられる仕事でこの報酬。破格だわ!」


「ハッハッハッ! 違ぇねぇ!」


「俺たちはいつものように女の子に声掛けるだけでこんなに報酬くれるんだもんな!」


「だよなぁ! 一人十万ゴールドなんてひと月の給料分だよな!?」


 そいつらの席に歩いて向かっていると、不気味な雰囲気を察したのだろう。


「おい! なんだお前! 何故ここが!?」


「私が軍の人間なのは言ったわよね? あなた達どこから来たの?」


「俺達はこの街の────」


ダンッ


 手をテーブルに叩きつけ、睨み付ける。


「この街に居る人は、私が軍の人間だって言うのは服装でわかるのよ。これが制服なんだから」


「えっ!? いや、えーっと……」


「今度は投げるじゃ済まないわよ?」


 凄んで顔を近付ける。


「いやいや! 勘弁してくれよ! 頼まれただけだって!」


「何を?」


「俺達は確かにこの街の人間じゃねぇ。けど、出稼ぎにいい仕事があるって紹介されて……」


「誰に?」


「変な太った男……宝石を身体中に付けてた。そいつに指示された所で待ってて。そしたら、念話であんた達に声掛けろって言われて」


 まさか、五混衆が動いてるの?

 その特徴は宝石商のタルマ。


「さっさと自分の街に帰りなさい? あなたの魔力波覚えてるから何処にでも殺しに行けるわよ?」


 ニコッと笑い去っていく。

 男は顔を青くして縮み上がったのだった。


 宝石商のタルマですって!?

 宝石が関わってるからまさかと思ったけど、何故この国に攻撃を!?


 時折街ゆく人を助けながら詰所に向かう。

 すると、魔法師が集められていた。

 纏めているのは白いローブを纏ったソフィアだ。


「遅くなりました! 私にもなにか出来ますでしょうか!?」


 ソフィアに向かって敬礼する。


「街の様子は見たわね?」


「はい! 少しですが、情報があります!」


「あっちで話しましょう」


 詰所の応接室を使う。


「エマさん、それで?」


「えぇ。黒幕がわかったわ。メンゲン共和国の五混衆、宝石商のタルマよ」


「あのデブですか?」


「そのようね。私に絡んできた男を問い詰めたら、全身に宝石をつけた男に仕事を紹介されたらしいわ」


「それは、あいつ以外にいないですね! なんの目的で……」


「ねぇ、最近この国で宝石発掘されたって話聞いてない?」


「!?……そういえば、西側にある山から鉱石じゃなくて宝石が出たとか……」


「それね。鉱山を狙ってきてるのよ」


「ってことは……」


「戦争を仕掛けてきてる。けど、一人ではどうにもできないと思うのよね。独断でやってるのか、五混衆がみんな動いてるのか……」


「単独だとしたらやっぱり理解できない馬鹿だったってことね」


 前にステルク独立国家を認めさせるために会ったことがあるけど、私利私欲の為に動くような屑だったのよね。

 あの時も宝石渡すから私のものになれとか訳わかんないこと言ってたし。思わず塵にしちゃう所だったわよね。


「どうやって探します?」


「んー。さっき宝石を売っていた男も索敵したんだけど、見つけれなかったのよ」


「エマさんで見付けられないなんて……」


「うーん。上手く隠れているようなのよねぇ。でも、一先ず住民の安全確保! あの宝石はずっと付けていると命が危ないわ!」


「はい!」


 すぐに応接間を出るとソフィアが指示を出す。


「今、この街の危機は、魔法師に掛かっているわ! この街に散らばって生命力を吸われた人に片っ端から光魔法を掛けるのよ! いい!?」


「「「はい!」」」


「発見次第宝石は破壊すること!」


「「「はい!」」」


 魔法師が街に散らばっていく。

 

 まだ見習いの魔法師が多いわ。

 私はサポートに回りましょう。


「ライフサーチ」


 生命力の索敵をする。

 これは、エマが編み出した魔法だ。

 生命力が少なっている人を探す為に開発した人命救助用の魔法だ。


 各魔法師の近くで危ない人を見つけると転移で飛ぶ。


「大丈夫ですか!?」


 倒れた人に声を掛ける。

 そして、それに気付いた魔法師が駆けつけてくる。


「この人に魔法をお願い」


「はい!」


 同じようなことを繰り返し、生命力が吸われた人を助けていく。


 終わった頃には朝になっていた。

 詰所に戻ると疲労困憊の魔法師達がいた。


「なんとか街の人達を救うことが出来たわ! 良くやったわね! 今日はみんな非番よ! ゆっくり休みなさい!」


「「「はい!」」」


 解散して去っていく。

 疲労もあるだろうが達成感の方が勝っているのだろう。魔法師達の顔は明るく誇らしい顔をしていた。


 この街は魔法師に救われた。

 その事はこの街の人達の脳裏に焼き付いたことだろう。


「ねぇ、ソフィア、今日って私も非番?」


「エマさん、招集の人員に入ってませんよ?」


「えっ? ってことは?」


「受付頑張ってくださいね?」


 ニコッと笑ってそう言い放つソフィア。


「なんで私だけぇぇぇぇ!?」


 朝の辺境街に悲鳴が木霊するのであった。


◇◆◇


 主犯を探す日。


  ソフィアに働け宣告をされたエマは徹夜で仕事に挑んでいた。


「ふあぁぁぁぁ」


「ねぇ、ねぇ、なんか宝石買った人が次々に倒れたらしいよね? 私大丈夫だったんだけど、運が良かったのかな!?」


 ニーナがラッキーとばかりに言う。

 あれは、私達に発覚を遅らせるために男達に絡ませて時間を稼ぎ、本物の宝石に入れ替えたんだと思う。


 だから、その宝石は本物なんだよ? よかったね。ニーナ。


「私も買ったけど、何ともなかったよ? 不思議だよねぇ! 本物の宝石をあんなに安くゲットできてラッキーだよね!」


「ホントホント! 私達すごい!」


「そうねぇ!……ふあぁぁぁ」


 大きな欠伸をしていると、不思議そうに見て質問してきた。


「今日、エマ眠そうだね? 大丈夫?」


「あぁ。ちょっと街が騒がしかったからかなぁ。眠れなかったんだよねぇ」


 それを聞いたルークが立ち上がって近づいてきた。


「エマ、大丈夫なのか?」


「(ボソッ)もしかして、昨夜の騒動に駆り出されたのですか?」


「(ボソッ)そうよ。さっき終わったのよ」


「んー。たぶんだい────」


「少し仮眠室で仮眠を取ってこい」


「えっ!?」


「眠くては仕事にならんだろう」


「あっ、はい。ありがとうございます」


「えぇ? ルークさんが優しいなんて……」


 ニーナが何か言っているが仮眠室に向かう。


 ルークに気を使わせちゃったわね。

 なんか変に二人が仲良くなったみたいな感じになんなきゃいいんだけど……。

 ま、いいか。今は寝よう。

 

 ベッドに横になるとすぐに寝息を立てた。


コンッコンッ


 ノックの音がする。

 少し目を開けるとニーナが顔を覗かせていた。


「大丈夫? お昼だから一緒に食べない? 食べたら仕事に出るようにってルークさんが」


「あぁーーー。ありがとー」


「ふふっ。寝起きのエマもボーッとしてんのね。普段もボーッとしてんのに」


「もぉー。それは言わないでよー」


「まぁ、お昼適当に買ってきたんだ! 食べない?」


「うん。ありがとー」


 サンドイッチをパクッと食べてお茶で流し込む。


「なんか、昨日の騒動さ、犯人まだ捕まってないんだよね?」


「うん。そうだと思うよ?」


「恐いわねぇ。何処に潜んでるのかしら? あの宝石売ってたおじさんが犯人よね!」


「んー。表向きはね。でもあんなに顔が知られたらこの国ではもう歩けないわ。捨て駒に等しくなっちゃう」


 あれ?

 探索して反応しないのは隠れてるからだと思ったけど、もしかして……。

 決めつけるのは早いわよね。


「そうよねぇ。あっ! もうお昼時間終わっちゃう! 行こう!」


「うん!」


 念の為洗面所で髪や服装の乱れを整える。

 部屋に入り、ルークに礼を言う。


「仮眠ありがとうございました! すみませんでした!」


「これからも体調が悪い時は休んだ方がいい。その方が効率がいいからな」


「はい! ありがとうございまーす!」


 受付に戻る。


「あっ! エマちゃん体調悪いんだって? 大丈夫?」


 声を掛けてきたのはシオンだ、

 

「うん! ご心配お掛けしましたぁ! もう元気でーす!」


「エマちゃんの元気な顔が見れてよかった!」


 適当にはぐらかす。

 手を振って見送る。


 去った後に別の兵士団の人がやってきた。


「昨日の宝石テロに関して進展があったようです! 伝令です!」


「はぁい。ありがとね」


「失礼します!」


 礼儀正しい子ねぇ。

 たまに来るけど、なんて言う名前なのかしら?

 ま、後で聞いてみましょ。


「エマ、持ってきてくれ」

 

 伝令をルークのところに持っていく。


「伝令です! お願いしまーす!」


「ふむ」


 ルークが受け取ると伝令の封筒の中を確認する。


「なんだと!? 何故そうなる!? 黒幕が別にいることは、分かるじゃないか!」


 ハッとして取り繕うルーク。

 アイコンタクトをすると。


「今回の件宝石を売っていた奴が死体で発見された。そいつが売っていた証言が複数あり主犯だと思われる為、今回は犯人死亡で片付けるそうだ」


 そんな話は私の所に来てない。

 兵士団が独断でそう判断した?

 内部にも糸を引いているものがいるわね。


「そうなんですね。それで、何故怒るんです?」


「こんなの使い捨てで口封じに殺されたに決まっている! 黒幕が別にいる事など、明白ではないか! どういう判断だ!」


 こちらをジィっと見ている。


「(ボソッ)私の所にその話はきてないわ」


「(ボソッ)って事は中間職ですね」


「私には上の考えてることなんてわかりませーん!」


 そういうと席に戻る。


 しかし、内部に何人か害虫がいるわね。

 どうにか始末したいところねぇ。


 午後はそれ以降変わったことも無く終わったのであった。


「お疲れ様でしたー!」


「今日は帰ってしっかり休めよ」


「はぁーい!」


 ルークに小言を言われながらもいつもの店に行く。


「あっ、マスター! 昨日大丈夫でした!?」


「あぁ。すまなかった。助かった」


「いえいえ! 今日はぁ、パフェとワインとー、ハンバーガー食べたいなぁ」


「あいよ。今日はお代いらないよ」


「えぇー? いいのぉ?」


「お礼だ」


「じゃあ、お言葉に甘えますー」


 お礼言ってできるのを待っていると、来客がやってきた。


「まったく……帰って休んでるかと思えばこんな所に居たんですか?」


 見ればルークである。


「何でここが分かったの?」


「たまたま入るのを見かけたんですよ。こんな隠れ家的なところでいつも食事してるんですか?」


 ここは大通りの裏の裏っていうくらい奥まったところにあるお店なのだ。

 だから、知ってる常連しかほぼ来ないのだ。


「だって、マスターがなんでも作ってくれるんだもーん」


 マスターの耳が少し赤い。

 ふふっ。照れてる照れてる。


「あいよ」


 パフェとワインを出してくれた。


「はむっ! うーーん! 染み渡るぅー! おいひぃー!」


 頬に手を当てて目をトローンとさせる。


「パフェですか?」


「うん! 甘いもの好きだから。それにこれ!」


 ワインをグビッと飲んで。


「あぁーーー! これが美味しいのよねぇ!」


「パフェにワインって合うんですか? すみません。自分はエール下さい。あと、できればガッツリの物を……」


「私ハンバーガー頼んだからもう一個作って貰ったら?」


 マスターが作りやすいように提案すると。


「あっ、それでいいです!」


「あいよ」


 黙々と作り出す。


「それで、どう思います? 今日の伝令」


「んー。私まで話来てないからその下で勝手に解決させちゃったんだと思うわ」


「って事は大将が?」


「それは無いわ。あの子は私を裏切らない」


「そこまで信用が?」


「えぇ。あの子も私もお互い信用し合っているから。それはないわ。ま、色々あるのよ」


「そうですか。となるとそこから下って事ですね。多いですよ?」


「だから困ってるんじゃなーい。まぁ、一回兵士団側とも話しないとなんとも言えないわね」


 ハンバーガーが出てきた。

 佐世保バーガーのように上からピックが刺さっていて、トマトとレタス、厚いハンバーグにチーズが乗っているんだが、ハンバーガーが二段なのだ。


「わぁー! ボリューミー! さっすがマスター!」


「おぉ。凄い。美味しそうですね」


「マスターが作るのは全部美味しいのよ!」


 さすがに縦に一気には食べれず、上半分下半分とチビチビ食べる。


「お肉がジューシー! ずっごい美味しいわ! あー! 幸せ!」


 横目で見るとルークはバンズを潰して縦に一口で頬張る。


「んー! これは美味しいですね! 自分も今度からここに来ようかな。マスター、いいですか?」


「お嬢の知り合いだ。いつでも来い」


「やった! ありがとうございます!」


「あーあぁー。一人でゆっくり出来る場所だったのにぃー」


 頬を膨らませて言うと。


「いいじゃないですか! ここを独り占めするなんて狡いですよ!」


 はぁ。と溜息をつきながらハンバーガーを食べていると。


「あーー! 二人してデートですか? お邪魔でした?」


「ちがーう! また増えた!」


 やってきたのはソフィア。


「えぇー! それ美味しそうじゃないですか! マスター! 私はエールとこれ同じの下さい!」


「あいよ」


 せっせと再び作り出す。

 作っていると親しげにルークがソフィアに話しかけた。


「自分と一緒ですね」


「うっさい! 一緒にすんな下僕が!」


「扱い酷いですよ!?」


 この店はこの日を境により一層、夜が騒がしくなったのであった。


◇◆◇


 合同会議の日。


  この日は兵士団との合同会議が開かれていた。

 会議といってもホントに上層部だけの会議なのだが。


「エマはまだ愛想振り撒く仕事してんのか?」


「受付の仕事よ。やってるわよ。私の勝手でしょ?」


「そうだけどよぉ。魔法師団を束ねる元帥が一番下っ端のやる受付嬢をやってるなんざぁ、恥にならねぇのか?」


「なんで恥になるのよ? 情報をいち早く知るためよ。皆の平和の為に必要な事だと私は思ってるわ。世の中情報がものを言う時もあるのよ?」


 フンッと鼻で笑いあしらうと、ソフィアが間に入る。


「失礼。話を進ませて頂きます」


「おう」


「早いとこ進めましょう。この親父がうるさくてすみません」


「ふんっ。ローガン、良い部下を持ったな?」


「うるせぇ!」


「はい! 静粛に!」


パンッパンッ


 と手を叩いてその場を制す。


「まず、直近のこの前起きた宝石テロですが、犯人死亡で解決扱いになっています」


「それがなんだ? 殺されたやつが犯人なんだろ?」


「はぁ。あんたそんなんでよく元帥務まってるわねぇ」


 ローガンに対して苦言を呈す。


「あぁ? なんでだよ?」


「じゃあ、誰に殺されたと思う?」


「そりゃあ………………誰だ?」


 ズデッと皆が一斉にコケた。


「はぁ。すみません。この爺が」


「ガイエン、大変ね」


 呆れたように言うとローガンは首を傾げている。


「誰かに殺されたということは黒幕が殺しておしまいにしたと考えられるわ。それなのに、解決にした。何者かの介入があったと言う事よ」


「あぁ!? 誰がそんなことしたんだ!」


「爺、それが分かんないから会議してんですよ。それぐらい分かってください」


 ガイエンがローガンに進言する。


「あぁ? そうなのか?」


「まぁ、それもあるわね。それだけじゃないけど」


「失礼しました!」


 ガイエンが頭を下げる。


 この男はデキる男なんでしょうけど、結局脳筋なのよね。

 兵士団だから、しょうがないんでしょうけど。


「折角だから、本題に入るわね」


 足を組んで本題に入る。


「その宝石テロも黒幕が行方不明になってるわ。それ以外にも、ゼルフ帝国のスパイが良く入って来てるわ。誰かか手引きしてるようね」


「同一人物か?」


「それは、特定できないわ」


「なんだ。そうなのか」


「だから、気を付けてって話なのよ! 何処に敵がいるかわからないんだから!」


 ローガンは少し考えて。


「あぁ。ガイエンは大丈夫だぞ? 俺が拾ったから素性も何も知ってる」


「それはソフィアだってそうよ? 私が育てたんだから」


「いや、疑ってねぇよ! そんなの知ってるからな!」


 ハッハッハッと言いながら笑っている。


「その様子だと、心当たりは無いようね」


 そんなすっとぼけたことを言うこの人達に疑われる人がいるかどうかなんて聞くだけ無駄よねぇ。


「心当たりはある」


「えっ!? あるの!?」


「それ本当ですか?」


 疑うような目で見ているソフィア。

 ローガンには悪いが、あまり信用出来ない。


「兵士団も一枚岩じゃない。大佐の一人が元々ゼルフ帝国出身者で、一人はヒロート公国出身者だ。中佐にはメンゲン共和国、クラール聖国出身のものが二人ずついる。そいつらがそれぞれ派閥のようなものを作っているという話は聞いている」


「そんなにいるの?」


「あぁ。それより下になるとそこまで詳しく調べていない。隣国の者が紛れていてもおかしくは無い」


「じゃあ、候補がいっぱい居るわねぇ」


 困ったわねぇ。

 魔法師団も隣国出身の人はいるのよねぇ。

 皆を疑いだしたらきりがないし、探していることに気づかれたら逃げる可能性だってある。


「そういう魔法師団はどうなんだ?」


「隣国の者達はいるわよ? けど、大尉から下にしかいないわ」


「何故だ!? 差別か!?」


「違うわよ。単純にステルク独立国家の魔法師が優秀過ぎるのよ。先生がいるからね」


「フンッ! あの婆さんか……」


「マリーン先生は超一流の魔法師よ」


「だが、エマ、お前が超えたんだろう?」


「んー。全盛期ならかなわないと思う。けど、先生ももう歳だし……」


「あいつ何時まで生きてんだ? もう150超えるだろ?」


「えぇ。でも、若々しいわよ?」


「詐欺師めぇ」


「あら、それは女性には失礼よ?」


 腕を組みながら言うと、話を変える。


「で、そっちは誰が怪しいの?」


「そんな────」


「それについては、私の方から」


 ガイエンが間に割って入った。

 ガイエンがローガンに目配せするとローガンは引き下がった。


 ホントに良い部下を持ったわね、ローガン。

 上司も手懐けるなんてやるわね、ガイエン。


 二人を心の中で賞賛しながら話を聞く。


「私の方で調査したのですが、誰が怪しいかという話になると……」


「なると?」


 聞き返すと。


「みーんな怪しいんです! 他国と独自で連絡取っているようですし、何やら荷物のやり取りもしています。ただ単に家族と連絡をとっているのか、何か企んでいるのかは全く分かりません!」


「どんな調査報告なのよぉー。役に立たない調査じゃなーい」


「しかし、これ以上はバレるかもしれませんし……」


「まぁ、兵士団はそんなもんよね……」


 ローガンがムッとして口を出してきた。


「なんだその言い草わ! こっちがなんにも出来ない奴みたいじゃねぇか!」


「だってそうでしょ!? こっちは魔法でやりようは幾らでもあるわ! 配達員眠らせたすきに手紙を確認し、目を覚まさせてあれ?寝てた?みたいなのとか! 認識阻害魔法かけて部屋に侵入し、手紙や荷物を見るとかね!」


「爺! 余計なこと言わないでください! すみません。ホントに遠目から観察するのがやっとで……」


 ガイエンが申し訳なさそうに言う。


「別にそれていいわよ。ありがと。ガイエン」


 はっ!と言って敬礼している。

 まぁ、しょうがないわよね。

 脳筋共はそんな者だろうし。

 少し私も動いてみようかしら?


「私も協力するわ。兵士団は魔法師団の調査よりは楽だろうし……」


「何故だ!?」


 また怒りながら聞いてくるのはローガンだ。


「学習しなさいよ! 魔法使えるやつ相手にするんだから厄介に決まってるでしょ! 肉体だけ強いやつは色々やりようがあるのよ! けど、魔法師相手だと魔力の動きで魔法を使っていることがバレるわ。だから、厄介だって言ってるの! 理解した!?」


「お、おう。わかったよ。何もそんなに言わなくて良いだろうが。なぁ?」


 ガイエンに助けを求めるが。


「だから黙ってろって言ってるじゃないですかクソジジイ」


 一蹴された。


パンッパンッ!


 ソフィアが締めに入る。


「では、調査は継続。そして、エマさんが動いて調査と言う事で。では、報告は次回に」


「お疲れ様ー! 終わったぁー! ソフィアご飯食べに行きましょー!」


 部屋を出ていこうとすると。


「おいおい! 待てよ!」


 怪訝な顔で振り向く。


「なにかしら?」


「そんな怖ぇ顔すんなよ。ただ、飯を一緒に食わねぇかなぁと思ってよ」


「おじいちゃん、ご馳走してくれるの!?」


「なっ! まだお前におじいちゃんと言われる歳では……」


「行くのー? 行かないのー?」


 完全におちょくっている。

 ガイエンは末恐ろしかった。

 ローガン相手にこんなに言える人などこの人しかいないだろう。

 それも、聞いた話だと徒手格闘でも五回に一回はローガンに勝つらしい。魔法無しでだ。

 魔法を使ったらとんなに化け物なことか。末恐ろしい。


「行くわい! ワシが奢る!」


「やったー! ソフィア、死ぬほど食べましょう! 何食べよっかなぁー」


 ルンルンで会議室を出ていく。


「エマさん、待ってぇ! 私、最近できた高級レストランがいいです!」


「あいつら容赦ねぇな……グスッ」


「爺さん、他の者には見せられませんよ……はぁ」


 ガイエンの気苦労は増えるばかりであった。


◇◆◇


 注目を集めた日。


「高級レストランだとおじいちゃんが作法を知らなくて恥ずかしいから、ちょっとお高い居酒屋にしよう」


 そう結論を出して店に向かって歩く。


 めっちゃ見られてるわね。

 そりゃそうか。

 私の隣には大将のソフィア。

 ソフィアは緑の髪が肩より長くサラッサラ。身長は170cm程度ありスラッとしたモデル体型。

 

 後ろにも大将のガイエン。

 ガイエンは短髪黒髪で兵士団だけあって筋肉質。身長が高くシュッとしているので目立つ。


 その隣には180を越す身長でムッキムキの白髪の爺さん。ローガンが1番目立つ。


 そこに私だもんなぁ。

 身長は150cm程度で肩まである赤髪。首の下には大きな物があるし、嫌だねぇ。一緒に歩きたくないよぉ。


「で? 何処に行くんだ?」


「この先の少しお高い居酒屋さんでーす! ローガンさんごちそうになりまーす!」


「急になん────」


 人差し指を唇に当てる。


「(ボソッ)私の受付嬢モードだから黙ってて」


「お、おう」


「もう! 太っ腹なんですからローガンさんもガイエンさんも! 嬉しーです!」


 先頭でルンルンになりながら進んでいく。


 すると、ローガンとガイエンは寒気を覚えた。


「クッソォ。俺達のエマちゃんを……」

「元帥がなんだコノヤロー。エマちゃんを独り占めしやがって……」

「エマちゃん、そいつはやめておけよぉ!」

「「「あのヤロー共ー」」」


 周りの軍人達からの呪詛が凄まじいほど届いていた。


「な、なぁ、ソフィア?」


「はい? 何でしょう?」


「エマは、受付嬢としてはどうだ?」


「えぇ、ちょっとおっちょこちょいな所があるとか。それも含めて人気の受付嬢みたいですよ? 甘い物が好きなので、中には甘味を献上する方もいらっしゃるそうですよ?」


「そ、そうなんだな……」


「エマさん、末恐ろしいな。間接的に俺達を攻撃するとは……」


 そんな呪いのような視線に耐えながら店にいく。

 すると、そこは少し上流の軍人達が愛用する居酒屋だったのだ。


「いらっしゃーい! エマちゃん、今日はまた凄い人連れてるねぇ! 4名?」


 おばちゃんが対応してくれる。


「そうでーす! ご飯に誘われたので、ここがいいかなぁと思って来ました! ご迷惑でした?」


「とんでもないさね! さっ、あそこのテーブルでどう?」


 おばちゃんが指を刺したのは端の方にある四人掛けのテーブルであった。


「はぁーい!」


 歩いていこうとすると。


ガタガタガタッ!


 座っていた軍人が全て立ち上がり敬礼する。


「おいおい。こんなとこで敬礼はいいって! 酒を楽しめ! しょうがねぇ! 今日はみんな俺の奢りだぁ!」


「「「「「おおぉおぉぉぉ!」」」」」


「ガッハッハッハッ!」


 こういう豪快な所がみんなを引きつけるんでしょうね。ローガンの周りは皆忠誠を誓った人が多いわ。

 だから、スパイが居るとは考えづらいのよねぇ。慎重に進めないとローガンの忠誠も揺らいでしまう。


「「「「カンパーイ!」」」」


「元帥は、なんでエマちゃんと一緒なんですか? エマちゃん、このチョコ食べる?」


「あら、ありがと!」


「元帥ー。ご馳走になります! エマちゃん、このケーキ食べない?」


「わぁー! 美味しそう!」


「大将も居るなんて珍しいっすねぇ! エマちゃん、このパフェどうっすか?」


「パフェ!? だーい好き!」


 ローガンの頬がヒクヒクしている。


「お前達俺に挨拶する口実でエマに話しかけに来てるじゃねぇかよぉぉ! ふざけんなおまえらぁぁ!」


「うぉぉぉ! 元帥がお怒りだぁぁ!」


「すみません! 勘弁してください!」


「あっ! エールどうぞっス!」


 兵士がローガンのジョッキに注ぐ。


「おう! グビッグビッグビッ……かぁぁー!」


「よっ! 流石! いい飲みっぷり!」


「お前らも飲め飲めー」


 単純ねぇ。

 すーぐに機嫌が良くなって。

 ま、それもいいんでしょうけどねぇ。


「(ボソッ)エマさん、そのキャラ疲れません?」


 ソフィアが不思議に思ったのだろう。聞いてきた。

 

「(ボソッ)もう慣れたのよねぇ」


「このパフェ美味しぃー! ありがとー!」


「おぉぉぉ! エマちゃんが喜んでくれたッス! やったッス!」


 はしゃいでいる。


 ふふふっ。

 可愛いわねぇ。

 猫の被りがいがあるわ。


「ふふふっ」


 笑って男達を眺めていると。


「あぁ。エマさんが妖艶に笑っている。小悪魔だ」


「何!? 悪魔だと!?」


 ローガンが騒ぎ出した。


「ウインドバインド」


 空気で締め付ける。


「な、何をする」


「ローガンさん! メッ! ですよ?」


 めっ!を強調することで男達がメロメロになる。男って単純よねぇ。


「ぐぬぬぬぬ。悪魔はどこだぁぁ!」


「ローガン、悪魔はこの世には居ないわよ。迷信。わかった?」


「あぁ? そうなのか」


 発作は収まったようだ。


「爺さん、頼むから黙って飲んでろよぉ!」


 今度はローガンにガイエンが絡んでいく。

 よほど溜まっていたのだろう。

 肩を組んで飲んでいる。


「調子に乗るでない!」


 ゴンッと拳骨を落とされて床に伸びる。


 うわぁ。やっぱり馬鹿力ねぇ。

 この筋肉ダルマの近くにいたくないわ。


 密かに距離をとる。

 すると、他の席に近くなってしまい。


「あっ! エマちゃん! これ食べてみない?」


「ん? これなに?」


「カエルの丸焼き」


 皿にはカエルがそのまま焼かれて手足を開いている姿だった。


「キャーーーッ!」


 即座にその男を離れ、ローガンにしがみついてしまった。


「エマさん、大丈夫!?」


 ソフィアが心配して駆けつけてくれる。

 目をギュッと瞑っているとそっと両肩に手が置かれた。

 

「エマさん!?」


 ゆっくり目を開けるとソフィアがいる。

 思わず抱きついてしまった。


「うぅぅ。カエル気持ち悪いぃぃ」


 目に涙をためて訴える。


 すると、それを聞いたローガンは先程のカエルの丸焼きを見せた男の所へ行き、ゲンコツをお見舞した。


「ったく! エマをこんなに怖がらせおって!」


 フンッと言って座るとまた酒を飲み出した。

 それを見た軍人達は思ったのだった。


 (エマちゃんが何故そんなに元帥から守られているのか気になる……隠し子?)


 年齢的にそう思う者も居るだろう。

 本当に娘かのように可愛がっているのだから。


「エマさん、ほら、パフェ食べましょ?」


 パフェが目の前に出されるとそれを掴みパクッとひと口食べる。


「んーー。おいひぃー」


 顔が緩くなってしまう。


 それを見ていた周りの軍人たちは更に顔が緩くなり、中には花を抑えている者もいる。


 (あぁ……エマちゃん……可愛すぎるぅ)


 これが皆の心の声であった。


 パクパク食べていると、目の前に色々な甘い物が置かれる。


「エマちゃん、このケーキ食べて元気だして?」


「パクッ。美味しぃ!」


「エマちゃん、このフィナンシェ美味しいんだよ! 食べてみない?」


「パクッ。外はサクサク中はしっとりあまーい! おいしーい!」

 

「エマちゃん、このチーズケーキ食べてみて! 美味しいんだよ?」


「パクッ。うーーん! チーズの味が濃厚で美味しい!」


 上げた人、見てる人、皆の顔が緩くなり癒されていく。


 ローガンは子の光景を見て思ったのだった。


 (この子は人を引きつけるんだな。こんなにも周りに人が集まるとは。やはり、あの婆さんの目に狂いは無かった訳だ)


 この店は最早エマの独壇場であった。


◇◆◇


 内部調査の日。


「おはよー!」


「あっ! エマおはよー! 昨日は凄いメンツでご飯に行ったらしいじゃない!? 軍の中でかなり噂になってるわよ!?」


「うん。ちょっと兵士団の方にしばらく招集されることになって、それの打ち合わせで行ってたんだけど、そしたらたまたま元帥に声かけられてねぇ」


「えぇ!? たまたまで元帥に声掛けられるの?」


「私が、魅力的だったから、かな?」


「な、なんかエマ大丈夫?」


「ま、今日から兵士団に行きまーす! お願いしまーす!」


 ルークがこちらに来る。


「そうか。上から話は聞いている。迷惑かけるんじゃないぞ!」


「(ボソッ)調査か何かですか?」


「(ボソッ)スパイの調査よ」


「(ボソッ)了解です」


「はぁーい! では、行ってきまーす!」


 元気に挨拶すると詰所を出る。


 兵士団の詰所に行くと、まぁ歓迎された。


「エマちゃん、アイスあるよぉ!」


「エマちゃん、パフェあるよぉ!」


「エマちゃん、ワイ────」


バギッボゴッ


「ありがとー! でも、元帥のとこに行かなきゃ! またねぇ!」


 手を振り詰所の中に入っていく。

 なんか最後の人大丈夫だったかなぁ。


 元帥のところに行く。


コンコンッ


「入れ!」


「しつれーしまーす!」


「おぉ。エマか。今日から調査か?」


 扉をバタンと閉め、元帥モードになる。


「そうよ。一応住み込みで調査したいのよね。何処か余ってる部屋ある?」


「お前切り替えすごいな?」


「そう? 慣れよ。それより部屋は?」


「あぁ。来客用の部屋があるから使うと良いだろう。しかし、泊まってるのを知られるなよ? ワシにはあ奴らを制御する自信が無い。エマが泊まってると知られれば奴らは獣になるだろう」


「えぇ。分かってるわ。上手くやるわよ」


 赤縁のローブを深く被り認識阻害の魔法を施して部屋に入る。

 部屋に入るなり防音、防人の結界を張る。防人の結界とは自分以外の人を部屋に入れなくするのだ。


 勝負は仕事が終わってからの時間ね。

 はぁ。また寝る時間が不規則になって肌荒れしちゃうじゃない。

 でも、この国の平和の為! 頑張れエマ!


 自らを鼓舞して準備をする。

 部屋の窓にも開いてる事が分からないように認識阻害の魔法をかける。


 準備が終わると一旦帰ったふりをする。

 詰所を出ると。


「エマちゃん、もう帰るの!?」


「エマちゃん、また来てね!?」


 手を振って答える。


「はぁーい! また明日来るよぉ!」


 少しでも手が空いていたものは手を振りに出てくる始末。


 スパイさんもこれだけ分かりやすくしてくれればいいんだけどなぁ。


 家の方向に向かいしばらく歩くと路地裏に行きローブを被り転移する。


 さぁ、誰が黒かしらね?


 部屋から他の部屋に出入りしている配達屋が来るのを待つ。


 息を潜め、ただひたすら待つ。

 それは、皆が寝静まった頃だった。


 来た。


 そいつは音を消して宿舎に近づいてきた。

 向かう部屋は……大佐の部屋であった。


 むぅ。確か大佐はゼルフ帝国出身。

 最近帝国の奴らがやけに入国してる。

 怪しいとは思うのよね。


 何かを受け取ると去っていく。


 窓から飛び出すと配達屋に一瞬で迫る。


「スリープ」


 フッと力が抜けたのを受け止め、受け取ったものを確認する………………手紙だ。


 ピッと封を開けて恐る恐る読む。


 定期連絡かしら?


『母さんへ お見合いはしないって言っただろ。俺は自分で良い人を探したいんだ。この国で相手は見つけるよ。だから、今回の話は放って置いてくれ。 バラク』


 あら? お見合いも素敵だと思うわよ?

 ってそうじゃないわね。

 普通の手紙だったわ。


「リバースクロック」


 時が遡るように手紙が元に戻っていく。

 最早エマはなんでもありである。


 パチンッと指を鳴らすと配達屋は目を覚まし、首を傾げて去っていく。


 部屋に戻りまた様子を見る。


「はぁ。今日はもう朝になるわね。んーーー! まぁ、気長に調査しないとね」


 一旦、出勤する振りをする。

 そして、部屋で就業が終わるまで寝る。

 また帰った振りをして見張る。


 これを繰り返して一週間が過ぎた頃。


 それは夜中だった。

 音もなくやってきた配達屋は今までと違う隠密を生業にしている者のようであった。


 これは、掛かったわね。


 入った部屋は……クラール聖国出身の者の部屋であった。


 あそこの国も厄介なのよね。


 手紙を受け取ったと見られ去ろうとする。

 窓から出て駆け寄る。


「ス────」


 何かが飛来した。

 咄嗟に首を捻る。


 通り過ぎたのは小型のナイフであった。


 やるじゃない。

 対抗してナイフを出す。


 次々とナイフを放ってくる。


キンキンキンッキンキンッ


 迫るナイフを全て叩き落とす。

 懐を探ってる間に突撃する。


「シッ!」


 顎を狙って掌底を放つが、背をそって躱される。そのままバク宙して立て直そうとする。

 が、着地点を狙い足で払う。


 バランスを崩し手を着く。

 その手をとって後ろに引き頭を押さえつけて拘束する。


「スリープ」


 スヤスヤ寝たところで、手紙を拝借する。


 どんな悪巧みかしら?


『同志へ

 こちらには、光魔法を使用できる者自体が少ない。少ないが、その中に我らの理想としていたロリ巨乳の光魔法を使える者がいる。

 是非、その者を我々の国で崇拝しようではないか。ありがたいお姿を遠くから眺める事こそ至高だと知れ。

 同志より』


グシャグシャ


 手紙を握り潰し。


「バーニング」


 ゴウッという音と共に小さな火柱が立つ。


 配達屋の頭に手を置き。


「マインドコントロール 今日は何も無かったわ。勘違いでここに来てしまっただけ。そのまま帰りなさい」


 パチンッと指を鳴らすと、スッと立ち上がり音もなくその場を後にする。


 うん。

 今日のことは忘れましょう。

 そして、日頃から色々気をつけないと見られているのねぇ。

 化粧は忘れられないわね!

 肌の手入れも毎日ちゃんとやらなきゃ。


 ……気を付けるとこそこか?


 その後も特にスパイらしき所はなく、時が過ぎていった。


◇◆◇


コンコンッ


「入れ」


 中に入る。

 ローガンには少し痩せたように見えた。


「エマ? 大丈夫か? 何かわかったか?」


「はぁぁぁぁ。みんなシロよ」


「それはホントか?」


「えぇ。厄介ねぇ。となると、魔法師団か本部ね」


「本部ってぇと……」


「えぇ。外交官とか……結構中心の人ってことになるわね」


「そうか……そりゃまた厄介だな。俺達だけじゃ探る術がねぇぞ」


「そうなのよねぇ。本部に潜入するのは困難を極めるわ」


「取り敢えず徐々に探っていくしかねぇんじゃねぇか?」


「そうね。今回の内部調査も兵士団はシロってわかったから良かったじゃない」


「あぁ。少し痩せたんじゃねぇか? 大丈夫か?」


「あまり見ないで。セクハラで訴えるわよ?」


「そんだけ元気なら大丈夫だな。しっかり休めよ」


「じゃ、帰るわね」


 元帥の執務室を後にして、詰所を出る。


「エマちゃん、今日はもう帰り?」


「そうよ! 今日でここでの勤務は終わりー!」


「えぇぇぇ! マジかよぉ」


「毎日エマちゃんに会えて幸せだったのに……ゴフッ」


 倒れ伏す男を見ながら手を振って詰所を後にする。


「またねぇ! 受付にはいるから会いに来て?」


「「「「「行くーーー!」」」」」


 送り出してくれる兵士団の男達。


 その後ろにはプルプルと拳を握り締める元帥の姿が。


「貴様ら仕事しろぉぉぉぉぉ!」


「仕事はちゃんとしないと、メッだよ?」


◇◆◇


 休暇の日。


「ふぁぁぁ。今日は休みだから寝てたい……けど、お腹空いた」


 エマは普段自炊を全くしない為、家には酒とツマミ位しかないのだ。


「んーーーーーーーーー」


 ベッドでのたうち回って何とか身を起こす。


「軽く化粧しないとなぁ。誰かにあったら困るしなぁ」


 上下のスウェット姿で洗面台の前に立つ。

 洗顔して霧吹き型のスタイリング剤をふきかけ髪を整える。


 スウェットを脱ぎ捨て洗い場に置く。

 下着姿で服を選ぶ。


 はぁぁ。胸が気になるから緩めのシャツでいっかぁ。大きめのシャツ着て、タイトめのロングスカートにしようかなぁ。


 服を着替えて化粧を手早く済ませる。

 小さめの鞄を腕に提げて家を出る。


 鞄の持ち手を持ってブラブラさせながらメインストリートに向かう。


 そこに行くまでに屋台が出ていた。

 ホットドッグの店だった。


「すみませーん!」


「おう! お客さんか! これまた別嬪さんだねぇ。ホットドッグでいいの?」


「はい! ひとつ貰っていいですか?」


「嬉しいね! どうぞ!」


 長いパンの切れ目にウインナーが挟まっていてキャベツの千切りが敷かれている。ケチャップとマスタードが多め。


「ハムッ…………んー! おいひっ!」


「ハッハッハッ! 美味しいかい?」


「ングッ……はい! ウインナーがジューシーで、パンもフワフワ! 美味しいです!」


「良かった! またおいで」


「はぁーい!」


 食べながら歩いていると、小さい女の子がいた。しゃがんで泣いている。


 歩いていき、しゃがんで話しかける。


「大丈夫? どうしたの?」


 答えは返って来ない。


「もしかして、お母さんとお父さんとはぐれちゃったの?」


 すると、コクッと頷いた。


「そっかぁ。じゃ、一緒に探そっか!」


 探す気になったのか、顔を上げてくれた。

 目が赤いがクリッとしている。


「お母さんとお父さん、探そっか?」


 コクッと頷く。


「よーし、じゃあお姉さんのとっておきを見せてあげよう! 名前は?」


「マリー」


 すると、指から光が空に伸びて文字を作り出していく。


『マリーちゃんが探しています。お父さん、お母さんいますかー?』


「これでよしっ! ちょっと待ってようか」


 しゃがんで一緒に待ちぼうけ。


「マリーちゃんは好きな食べ物は何?」


 シクシク泣きながらこちらを見てくる。


「グスッ……パフェ」


「えぇー! 私と一緒だ!」


「何のパフェが好き? 私はバナナが好きなんだぁ」


「マリーは、イチゴ」


「んー! イチゴも美味しいよねぇ! 甘酸っぱくて生クリームと合うよねぇ」


 ウンウンッと頷きながら話を聞いていると、兵士団の軍人が二人やってきた。


「エマちゃんだ!」


「あーっ! エマちゃんの私服姿レアだなぁ。ラッキー! あれ? エマちゃん、どうしたの?」


「この子が迷子になっちゃってねぇ。お父さん、お母さんを探してるんだぁ」


「あー! だからこの上に文字を出してたのかぁ。俺達も探してあげるよ」


「えっ?」


 驚いていると、二人はもう離れて探しに行った。


「マリーちゃんが迷子でーす! ご両親居ませんかー?」


「マリーちゃんが探してまーす!」


 マリーを見ると泣き止んでいた。


「おねーちゃん凄いね!」


「んー? どうして?」


「男の人を従えてるんだもん!」


「したがえ……てる?」


 小さいのにそんな言葉を知ってるなんて最近の子は大人なのねぇ。

 少し待つと、複数の人が走ってやってきた。


「マリー! ごめんな!」


「マリー! ごめんなさいね!」


 ご両親が見つかったようだ。

 マリーは両親に駆け寄り飛びつく。


「パパァ。ママァ」


「ごめんな」


 しばらく抱き合っていると、離れてこちらに向き直った。


「マリーを見てて頂いて有難うございました!」


「いえいえ。私も軍人の端くれなので」


「このおねーちゃん凄いんだよぉ!? 男の人を従えてるんだよぉ!」


「マリーちゃん……その言い方はちょっと……」


 困ったように頬をかいていると、両親も苦笑いであった。


「マリー、お姉さん達は助けてくれたのよ。お礼を言おうね?」


「うん。おねーちゃんありがとー!」


「どういたしまして。もうはぐれちゃダメだよ?」


「うん!」


 手を振って去っていく。

 時間はもうお昼を回っていた。


「エマちゃん、ご両親見つかってよかったね!」


「うん! 探してくれてありがと!」


「うん! エマちゃんのためだからどうって事ないよ。じゃ、俺らは戻るから! じゃあね!」


「仕事、頑張ってねぇ!」


 胸の前でガッツポーズを作って応援する。


「おおぉぉぉぉ! エマちゃんから応援されたぁぁぁ! やる気が半端ねぇぇぇ!」


 騒ぎながら去っていく男達。


 ふふふっ。男って単純。

 でも、たまに可愛いなって思っちゃうのよね。

 いやらしい目で見てくる人がほとんど。

 胸が大きかったから尚更。


「はぁぁ。お昼ご飯かぁ」


 フラッとカフェに入る。

 パスタがあったのでそれを頼んで済ませる。


「せっかくの休みだしなぁ。服でも見ようかなぁ」


 服屋さんに入る。


 流行りとかも大事だけど。

 それより、着やすい服だなぁ。


 大きめのシャツだといいかなぁ。

 あまりカチッとしたやつだと目立つしなぁ。

 あっ。このロングカーディガンがいいなぁ。

 これ着れば目立たないだろうし。


 服屋で買い物をして街をふらっと歩く。

 外は日が落ちてきた。


 いつもの店に足を向けようとする。


「ねぇ、お姉さん。俺達と飲みに行かなーい?」


 三人組に囲まれる。


「あっ、遠慮しておきまーす! 一人が好きなのでぇー!」


 スッと素通りして過ぎ去ろうとすると腕を掴まれた。


「まぁ、そう言うなよぉ。行こうぜぇ? なっ?」


「そうだぜぇ。楽しいことしようぜぇ?」


「おっ! いい体してる!」


「おぉぉ! 飲みに行こう? なっ?」


 腕を引っ張られて少し引きずられる。


 掴まれてる腕を掴み返し、捻る。


「いでででで! 何しやがる!」


「優しくしてりゃ付け上がりやがって!」


 再び掴みかかってくる。

 腕を取り、そのまま背負って投げる。


ズダァンッ


 男は背中から落ちる。


「やりやがったな!? 容赦しねぇぞ!」


 二人が殴りかかって来る。


 はぁ。タイトスカート動きにくい。

 こんな事ならパンツ履いてくればよかったなぁ。


 最小限の動きでパンチを避ける。

 そして、ワンツー。

 両脇にいた男達の顎を打ち抜く。


 脳を振られ倒れ込む二人。

 気が付くと野次馬に囲まれていた。


 騒ぎを聞き付けたのか軍の人がやってきた。


「あれ? エマちゃん、どうした?」


「この人達に絡まれて……」


「ノシちゃったと……」


「うん! 怖かったぁー!」


「おぉ。見事に顎をいってるねぇ伊達に軍人やってないねぇ」


「後お願いね!」


「おう! じゃね! …………お前ら俺達のエマちゃんに手ぇ出しておいて五体満足で帰れると思うなよゴラァァァ!」


 三人組を引きずって行く。


 はぁ。これだから軍人にしかモテないのよねぇ。困ったものだわ。


 いつもの店に行く。


「マスター。パフェとワイン……それと、ラーメンってできる? たしかゼルフ帝国の食べ物だったけど……」


「できるよ。珍しいね? 今日は休みかい」


「そっ。久しぶりに休みなのよねぇ」


 マスター少し顔が赤い?

 そんなことないわよね。


 ワインとパフェが出される。


「パクッ……あぁ。やっぱり美味しい。なんか今日は疲れたなぁ。色々あって……」


 黄昏ていると扉が開く音がする。


「あー! エマさんが私服だぁ! 珍しい! 今日は完全に休みですかぁ? 可愛いじゃないですかぁ! そしてやっぱりおっぱい大きい!」


「ソフィア、声が大きいよ?」


「なんか、男に絡まれて、ノシちゃったらしいじゃないですか!?」


「はぁ。思わずね。めんどくさくなって……」


「流石です! カッコイイ! それでこそ軍人!」


「どうせそのせいで一人ですよ……」


「良いじゃないですか! 一人上等! あっ、マスター、私はエールをください!」


「あいよ」


 あぁ。私の休みはトラブルばかり。

 今度の休みこそダラダラしてやるんだからぁ。


 こんな受付嬢、好きですか?


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