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エクステンション・ストーリー

作者: まさかす

「黙って見てないで何か言ったら?」

「あ、いや、その……」


 僕は動揺していた。昨日までショートボブだった彼女の漆黒の髪が、胸元辺りまで伸びていた。


「言っとくけどこれエクステだからね?」

「あ、ああ、そ、そうだよね」


 そんな事は言われずとも分かる。一晩で髪が短くなる事はあるにしても、一晩で髪が長くなるなんて事ありはしない。そもそも髪が伸びていた事に動揺していた訳じゃない。


「でも今迄ずっとショートだったじゃん? だから凄い邪魔なんだよねぇ」

「そうなんだ」

「付けたばかりだから慣れていないって事もあるけど本当に邪魔でねぇ」

「ふ~ん」

「邪魔だから後ろで結ぼうとしたんだけどさ、今まで長い事が無かったから結ぶ物が何も無くてねぇ」

「へぇ」

「みんなどうしてんだろうね?」

「みんな?」

「長い髪って寝る時も長いままじゃん? 長い髪の子達はみんな邪魔じゃないのかな?」

「ああ、そういう事か。というか短髪の僕に聞かれてもねぇ。ははは」

「ははは、それもそうだね。まあ別に良いんだけどね。で、どうよ?」


 彼女は俯き加減に聞いてきた。果たしてこういう時は何と答えるのが正解なのだろうか。ソースが何かまでは覚えていないが、女性は褒めて欲しいから聞いてくると耳にした記憶がある。それの正否は兎も角として仮にそれが正しいとすれば「良く似合うよ」と、ここは相手の欲するそんな言葉を口にすべきだとは分かってはいるのだが……


「良いんじゃない?」


 僕の口からはそんな曖昧な言葉が出てきた。


「……あっそ」

 

 僕の返事は彼女を不機嫌にさせたようだった。やはり求められている答えを言えばよかっただろうか。それとも『凄く綺麗だったから驚いた』と、そう正直に答えるべきだっただろうか。だがそれは前日のショートボブと今とのハッキリとしたコントラストがあったからだとも言え、ほんの少しの変化であれば特に何とも思わないしきっと気付く事も無かっただろう。だがそれは僕だけでなく万人に言える事で、往々にして人はどんなに綺麗であったとしても見慣れてしまえばその綺麗さを日常へと埋没させてしまうものだ。そして何時しか彼女の髪からエクステが取れてショートボブに戻った時、きっと僕は同じ様に『凄く綺麗だったから驚いた』と、そう思う事だろう。そしてその言葉を口にはしないだろう。若しも彼女がその言葉を強く欲するというのならば口にしても良い。だがそういった言葉は稀に使うから重みがある訳で、欧米みたく日常的に使えば単なる挨拶と変わらぬ軽い言葉になってしまう。だから僕は軽々に言いたくない。女の人からすれば普段からそういった言葉をフランクに言って欲しいとか思うのかも知れないが、特に日本人の男にとってそういった言葉は女の人が考えるよりも非常に重い言葉なのだ。そしてその言葉を使う時はきっと来る。その時こそ、僕は心を込めて言おう。とてもきれ――


 ビューッ!


「キャッ!」


 不意にして僕達2人の間を突風が吹きぬけて行った。目も開けていられない程の突風は、僕の視線を彼女の顔から背けさせた。


「ビックリしたぁ、何今の風、凄かったねぇ」

「ほんと凄かったね。僕もビック……」

「ん? 何? どうかした?」

「あ、いや、あの……」

「ん? ああ、これ? 驚いた?」

「えっと……」

「ははは、そりゃそうか。で、どうよ?」

「……」


 僕は相も変わらず女心が分からないというか何と言うか……こういう時、一体何と言えば良いのか分からない。


「似合わない?」

「いや、その……」

「実は髪洗うの面倒だなって思ってさ」

「しかし随分と思いきったもんだね……」

「まぁねぇ。でも頭洗うのチョー楽になったよ。何なら石鹸で洗えるし洗面所でも直ぐに洗えるしタオルで拭くだけで乾くしね。あははは」

「ははは、そうなんだ、便利だね。ははは……」

「何ならカフェのトイレでも直ぐに洗えるしね。ギャハハハ」

「へぇ……」


 本人が納得しているようであれば「とても似合うよ」と、そう言ってあげればいいだけなのだろう。だが……


「良いんじゃないかな」


 やはり僕はそんな曖昧な言葉しか言えなかった。


「……あっそ」


 案の定、彼女は僕の返事を気に入らなかったようだ。僕にはさっぱり分からない。果たして「似合うよ」とか「綺麗だよ」という言葉は褒め言葉になるのだろうか。


「それにしても随分と変化したもんだね。何か切っ掛けでもあったの?」

「特に何かあった訳でもないんだけどねぇ」

「へぇ」

「とはいえ流石に変化が激し過ぎるかなと思ってさ、今迄のボブと同じようなウィッグを買ってきて付けるようにしたんだけどさ、それでも変化は欲しくなってね。で、ウィッグにエクステを付けてみました」

「へぇ」

「で、どうよ?」

「……」

「ど・う・よ?」

「……」


 こういう時は何と言えば良いのだろうかと頭をフル回転させるも正解が分からない。かといって沈黙を保てる状況にも無く「う~ん。そうだなぁ」と曖昧な言葉でその場を濁しつつ何気ない仕草でズボンのポケットに手を突っ込むと携帯を取り出した。そしてマッハのスピードで以って画面を指でなぞリ『僕は何と返事すれば良いのでしょうか? 誰か教えてくれませんか?』と、そうネットの住民に尋ねた。すると直ぐさま『まずはお前が教えろや』と、『質問の仕方を知りたいのか?』と、そんな返事が返ってきた。


「あ」

「『あ』って何よ」

「いや、その……」


 焦っていたせいもあり主語が丸々抜けた文章を投稿していた。すぐさま追記に掛かるが、その間も彼女は鋭い眼光を以って「どうなんだ?」と詰問を続ける。そんな彼女に対し僕は「う~ん」と半笑いを交えつつ考える振りをしながら携帯の画面をなぞり続け、書き終えるとすぐさま投稿ボタンを押した。


「ふぅ、これで良しっと」

「『良し』って何が」

「え、あ、いや、あの、何でも無いです」

「つうかいつまで携帯いじってんのよ。私の話聞いてる?」

「勿論聞いてるよ…………あ!」

「だから『あ』って何よ!」

「あ、いや、その…………チッ!」

「はぁぁ? 何その舌打ち?」


 相も変わらずネット民の返事は早かった。だが『これは質問で無く言葉のパズルですか?』と、『暗号で質問するのはやめてください』という返事。何の事か分からず投稿内容を見かえすと、そこには文章とは呼べないただただ言葉を羅列しただけの意味不明な文字列が並んでいた。いくら焦っていたとはいえ投稿前に一読すれば容易に気付いたであろうそんな文章を投稿をした自分に腹が立ち、思わず舌打ちをしてしまった。


「あ、違う違う! これは自分に対する舌打ちで……」

「はぁ? 何の話?」

「いやこっちの話で……」

「ねぇ、本当に私の話聞いてんの?」

「も、勿論だよ!」


 彼女の声のトーンが1つ低くなったのに対し、僕の声はうわずっていた。そんな状況下で携帯に目を落として投稿内容の修正を試みる。がしかし、崩壊している文章を修正するのは思いのほか困難な作業であり直ぐに挫折した。ということで改めて投稿するべく先の投稿分を削除すると、再びマッハの速度でもって画面をなぞり始める。


「ちょっとっ!!」

「聞いてる聞いてる!」


 彼女の口調が厳しさを増してゆく。そんな状況の中で集中しながら画面をなぞり続ける。そして書き終わると全神経を集中させつつ数回見直す。


「よし! 今度は大丈夫だろ!」

「何が大丈夫よ!!」

「あ、いや」

「つうかマジで何してんのよ!」

「いや特に何も……」


 彼女の射抜くような視線から逃げるようにして、僕は視線を地面へ落とした。その視線の端には微動だにしない毛むくじゃらの黒い動物……いや、先程まで彼女の頭に乗っかっていた「髪」と呼ばれた塊があった。そんな物を目の端に捉えつつ、僕は祈るような気持ちで以って投稿ボタンを押した。


『理由は分かりませんがショートボブだった彼女が突然、自らの意志で以ってスキンヘッドにしてきました。そして似合うかどうかを僕に聞いてきました。初見は驚きはしたものの、それはそれで可愛いかもと思いました。ですが返事の仕方が分かりません。僕は何と返事すれば良いのでしょうか。スキンヘッドに対して似合うよとか綺麗だよとか可愛いよいう言葉は褒め言葉になりますか? 因みにその女性は僕の彼女ではないですが、今一番好きな人です。なので最低でも今の関係が続くようにと、それかもっともっと良い関係に発展するような言葉を教えてください』


 この問いに対し、果たしてネット民はどんな答えをくれるだろうか。そもそも答えをくれるだろうか。何はともあれ投稿を終えた僕に出来るのは返事を待つ事だけ。そしてその間も彼女の詰問は容赦なく続く。それは緊張を強いられる時間ではあるものの、決して不貞といった類の事を働いたが末の詰問では無い事もあり、まあどちらかと言えば楽しい時間でもある。かといってずっと緊張を強いられるのは勘弁願いたいが、それでも彼女とのこんな楽しい時間が永遠に続く事を願ってやまない。だからネットの皆、早く答えをくれ!

2021年11月27日 初版

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