その1
たとえば隕石でも降ってきて何食わぬ顔で世界が滅んでも
おかしくないような昼下がり、
つまりはとんでもなく平和で穏やかな昼下がり。
とある高校の屋上にての、そんな話。
僕はなんでもなく空を見上げていた。
平和な空だ。青い。青い。青い空だ。
学校に来れなくなったのはそりゃあそれなりになんか理由はあるけれど、
つまるところ畢竟するにやはり、僕はダメだった。
教室の空気に耐えられなかった。
数ヶ月ぶりの学校。思い切って教室に入った。
思い切った割には、なるべく目立たないようにって。
だけど、目立たないようにって思えば思うほど、他人の目線が気になって。
ふと顔をあげてみると、みんなと目線が合う気がする。
いや実際に合ってはいるんだけど。
それでも数時間それとなく頑張って座ってはみた。
けど、昼休みはやっぱりいたたまれない。
僕はチャイムとともに、教室を出た。
このまま帰ってしまおうかと思った。
でもそれはなんか違う気がした。最後に行かなきゃいけないところがあった。
それは屋上だ。
たぶん僕はもう学校には来ない。来れない。
だから最後に屋上で寝転がっておきたかった。
だってそこが僕の居場所だったから。
別に学校自体が嫌いなわけじゃない。
ただ合わないだけなんだ。
僕は屋上に向かう。階段はおよそ30段くらい。
扉に手をかける。大丈夫、開いている。
扉を開けると今日は誰もいない。
僕だけを待ってくれてたかのように、誰もいない。
よかった。僕は君が好きだ。
だって君がいたからここまでやってこれたから。
少し横になってみる。
ありがとう。それで…さよなら。
体が震える。
体が、震える。
さよなら。
ふと泣き出しそうになる。なんてこった、パンナコッタ。
僕は深く深呼吸。
あと数分したら去ろう、そしてそのまま学校からもで出て行こう。
そんなことを思っていた時だった。
女の子の悲鳴が聞こえた。
悲鳴?
と同時に、屋上の扉が開いた。
そして全力で肩を上下しながら呼吸をする男子生徒が入ってきた。
僕は彼と見つめ合った。数秒だが数十秒に思えた。
僕は立ち上がり、何も言わずに屋上の扉に手をかけた。
「やめろ!」
男子生徒は大きな声を張り上げた。
僕は彼を知っていた。話したことはないけれど。
学校を代表する生徒会長、並木君だ。
言っている意味が理解できない僕はまた扉のドアノブに手をかけた。
「やめるんだ!」
並木君はそう言うと、僕の右腕をつかんだ。
僕はとっさに、並木君の手を振り払った。
「ごめん、言っている意味わからないんだけど」僕はそう答えた。
「信じられないかもしれないけど、」並木君は呼吸をととのえる。
「いいか、信じられないかも知れないけど」精神を落ち着かせるためか、並木君は同じことを2回言った。
「いるんだ、そこに」
「いるんだよ、そこに」並木君は何度も同じフレーズを繰り返すのが好きらしい。
「いるって何がです」聞いてほしそうだったので聞いてみた。
「涙君」
「涙君?」
「涙君が、そこに…いるんだ」
「そこってどこですか」
「扉の前に、その前に…」
涙君のことは少し覚えている。
確か僕が不登校になる直前にこの学校にやってきた転校生だ。
「すみません、失礼しますね」僕はそう言うと、今度こそとドアノブを開けようとした。
「食べているんだ」並木君は震えながらそう言った。
「食べている…?」
「ああ、そうだ。涙君は今、その扉の向こうで、人を…食べている」
たとえば隕石でも降ってきて何食わぬ顔で世界が滅んでも
おかしくないような昼下がり、
つまりはとんでもなく平和で穏やかな昼下がり。
とある高校の屋上にて、僕は並木君のこわばった表情を見つめていた。