5話 『羽ばたきノ刻 結Ⅰ』
「立入禁止という警告を、聞いていなかったのかしら?」
二本の角が生えた、死神を彷彿とさせる髑髏のフルフェイスマスクがサナキ達を睨む。
神創鎧装《FEZER》――人類がジーヴァに対抗するために開発されたフルドレススーツ。
頭部を含め体全体を覆う装甲には、ナノ超合金が採用されており時速200キロの大型トラックにぶつかれられた所で、傷一つ付ける事は出来ない。
胸の中央にはダイヤモンド型の――ごく少数の人間のみに流れる《魔素》を増強させるリアクターが搭載されている。
このリアクターが魔素を増強させることで、装着者である人間は《魔力》と名付けられた超次元的な能力を擬似的に発動することが可能となる。
「貴方は、今朝会った――」
薄紅色の髪をおさげに結んだツインテール。
そして歳下の割に凛とした華のあるサナキの顔――普段あまり人の顔を覚えないメイだが、サナキの事はよく覚えていた。
「すみませんアウラさん。ジーヴァによる魔力妨害が酷いようなので、一度通信を切ります」
一般人の侵入が悟られないよう、メイは魔力の波動でGRADの本部の回線へと繋いでいた回線を切る。
理由は定かではないが、最高機密対象である生物と接触したとなれば、サナキ達の命など無いも同然だった。
「全く……悪運が強いのね。貴方達は最悪だけれど、最高の奇跡を起こせたわ」
メイはリアクターへの魔素の供給を断ち切り、変身を解く。
メイの体が光に包まれるとFEZERは光の粒子に分解され、コンパクトな紫色の指輪となるとメイの左中指に収まった。
「私が来たからには、もう安心よ」
メイは自身の長い黒髪を撫で、微笑む。
「ろ、六条先輩――」
マスク越しでは無いメイの姿。
学園の憧れの的である彼女の姿に、心から安堵の息が漏れた。
「「ありがとうございますぅ〜うえぇん!」」
「ちょ……貴方達、抱きつかないで頂戴!制服に皺がつくわ」
目から大量の涙を流し、二人はメイへと抱きついた。
突然の事に驚き、メイは二人を引き剥がそうとするが、地面に張り付いたガムのように二人は動こうとしないので諦める。
「全く……相当怖かったのね」
嘲笑と安堵が混ざり合った笑みを浮かべ、メイは二人の頭を撫でた。
「貴方達、本当おばかさんね。警備隊の人達がここは侵入禁止と言っていたでしょう。自業自得よ」
「ごめんなさい……けど、今朝先輩から貰った飴を猫に奪われて……それで、取り返そうとして……六条先輩からせっかく貰ったものだし、どうしても諦め切れなくて……」
「さんま味ドロップスか……全くそんな物のために、命を賭けてまでやる行いじゃないわよ」
「はい……ごめんなさい……」
――ここは先輩として、しっかりと叱らねばいけないか。
メイはそう考え、二人を無理やり自分の体から引き剥がすと、腕を組み仁王立ちの姿勢をとった。
「ごめんなさいと言うけれどね、死んでしまえば謝る事も出来ないし、食べる事だって出来なくなってたのよ。この世界には貴方達がまだ食べてないような美味しいスイーツが数多あるし、この瞬間にだって新しいスイーツは生まれているのよ。それを食べられ無くなっていたと言う事なのよ?」
魔力の生成には、多量の体力を消費する。
それを補うように、メイはジーヴァと戦うようになってから自然と甘味に手を伸ばしていた。
いつの間にか間食の繰り返し。
そしてある日、体重計に乗り、自身の身に何が起こったのか理解した。
「スイーツというのはね、人類が生み出した至高の逸品なの。ショートケーキ、モンブラン、バウムクーヘン、生チョコレートエトセトラ……ダイエットもしていないのにそれを食べれなくなるのはあんまりよ。ダイエットもしていないのに!」
溜まったストレスを発散するかのように、メイは必要以上に声を荒げ、二人を叱咤する。
「は、はい!ご、ごめんなさい……」
何故メイの例え話は、食べ物の話ばかりなのだろうか。
疑問に思いながらも、サナキは頭を下げた。
「まぁ、これに懲りたらもう警備隊の言うことは素直に聞くように」
そう言った後、メイはスカートのポケットから飴を二つ取り出した。
「はい、飴よ。春限定ほっけ味」
「あ、ありがとうございます」
先程までの激怒は何処へやら、突然のメイの優しさに困惑しながらも、サナキは飴を受け取った。
「わ、わぁ!六条先輩から貰えるなんてうれしー!」
袋を開け、飴を口へと放り込む。
舐めてみると、お菓子とは思えない微妙にしょっぱい味が口いっぱいに広がった。
「あの、六条先輩――」
しばらくして、飴を舐め終えたサナキが口を開いた。
「さっきの怪物って、一体何なんですか?それに先輩のさっきのあのロボスーツも」
「それを易々と私が教えてくれるように、貴方は思う?」
その質問に言葉が詰まる。
教科書でもニュースでも、地球にあんな怪物が存在しているなどという記述は無い。
そしてGRADという警備隊、あれはあの怪物を知っていて隠していたのだろう。
あんな怪物が街中に存在しているとなれば、一気に街はパニックに包まれる。
「人には知るべき事と、知らなくていい事があるわ。今回の場合は圧倒的な後者。知らない方が楽な人生を歩めるわ」
「たしかにそうかもしれません。けれど私とキミカはもう巻き込まれている。これを知る権利があるはずです!」
無知は楽だ。
起きている事象を理解出来なければ、恐怖を感じる事は無い。
知らなければ、目を背ける事が出来る。
けれどそんな事を許容して頷ける程、弱い人間では無い。
サナキの真っ直ぐな瞳にあてられ、メイは重い口を開いた。
「……そうね。もう巻き込まれてしまった訳だし、少しは教えてあげないと……か」
ため息をつき、メイは話を続ける。
「あなた達がさっき見た怪物、あれは異界より現れた人類の敵――侵略者よ」
「ジーヴァ……?」
聞いたことのないその名に、サナキとキミカは首を傾げる。
「ジーヴァは扉を介してこの世界へと出現し、人類を滅さんと見境なく人々の命を喰らう――その目的はただ一つ、人類に代わり、この世界の新たな上位種として君臨するためよ」
突拍子も無い話だった。
人類に代わる新たな上位種?そんな事を言われてすぐに理解出来る程、サナキ達の頭も柔軟では無かった。
「これ以上は教えられないわ。貴方達の命のためにもね」
ぽかんとする二人をよそに、メイはそこで話を切り上げた。
「まぁ今日の事は、悪い夢だったと思って忘れなさい。今回の事を教訓に、立ち入り禁止の場所には入らない。それを守っていればもうアイツらに出会う事もないわ」
「そ、そんな!今の話じゃ全然意味がわからないです!あの怪物が人類の敵だとして、じゃあ六条先輩は何なんですか⁉︎」
サナキがそう叫んだのと、ほぼ同時だった。
突如、重い鐘の音が辺りに響いた。
結婚式などめでたい時に流れるはずのその鐘の音は、何故かとても不吉に感じられた。
「来たか……」
メイがトンネルの奥を睨む。
何も無い黒い空間に、爛々と輝く天使の輪のような紋章が無数に出現する。
無数の紋章が一際大きな光線を発すると、ジーヴァを産み落とした。
「ひぃっ――⁉︎」
「ま、また怪物が‼︎」
先程の人間を食っていたジーヴァの姿がフラッシュバックし、体が震えた。
目の前の無数のジーヴァ達は、頭の真ん中にある紅い瞳を爛々と輝かせ、獲物を見つめていた。
「二人とも、そこで動かずじっとしていなさい。すぐに終わらせるわ」
メイは二人を庇うように静止させると、二人の前に立った。
「お、終わらせるって……」
「そのままの意味よ。あいつらを倒すの」
心配そうな表情のサナキとは逆に、メイの表情は澄んだ穏やかな表情をしていた。
「さっきの質問――私が何者か、っていう事だったわよね?」
こくりと首を縦に振り頷く。
メイは得意げに口角を上げ笑った。
「確と拝むといいわ。人類を守る――神様の姿をね」