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4話 『羽ばたきノ刻 転』

「悪いねぇ、この先のトンネルで科学性ガスが漏れたらしくて、今運休中なんだよ」


 放課後、下校用のバスに乗ろうとしたサナキ達に初老の男性運転手がそう告げた。


「えぇ⁉︎じゃあどうやって私達帰ればいいんですか!」


「急いでいるなら、歩いて帰るしか無いね。ガスの除去には六時間ぐらいかかるって言っていたし、急ぎでないなら学校で待ってるのをオススメするよ」


「うーん……歩いてかぁ」


 運転手にお礼を言い、バスから離れる。

 学校から家へは距離にして二十キロ程、その間にある坂道などを考慮すれば走って三時間弱と言ったところか。

 中等部の方は今日は午前授業となっているから、きっとミコトはもう家に着いている頃だろう。

 校舎にある巨大な時計を見れば時刻は午後四時。

 バスを待っていてはとっくに日が暮れてしまう。

 ミコトは食が細く、自分から食事をしない。

 だから自分が帰らなければ、そのまま何も口にせず眠ってしまうだろう。

 それは駄目だ。

 せっかく元に戻りかけているミコトの体調を崩す要因に成りかねない。


「サ、サナキちゃん……そっち校門だよぉ。待つならラウンジで待とうよぉ」


「何言ってるのキミカ、歩いて帰るよ」


「えぇ⁉︎歩いて⁉︎」


「たかだか十数キロ、()ーて大した距離じゃなし!」


「じゅ、十数キロは大した距離だよ、女子高生が歩ける距離じゃないよぉ」


「もー、そんなこと言って……」


 キミカを説得するにはどうしたものか、と考える。

 答えはすぐに出た。


「ねぇキミカ、最近ちょっと太ったんじゃない?」


「えっ‼︎」とキミカが豆鉄砲をくらったように驚いた顔をする。どうやら図星だったらしい。


「ほらこのお腹周りとか、絶対太ったって。最近運動して無いんでしょ」


「そ、そんなこと……」


「本当かなぁ〜お姉さんに見せて――」


「わ、分かったからぁ!歩くよぉ!」


 お腹に触れようとしたところで、キミカが叫び、体を退ける。


「ふっふー、分かればよろしいのだ」


「もぉ〜サナキちゃんの鬼、スパルタ!」


 道中何度かキミカの罵倒を浴びながらも、サナキ達は歩いて街の方へと向かった。



 ※  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「これより先は、科学企業より有毒ガスが発生したため立ち入り禁止です!」



 一時間ほど歩くと、事故の原因であろうトンネルの前へと着いた。

 トンネルの前にはケージが置かれ、その前には数名の警備隊がおり道を塞いでいた。


「ガス漏れだってぇ……クソ危ないねぇ、安全管理もロクに出来なくて一般市民の交通を阻害してるって自覚持ってるのかなこのクソ企業」


 疲れからなのか、いつもより大分キレのある罵倒をキミカが漏らす。


「それにしても最近よく見るよね、あの警備隊」


 胸にGRAD(グラッド)と書かれた警備隊。

 物騒な戦闘用ライフルを構えるその警備隊をサナキは指さした。


「GRADでしょ?国の直属だか何だか知らないけど、警察でも無いのにあんな大きい銃なんて持っちゃって、危ないったらないよねぇ。治安を乱してるよ〜」


 口は悪いが、キミカの言う事はもっともだ。

 近くの生物研究所から化学ガスが漏れただけ。ただそれだけの事だというのに、あんな大それた銃火器を装備する必要があるのだろうか。

 あれでは本当に周りに威圧感を与えるだけだ。

 だからこそ思う、本当は化学ガスが漏れたのではなく、裏ではもっと何か、別の“闇”が(うごめ)いているのではないかと。


「まぁ遠回りだけど仕方ないか。海でも見ながら帰ろ」


 サナキはトンネルを避けると、すぐ真横の海岸沿いの道へと進路を変えた。

 いつもこのトンネルを抜けるのにはバスで5分ほど掛かる。避けて海岸沿いを歩けば30分ぐらいと言ったところだろうか。

 中々に酷だなと考えたところで、サナキはポケットに気を紛らわせる物が入っていた事を思い出した。


「そうだ、そういえば今朝貰った飴せっかくだし食べよ」


 サナキが胸ポケットから取り出したそれを見て、キミカが羨ましそうに目を輝かせる。


「あっ!それ六条先輩から貰ってた秋限定さんま味の飴!いいな〜サナキちゃん、私も六条先輩から飴貰いたいな〜」


「いいの?飴貰うって事は、六条先輩に怒られるって事なんだよ?飴と鞭の()なんだから」


「うぁ……」とキミカが苦虫を潰したように顔を歪ませる。


「そうだったぁ、怒られるならやっぱりいらないかなぁ……」


「ははっ、キミカは単純だねぇ」


 笑い、光沢のある飴の包み紙の端を少し切った時だった。


「――――!」


「え……?」


 刹那の時間だった。

 すぐ隣の茂みから現れた三毛猫が、包み紙ごと飴を奪うと、トンネルの中へと逃げて行った。

 サナキは何も無くなった自分の手のひらを見つめる。

 そして数秒後――


「あ、飴が‼︎六条先輩に貰った大切な飴が――‼︎」


 自分の身に降りかかった出来事にようやく気付いた。

 だが時は既に遅し。

 手から飴を奪い取った猫は俊敏な動きで遠ざかって行くと、警備隊の間をくぐり暗いトンネルの中へと消えて行った。


「あの猫め……私から大切な飴を奪うなんて……すぐに取り返してやる!」


 自分が叱咤を受け、それに耐えたある種のご褒美である飴をドラ猫を奪われた。

 あまり気性の荒い方では無いが、何も苦しむ事なくあの飴を奪い去った猫に少し腹が立った。


「取り返すって……きっともうあの害獣の胃の中だよぉ」


 猫の逃げたトンネルへと向かおうとするサナキを、キミカがおどおどとしながらもなだめる。


「大丈夫だよ、猫は飴は食べないから」


「そ、そうかもしれないけどぉ……でもあの害獣の口に触れたんだから汚いよぉ。朝起きた時の口内以上の雑菌だらけだよぉ」


「だーいじょーぶ!封を少し開けただけだからあの猫には直接触れてないって!」


「う、うーん……」


 警備隊が見張ってるトンネルに入ろうとするサナキを止める為、キミカは必死で止めようと考える。


「と、とにかくダメだよ!この先は治安を乱すクソ迷惑警備隊が見張ってるんだから!立ち入り禁止だって、言ってたでしょ!」


「大丈夫大丈夫!取り返したらすぐ帰るから!」


「怖かったらキミカは待ってて!すぐ帰ってくるから」


 せっかく人から頂いた物だ。

 理由はなんであれ、それを無碍にする事は出来ない。


「そ、それはそれで嫌だなぁ……」


 うーん……と悩むキミカに背を向け、猫の走り去ったトンネルへと向かう。


「ま、待ってよ〜!やっぱり私も害獣駆除行くよ〜」


「へへっ、キミカならそう言ってくれると思ってた」


「いじわる〜」


「ちょうどこれ使い終わってたし、これ使おうか」


 鞄から化粧品ポーチを取り出す。

 そしてその中から中身の切れたコンシーラーを取り出すと、それを自分とは対角線上の地面へ投げた。

 地面に当たった容器はカランと音を立てると、警備隊の気を引いた。


「今だよ、行こ!」


 GRADがそれに気を取られている隙を見て、キミカと共にトンネルへと侵入した。



 ※  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 薄暗い橙色のランプが不気味にコンクリートの壁を照らし出す。

 その真ん中に猫が座っていた。


「あっ、いた!」


「返せー!」


 叫びながら向かって行くと、猫は一鳴しトンネルの奥へと消えて行った。


「よかったぁ。まだ食べられてないよ」


 猫の置いていった飴を拾い上げる。

 まだ封はさっきと同じで猫が触った様子は無い。


「食べられてなくても、害獣の口の中にあったなら雑菌でいっぱいだからやめた方がいいよぉ」


「大丈夫大丈夫!キミカは心配し過ぎだって」


 袋を開け、飴を口に放り込む。

 舐めた瞬間、口全体にお菓子としては何とも甘く無い微妙な秋刀魚の味が広がった。


「甘くはないけど……うん!美味しい!」


 数分じっくり口の中で転がした後、小さくなった飴を飲み込む。


「じゃ、帰ろうか」


「やっとだよぉ〜。早くそうしよう、なんかココは空気が悪いよぉ」


「そうかな、あんま変わんない気がするけど」


「悪いよぉ……すんごい嫌な感じぃ」


「ふーん、ま、たしかに薄暗くて嫌な感じはするし、早く帰ろう」


 そう言って、二人は来た道を戻り始めた。



 ※  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「ねぇ……この道、来た時こんなに長かったっけ?」


 後ろを歩くキミカが、そう不安な声をあげた。


「来た時は猫を追いかけるのに夢中だったから、それで短く感じたんだよ。きっと本当はこんぐらいだったんだよ」


「そ、そうかなぁ……」


 キミカは半信半疑のようだったが、黙ってついて来てくれた。

 だが――



 スマホの時計を見る。

 見ればもう、歩き始めてから一時間以上も時間が経っていた。

 来る時は走っていた事を加味しても、どう考えても出口に辿り着いていなければおかしい時間だった。


「ねぇサナキちゃん……やっぱりおかしいよ……」


「大丈夫だって、きっともうすぐ出口だよ」


 そう口に出して、自分の声が先程より弱く震えていた事に気付いた。

 薄暗いトンネルに響く足音、先の見えない不安が次第にサナキの心をも蝕んでいた。


006(ゼロゼロシックス)、定期連絡の時間だ。状況を報告せよ』


 一瞬、自分の耳を疑った。

 暗いトンネルの奥の方、そこから男性の声が聞こえた。


「ねぇサナキちゃん、何か聞こえなかった?」


 色の灯った声でキミカが質問する。


『006。状況を報告せよ』


 再び奥の方で声が響いた。

 無線を通した声なのか、ビチャビチャと雑音が混ざってはいたが、たしかに声が聞こえた。

 この奥に、人がいる。


「やっぱり聞こえた!きっとGRADの警備隊達だよ!私達を探しに来てくれたんだよ!」


「行こう!サナキちゃん!」と言って、安堵による気分の高揚からか、普段は内気なキミカがサナキの手を引いた。

 キミカと共に声のする方へと走る。

 しばらくすると、薄暗い灯の中に人影が見えた。


「やっぱりそうだったぁ!よかったぁ……」


 立ち止まると、安堵の笑みを浮かべ、キミカは空いた方の手で人影へと手を振る。


「おーい隊員さん!こっちですぅー!助けてくださーい!」


 明るいトーンの声が閉鎖されたトンネル内にこだまする。

 だがその人影は微動だにしなかった。


「むぅ……耳の悪い奴だよ……」


「おーい!」とキミカは叫びながら、人影へと走る。


「うっ……何この匂い……」


 近づくに連れ、ぼんやりと小さかった人影がくっきりと見えて来た。

 直後、腐った肉のような腐臭がサナキの鼻を刺激した。

 前を行くキミカは、どうやら興奮のあまりその匂いに気付いていないようだった。

 カッ、カッ、とトンネルに革靴の音が響き、オレンジ色の光がいくつも横を過ぎる。

 そうして人影に近づくに連れ、その影がどこかおかしい事に気付いた。

 横の腕と思われる部分が、あまりにも人にしては長く、だらんと地面に垂れていた。


「――――」


 違和感はそれだけではなかった。

 腐臭と共に、ぴちゃぴちゃと何かを貪っているような咀嚼音が聞こえた。


 何かが……何かがおかしい。


 その状況に、サナキの鼓動は次第に高鳴っていた。

 助かるという期待から起こる高揚では決して無い。

 何か得体の知れない恐怖からだった。


 近付いてはいけない。


 本能が、そう頭の中で警告を鳴らしていた。


「キミカ!止まって‼︎」


 叫び、両の手でキミカの細い腕を強く握る。


「え?」


 小首を傾げ、キミカがサナキへと振り向く。

 だが、振り向いたのはキミカだけでは無かった。


「…………」


 ズルズル、と長い腕を地面に引き摺らせながら、数メートル前方にいる人影が、サナキ達へと振り向いた。

 今まで黒い影でしか無かった()()が、オレンジ色の灯に当てられ、その姿を表した。


「ッッ…………」


 それの姿に、サナキは声にならない悲鳴をあげる。



 怪物――その言葉がこれほど適切な存在はいないとサナキは感じた。



「ギ―――ギ―」


 白い――一言で言ってしまえば、それは白い怪物だった。

 窪んだ赤い単眼を瞬かせ、こちらを凝視する。

 シワも何も無い完全なシンメトリーのその生物は、逆に不気味で嫌悪感を駆り立てる姿だった。

 その恐怖から、サナキ達は足が地面に縫い付けられたかのように固まっていた。


『006!応答しろ!聞こえるか!』


 何処からか、再びビチャビチャと濁った無線の音が聞こえた。


「た、助けだ……隊員さんだ……」


 恐怖に(おのの)くキミカが、そう口にした直後――



「ギギ―――」


 ぴちぴちと、陸に上げられた魚のように怪物は気持ち悪く体を震わせると、緑色の液体を口から吐き出した。

 高音のその吐瀉物は硬いアスファルトの地面を溶かし、白い蒸気が上がる。

 だが恐怖は、それでは終わらなかった。

 白い()()が晴れ、視界が徐々に戻っていくと、怪物の前に30センチ程の塊があった。


「あ……これ……」


 人の腕だった――

 緑色の胃液をまとわりつかせ、黒いGRADの隊服を纏った腕が一本、そこにあった。


『006‼︎006‼︎』


 不意に聞こえた先程の男性の声に、思わず体を震わせる。

 そして気付いた。その声が、今吐き出された片腕が握るトランシーバーから聞こえていた事に。


「いやああぁぁぁぁあああッッ――‼︎」


 逃げた。キミカの腕を引き、一目散にその場から走り出した。

 硬直していた体を無理やり動かしたため、痺れるような感覚に転びそうになりながらも、必死に前へと体を動かした。


「――――」


 後方から怪物の咆哮が(いなな)くと、腕を引き摺りながらこちらへと怪物が走る足音が響いてくる。


「何あれ!何あれ何あれ何あれ!」


 先程の食いちぎられた片腕がフラッシュバックする。


「人を……食べたっていうの⁉︎あの怪物が⁉︎」


「どうしよう⁉︎どうしようサナキちゃん‼︎」


 今にも泣き出しそうな声でキミカが叫んだ。


「分からない……!でも逃げるしかないよ!」


 叫び、強くキミカの腕を引きながら走る。

 前方は未だ同じ光景が広がるだけ。

 本当に出口などあるのだろうか、そう不安がよぎる。

 だが立ち止まる訳にはいかなかった。

 怪物の呻き声と、腕を引き摺るその音は、先程よりも確実に近付いていた。


「きゃっ!」


 突如、重い振動が腕に伝わった。


「キミカ――ッッ‼︎」


 振り向くと、割れ目に引っ掛かりキミカが地面に転んでいた。

 そしてそのすぐ後ろには――


「――――‼︎」


 今にも獲物に喰らいつかんと、真っ赤な口を広げ咆哮をあげる怪物の姿があった。


 このまま止まっていれば、二人とも死ぬ。


 その事が頭に浮かぶ。

 キミカを囮にすれば、自分だけは逃げられるだろう。

 次にその選択が頭に浮かんだ。

 だがサナキはかぶりを振り、すぐに頭に浮かんだその考えを否定すると、キミカを庇うように怪物の前へと出た。


「食べるなら私を食べろ!キミカには手を出さないで!」


 無意味などと言うことは、自分がよく分かっていた。

 けれど友人を見捨てて自分だけ助かろうということは、正義感の強いサナキには出来るはずもなかった。


「――――‼︎」


 怪物が目の前まで迫る。


 ここまでか……。


 サナキがそう死を覚悟した時だった――


「装備、エリミネイトソード」


 頭上から何かが現れると、怪物の体を巨大な剣で一気に引き裂いた。

 断末魔をあげる暇も無く、体を引き裂かれた怪物はそのまま生き絶えると、灰となって消滅した。


「立入禁止という警告を、聞いていなかったのかしら?」


 顔を覆うフルフェイスマスクが開かれると、その中の見知った顔にサナキは目を丸くして驚いた。


「ろ、六条先輩――」


 整った顔に、美しい双貌――紫色のスーツに身を包んだその少女は、紛う事なき六条メイの姿だった。

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