プロローグ 『神』
神は死んだ
草木は枯れ、人が飢え、貧窮に喘いでなお、神はその姿を現さ無い。
ならば神は死んだのだ。
だが人間には、神が必要だ。
草木に生命を与え、
人に恵みと、
希望を与える。そんな存在が必要だ。
人は――神を望んでいる
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
太陽よりもビル灯の方が眩しい真夜中、立ち並ぶビル群の中でも一際目立つ高層ビルの屋上で、漆黒のスーツを見に纏い、一人佇む少女がいた。
『フェザーの調子はどうだ?』
突然、頭の中に落ち着いた女性の声が響く。
擬似魔力神鎧――《FEZER》により、普通耳で聴くよりも音がクリアな分聞こえすぎるその音に、六条メイは集音に対する魔力感度を下げる事で対応した。
「いつも通り良好です。きっと前任者の使い方が良かったんでしょうね」
衛星軌道装置でモニターする相手にも見えるよう、少しオーバーにフェザーの外鎧を叩く。
『今回の悪魔はタイプ2、強敵だ。気を抜くなよ』
「もちろんです。命のやり取りでよそ見をする程、私も強くはありませんから」
そう返答した後、ややあって女性の弱々しいため息が聞こえた。
『すまないな……君にばかりこんな過酷な事を押し付けてしまって……』
フェザーを通して流れる声には、微かに相手の感情をも届ける。
彼女から流れてきた感情に感じたのは、自責の念、同情、そして微かな――哀れみだった。
「謝らないで下さいアウラさん。こうして戦う事を決めたのは、他でもない私自身なんですから。アウラさんが責任を感じる必要はありません」
「しかし――」と煮え切らない声が頭に響く。
このままでは拉致が開かないか、と考えたメイは話題を変える。
「そういえば、もうすぐGRADに新しい子が配属されるんですよね?」
『あ、あぁそうだ!』
弾んだ声が頭に響く。
『彼女は私の一番の教え子なんだ。少し性格が変わってはいるが、フェザーへの適性は高いし頭もキレる。必ず君の力になるはずだ』
「ふふっ、一番の教え子ですか。では、私は一番では無かったんですね」
頭の奥でアウラが呻くのが聞こえる。
『訂正、彼女は二番目だった』
「ふふっ、いいですよそんな気遣い」
自分よりも一回りも上の大人だというのに、分かりやすい人だ。
そんな彼女を、どこか可愛いと思ってしまった。
『ミネルヴァ。ポイント03に高魔力反応。敵、出会いまでゼロサン秒。構えて』
頭にアウラとは違う女性の声が響く。
自分をローマ神話の女神の名で呼ぶ人物は、GRADでも一人だけだ。
「了解しました、薬師町大尉」
深呼吸し、気持ちを整える。
私は出来る。
そう言い聞かせながら。
「2……1……」
数メートル離れたビルの屋上に、黒い光線を放つ天使の輪のような紋章が出現する。
「流石大尉、時間ちょうどね」
紋章が一際大きな光線を発すると、地響きを起こしながら、中から巨大な怪物が姿を現した。
「――――」
この世に産まれた事への歓びか、怪物は咆哮をあげ、醜悪な匂いを辺りへと撒き散らした。
「ジーヴァ、補足しました」
『敵発生時刻、04時00分に設定。ミネルヴァ戦闘態勢へ』
影山から任務開始の合図を受け取とると、メイは右腕を黒闇が渦巻く天へと掲げる。
「装備、エリミネイトソード」
言語認証によりフェザーは詠唱行程を省略し、空間に魔法陣を展開をする。
紫色の火花を咲かせ、魔法陣からGRADより漆黒の大剣――エリミネイトソードが出現した。
メイは華奢な細い体にも関わらず、自分の体長より二回り以上大きなそれを軽々と片手で持ち上げる。
「フォースD、展開」
リミッターが解除され、猛烈にフェザーの魔力が上昇する。
「くっ……」
魔力の上昇による身体への負荷――体を巨大な腕で握りつぶされるような痛みに、メイは思わず片膝をつく。
やがて、フェザー内部による魔力膨張が臨界点を達すると、固定出来ずに溢れ出した魔力がフェザーから放出される。
その内部から溢れ出した魔力の形状は、天使のような神々しい翼のようだった。
その翼の奥に『D』の文字が浮かび上がる。
『フォースD、魔力波長安定。ミネルヴァ、大丈夫かしら?』
「はい……大丈夫です、このぐらい」
額から滲み出た汗を拭き、立ち上がる。
「私は人間を守る――“神”なんですから」
大剣を構え、未知のその敵へと刃を向け、六条メイは闇へと駆け出した。
神は死んだ。
草木は枯れ、人が飢え、貧窮に喘いでなお、神はその姿を現さ無い。
ならば神は死んだのだ。
だから六条メイは決断した――
草木に生命を与え、
人に恵みと、
希望を与える。そんな存在に自分がなろうと。
死んだ神に代わり、自分がこの世界の“神”になると――