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雨の神様  作者: アタリ9
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第五話 追憶メッセージ

【柏木 雨音】


 今よりちょっと昔。子供の頃の私は、口が悪く粗暴な子供だった……らしい。


 過去を振り替えれば、いつだって知らない自分がいる。今だって、現在進行形の自分を知っているはずなのに、時が経てば忘れてしまう。


 時間は常に流れ()く。川より速く、海より深く、記憶を沈めて。


 過ぎ去った時間は取り戻せない。しかし、思い出す事ができる。その時を表すものがあれば、人はそれを思い出と呼ぶ。




「電池…電池……。やっぱりないか」


 五月の半ばの日曜日、私は自室で悩みに悩んでいた。


 この悩みの種は、私が気まぐれで自室(じしつ)の押し入れを整理(せいり)していた時に出てきた、インコの人形。


 私の前に転がるこいつの名前は忘れた。多分、ピーちゃんとかそんな感じだったはず。


 さて、このピーちゃん(仮)はただの人形ではない。なんと、録音機能がついているのだ。


 (いろ)()せたインコに刻まれた、昔の私。興味が湧かないはずがない。どんな言葉がこのインコに刻まれているのか、気になって仕方がなかった。


 しかし困った事に、このインコの心臓ともいえる電池が切れていた。単三(たんさん)電池なので、入れ替えれば()む話なのだが。ちょうどというか、やっぱりというか、家に単三電池は無かった。


「買いに行くかなぁ…」


 目の前に転がっているくすんだ鳥を見て、本気で悩む。電池を入れ替えて、もし録音が入っていなければ徒労(とろう)もいいところだ。


 悩み抜いた末に、買いに行く事にした。やらずに後悔するよりやって後悔しようという、単純な理屈を抱え、外に出た。仮に録音がなくても、電池はあって困るものでもないし。


 くすんでぼやけた記憶の為に、今を犠牲にする。たまにはそういうのも悪くない。



 家から出て信号を二つ挟み、少し歩くとコンビニに到着した。徒歩でおよそ二十分。普段あまり外出しないので疲れた。


「電池、電池っと」


 お目当ての品はレジの近くにあった。喉が乾いていたので水も一緒に買うことにする。


 会計を済ませ店を出ると、五月の爽やかな風が髪を撫でる。天気の良い空を見ると、意味もなくウキウキした。


「何か良いことがありそう」


 そんなわけないか。と心の中で自分に突っ込む。さて、十年ぶりにピーちゃんを動かしてやりますか。



 自室に戻った私は早速、電池をセットする。たしか、ピーちゃんの頭の部分を押せばよかったっけ。


「よいしょっと」


 カチッ。という音と共に、音楽が流れ出す。この音楽が終わった後でメッセージが再生される仕組みだったはず。


 昔の私はどんな言葉を残したんだろう。高まる期待に、胸の鼓動が早くなる。


 そして音楽が終わり、ピーちゃんは長きに渡る沈黙を破る。


『バーーーカ!』



 ピーちゃんは翌日、出荷(廃棄)されましたとさ。









【天海 桜】


「お…なんだこれ」


 五月も半分を過ぎたある日曜日。学習机の引き出しの奥から、日記帳が出てきた。今より少し下手な字で、【あまみ さくら】と書いてある。


「わたしのか。……って、わたし以外いないけどね」


 昔のわたしはどんな子だったっけ? うーん……さっぱり思い出せない。


 パラパラと日記を開くと、そこには懐かしくもとりとめのない日々が記されていた。


 友達と遊んだとか、お菓子を買って貰ったとか、とにかく他愛のない内容だった。そう、最後のページ以外は。


「えっ…!」


 最後のページは、わたしの字で書かれたものでは無かった。いびつで力強い文字。そこにあるメッセージをわたしは読む。


【いつかいっしょのがっこうにいこうね! かしわぎあまねより】


 昔の事はあまり覚えていないけど、この日記に関しては鮮明に思い出した。


 これは昔、わたしが引っ越す時に、小さい頃のあまねが書いてくれたものだった。


 当時のわたしにとって宝物であるはずの日記帳。それを見せるぐらい、わたしとあまねは仲が良かったんだろう。


 なのにどうして。どうしてわたしは忘れていたんだろう。


「あまね…!」


 気付けば涙が溢れ、ズキズキと胸が痛む。きっと引っ越しの時もわたしは泣いていて、痛みを感じていた。


 だからわたしは忘れたんだ。痛みと共に、彼女(あまね)の事を。


 日記を胸に抱え、ベッドで丸くなる。


 目を閉じると聞こえる雨の音。それに誘われ、わたしの意識は睡魔に捕らえられる。


 どこまでも深く、思い出の光が届かない、眠りの深海へと落ちて行く。大切な人を想いながら。


 おやすみ。あまね。

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