第四話 泡沫に揺られて
運転手さんと、私と桜。
三人しかいないバスは、今日も走り出す。
なぜこんなに人が少ないかというと、部活のある生徒達は六時頃に帰る(らしい)し、それ以外の生徒は学校が終わるとすぐに帰るからだ。
そのどちらにも属さない私達は、さしずめ時間の迷子といったところか。なんて、考えながら窓の外を眺める。
「そういえば、桜はどの停留所で降りるの?」
「わたしは六坂で降りるよ。あまねは五地だったよね」
桜の言葉に頷く。このバスは学校を出て、一宮、二月、三道、四布、五地、六坂、七菜、八峰、九日、十里の順に止まる。
私は五地で降りるので、当然、その先の景色は知らない。どんな建物があって、どんな人達が住んでいるんだろうと思いを馳せる。
その時、鞄に入れていたスマホが鳴る。何事かと思ったけど、ただのニュースだった。しかも、全く興味が無い部類のやつ。
速攻で通知をスライドし、画面外へと消す。ふと横を見ると、桜もスマホを出して私の方をチラチラと見ている。
「…そうだ、桜の連絡先まだ知らなかったな」
「えっ! あ、お、教えるよ!」
「ふふっ、ありがと」
やっぱり。なんとなく察しはついていたけど、桜からは言い出し辛そうだったので私から振って正解だった。連絡先ぐらい、気兼ねなく聞いてくれていいのに。
「電話番号でいい?」
「も、もちろん!」
私は基本的にメッセージアプリを使わないので、連絡手段は通話を使っている。字よりも言葉の方が伝わりやすいと思う……。なんて思ったけど、実際は返信が面倒だったりするからなのは秘密だ。
私の連絡先に新しい番号が追加される。天海桜。つくづく思うけど、本当に良い名前だ。
「好きなタイミングで電話して良いよ、基本暇だし」
「分かった! ありがとう、あまね!」
「喜んでくれるのは嬉しいけど、真夜中とかは勘弁してね」
「もう! そんな事しないよ! ……多分」
最後に何かボソッと聞こえたけど、気にしない。
「えへへ……」
スマホを見ながらニコニコしている桜。あまりにも嬉しそうにしているので、なんだかこっちが恥ずかしくなってきた。私なんかの電話番号が、そんなに嬉しいものだろうか。
雨音に耳を傾けてしばらくすると、静かになった。窓から隣に視線を移すと、桜は眠そうにうつらうつらとしていた。頭がぐらぐらしているので、私の肩を貸してあげる。
「ありがとう…あまね……」
私の肩を枕がわりに、桜は眠り始めた。淡い桜色の髪がふわりと揺れ、甘い香りが私の鼻をくすぐる。
現在バスは三道を過ぎ、四布へと向かっていた。
すぅすぅと寝息を立てる彼女の寝顔は、とても穏やかなものだった。窓から射し込む夕日が、車内をオレンジ色に染める。
……おかしい。さっきから、私の心臓がうるさくてたまらない。何にドキドキしてるんだろう、私は。
胸の中に渦巻く感情。その正体を探ろうと黙考するも、答えは出ない。
『次の停留所は五地。五地です。お降りの際はお忘れものをなさらないよう、ご注意下さい』
「え…! もう五地なの…?」
いつもならもう少し信号に引っ掛かるのだけど、今日はスムーズに通ったみたいだった。
未だに幸せそうな顔で寝ている桜を起こす。バスはあっという間に停留所へ到着した。
「ほら、桜。私降りるから。また明日ね」
「あまね、ばいば~い……ふぁぁ……」
あいつ、放っておいたらまた寝るな。間違いない。
「すみません。お手数だとは思いますが、六坂についたら、桜を起こしてあげてください」
降車時にそう告げると、運転手さんは快く引き受けてくれた。車内の客は桜しかいないので、名前でも通じたようだ。
そして私を降ろしたバスは、夕日へと溶けてゆく。
「まったく…何で今日に限って早いのよ……」
走り去るバスに向かって、一人呟く。
胸の中にあった温もりは、ドロドロとしたなんとも言えない気持ちに上書きされてしまった。
黄昏を行く私は、重い足を引きずって家路を辿る。道端にある小石を蹴っても、非常につまらない。
一人で帰る道は、こんなに退屈だっただろうか。




