第三話 私のお願い、彼女の限界
お詫び:投稿忘れてました。すみません。
「桜って、私のお願いならどのくらいまで聞いてくれる?」
今日は水曜日。一時間目の授業(社会だった)を乗り越えた私は、桜にそんなことを問う。聞かれた桜は、少し思案して答えた。
「犯罪に関わる事以外なら、何でもいいよ!」
「へぇ、何でも…?」
「うん」
桜は髪と同じ桜色のシャーペンをくるくると回した後、こちらを気遣うような、心配そうな顔をした。
「何か悩みでもあるの? 相談に乗るよ?」
「いや、違うよ。なんとなく気になっただけ」
「そっか。……じゃあ逆に聞くけど、あまねはわたしのお願い。どこまで聞いてくれる?」
「そうね…」
考えてみると、なかなか難しい質問だ。桜の言う通り、犯罪はもちろん聞かないにしても、それ以外のお願いは全て聞けるかというと難しい。
例えば、購買でパンを買ってくる位なら容易だけど、学校を出て何キロも先にあるものを買ってこいだと、さすがに従えない。
まぁ、桜がそんな無茶を言うとは思えないけど。
「桜と同じで、犯罪以外なら基本的に聞くわ。あと、私に出来る範囲でね」
「やった…!」
なぜか喜ばれた。やっぱり何か企みがあったのかと勘ぐるも、桜はニコニコとしている。
「じゃあ、放課後……」
桜の発言を遮るように、チャイムが鳴った。出しかけた言葉を飲みこんだ桜は、正面に向き直る。
言葉の続きを催促しようと思ったけど、二時間目は数学だった。昨日の事もあり、教師の目は私と桜に向いている。
くそぅ。これじゃ、桜と話せない。
どうやって桜と話すか、思案を巡らせる。あれもダメ。これもダメ。案を思い付いては潰してゆく。
最終的に、授業を真面目に受ける選択をした。言葉の続きは、次の休み時間に聞けばいいからね。
「桜。さっき何を言いかけたの?」
授業の終了と同時に、桜に話しかける。
「えっ…えっとね、放課後……」
「放課後?」
「かえ……かえる……」
「かえる?」
かえる、蛙? 蛙がどうかしたのだろうか。桜はゆっくりと、言葉を振り絞った。
「かえる前に……図書室いこう…!」
「いいけど」
「あ、ありがとう」
まだ二時間目が終わったばかりなのに、放課後の話とは気が早い。フライング気味に交わされた約束を記憶し、私は次の授業の教科書を出すのだった。
退屈な授業と、楽しい昼食。そしてまた来る授業。それらは全て過ぎ去ってしまえば呆気ないもので、学校は放課後を迎える。
「それじゃあ図書室いこっか」
「あまね、案内よろしく!」
「よし、任せて」
荷物をまとめ、教室を出て廊下の突き当たりにある階段をのぼる。図書室は私達の教室のほぼ真上にある。教室は一階、図書室は三階だけど。ちなみに、二階には美術室がある。
「はい到着」
「ふう、我々は遂にたどり着いた…! この学校の頂点に…!」
「楽しそうで何より」
喜んでもらえたなら、案内した甲斐があったというものだ。あと、この学校の頂点は屋上だと思うんだが。
図書室はバス停と同じく、穏やかな時間が流れている。司書の先生も受付の図書委員も、静かな人なので、思う存分読書に集中できる。
私はほぼ毎日ここで、一人時間を潰してからバス停へと向かっていた。けど、今日から桜も一緒だと思うとなぜかウキウキする。
桜と一緒にいると、無条件に心地よさを感じる。もしかして桜から、α(アルファ)波でも出てるんだろうか。
椅子に座ってそんなことを考えていると、α波こと、天海桜が本を数冊持って戻ってきた。
「面白そうなの何冊か持ってきたよ。桜も読んでみる?」
「いいの? ありがとう」
積まれた本のタイトルに目を通す。どれどれ…。
『世界の猿大全集』
『海釣りの基本』
『できる! 超能力』
『会話を弾ませる十の法則』
う~ん……。
何とも言いがたいセンスに戸惑いつつ、一冊手に取る。これは『会話を弾ませる十の法則』か。
なんとなく読んでいる間も、滞りなく時間は流れて、気づけば時刻は四時三十分だった。
本を閉じ、桜に声を掛ける。
「桜。そろそろ出よう」
「あ、うん! ちょっと待ってね。本返してくる」
「手伝うよ」
二人で手分けして本を元あった棚に戻し、下駄箱へと向かう。靴を履き替え、校門を出るといつも通りバス停を目指す。
今日は幸い雨は降っていない。五月晴れの空には雲の一欠片も浮かんでいなかった。
爽やかな天気。涼しい風とは裏腹に、私の隣を歩く彼女は少しうつむいていた。その顔には少し陰りが見える。
「桜、大丈夫? 体調でも悪い?」
「ううん、元気だよ! ……はぁ」
ため息をつくなんて、やっぱり元気ないじゃないか。
「悩み? 私でよければ聞くよ?」
ってこれ、朝に桜が似たようなこと言ってたな。
桜は私の言葉に少し反応し、小さな声でゴニョゴニョとしゃべる。
「悩み……というか…お願い……というか……」
「私に出来る範囲でなら、何でもいいよ」
「じゃ、じゃあ言うよ…!」
一体どんな無茶ぶりをしてくるんだろう。桜のお願いは、そんな期待を覆してきた。
「手…手を繋いで帰りたいなぁ~……な、なんてね…!」
「手? はいどうぞ」
言われた通りに手を差し出すと、桜はびっくりしていた。
「い、嫌じゃないの!?」
「嫌? なんで? 別に手を繋ぐのなんていつでもいいけど」
むしろ私としては、お願いが想像以上に小さかったことに拍子抜けしていた。でも、私の反応に顔を赤くしている桜を見ると。相当勇気を出したんだと思う。偉いぞ、桜。
「し、失礼しまーす……」
おずおずと桜が私の手が握る。
小さく暖かい手を握り返すと、妙な安心感があった。なんというか、しっくり来る。 妹がいたら、こんな感じなのかなぁ…。
「なんていうか、晴れっていいね!」
「そうね。濡れなくて済むし」
天気の話を振ってきたと言うことは、話題に困っているときだ。と、図書室で読んだ本を思い出す。
実際。会話と言うのは共通の話題である話の種になるものがなければ成立しがたいものだ。これがシンプルながらも、なかなか難しい。
黙々としばらく歩くと、誰もいないバス停に到着した。いつも通りベンチに座り、私達を送り届けてくれるバスを待つ。
「本当に…今日はいい天気だね」
桜はポツリと呟くと、青い空を穏やかな眼差しで眺める。私もそれに倣い、空を見上げる。
彼女は何を見ているのだろう。
彼女は何を考えているのだろう。
私にはわからない。だから、言葉にする。
「ええ。綺麗な空ね」
今夜はきっと、月も綺麗に見えるだろう。