第二話 レッツ昼食!
桜と友達になった翌日、彼女の席が私の隣であることを初めて知った。
「あーまねっ! お昼食べよ!」
「おっけー」
「さあさあ、早く」
「ちょっと待ってて」
四時間目の授業が終わった途端、私は桜に(半ば強引に)誘われて一緒にお昼ごはんを食べる事になった。
お昼ごはんとは言えども、私の昼食はパンなのだが。
「よし、それじゃあ屋上に行こっか」
「おっけー」
桜と一緒に、学校の屋上へと向かう。五月の屋上は快適な気温を保ち、ベンチも多数あるため昼食にはもってこいの場所だ。当たり前だけど、結構人が居た。つらい。
「うわー…、みんな他に行く場所ないのかな」
「そんなこと言ってるけど、私達もその一員なんだよ」
小声でそんなやり取りをしつつ、端っこの方に空いているベンチを見つけて座る。
「ふぅ…」
「いい天気だねー」
「そうね」
私達は黙々とパンを食べる(桜もパンだった)。時折吹く風は爽やかなのだが、ジリジリと暑くなってきた。
「ねぇ、あまね」
「なに? 桜」
「このベンチが空いてたのって、もしかせずとも…」
「間違いなく、この日差しのせいね」
そう、時間帯が悪いのかはたまた場所が悪いのか。このベンチにだけ、五月の日差しが容赦なく降り注ぐ。
「うぅ…暑い…!」
「あまね、はいどうぞ」
「冷たっ! …あ、ジュースね、ありがとう」
くれるのはありがたいけど、いきなり首に冷えた紙パックを当てるのは勘弁してほしい。
ストローを差し、一口飲む。とても良く冷えたリンゴジュースだった。
「ありがと、桜。助かった」
「いえいえ、どういたしまして……」
「桜?」
桜は自分の食べていたパンをじっ、と見たかと思うと。笑顔で私の顔を見る。
「あまね、わたしの食べてるパンはあるものが入ってるんだよ」
「どうしたの急に?」
話の意図が掴めない私は、困惑するばかりだ。
「何が入ってるのか気になる?」
「うん…気になるけど。……何が入ってるの?」
「ふふふ、ずばり! 【明日の腰】が入ってるんだよ!」
「は?」
明日の腰? この暑さで桜の頭がおかしくなってしまったのかと思ったけど、違うらしい。言葉の真意を探る私に対し、桜はすぐにその答えをくれた。
「正解はね、とうもろこしだよ」
「???」
「えっと、明日はtomorrow。で腰。トゥモローコシ…とうも…ろ…こし……」
「………ああ、なるほど」
納得した私とは対象的に、桜の顔はみるみるうちに赤くなる。言ってて恥ずかしくなったようだ。そりゃ、恥ずかしいと思う。
現に私も太陽が気にならなくなる程寒く……もとい、涼しくなったから。
「桜のお陰で涼しくなった。ありがとう」
「お役に立てて…良かったです……!」
歓喜と羞恥が混じった複雑な表情をする桜。
やっぱり桜と一緒にいるのは、楽しい。
思いの外楽しかった昼食の後は、退屈な授業が待ち構えていた。
私の席は教室の一番左後ろ。そして、隣には桜の席がある。桜は真面目に授業を聞いているようで、ノートに黒板の内容を写している真っ最中だった。
(真面目だなぁ…)
窓の外に広がる空は、徐々に雲に侵略されつつあった。この調子なら、帰りはまた雨かな。
視線を机に戻すと、小さく畳まれた紙があった。開くと、これまた小さく可愛らしい字で、『今日も一緒に帰っていい?』と書かれていた。
わざわざ許可を取りにくるなんて、桜は真面目だ。……いや。授業中に手紙を書く奴は、真面目ではないか。
「もちろんOK…っと」
返事を書き、差出人である隣の机にノールックで投げ返す。カサカサと紙を開く音がするので、ちゃんと届いたらしい。
すると、また手紙が飛んできた。今度は何だろう?
『りんご→ 』
こ、こいつ……! 授業中にしりとりする気か? そう思い隣を見るも、当の隣人である桜ちゃんは(一見)真面目に授業を受けている。
私は『りんご→』の横に『ごま』と書き、返却する。そして、間髪入れずに手紙が返ってくる。
送って、返って来て、送って、返って来て。
人知れず白熱するしりとり。しかし、楽しくなってきたところで今は授業中であることに気付かされる事になった。
「柏木さん、天海さん。仲が良さそうで何よりですね……放課後、職員室に来なさい」
いつの間にか私達の近くに来ていた数学教師からの、熱烈なラブレター。
「「はい」」
当然、私達に拒否権は無かった。
コーヒーの匂いが充満する職員室から出て、私は早速ぼやく。
「はぁ~……疲れた」
「ごめんね、あまねも巻き込んで」
「別にいいよ。ちょっと楽しかったし」
「そう? なら良かった」
いや、三十分も説教食らったので良くはないか。
結局、降りだした雨に打たれながら、私達はバス停を目指す。五月晴れという言葉があるのに、最近はずっと雨が続いている。
神様はおせっかいだ。梅雨の前借りなんて、誰も頼んで無いのに。
「やっぱり、雨の音はいいね」
傘を弾く音に、桜はそんなことを言う。
「ええ。心が落ち着く。……ところで桜。なんで傘持ってきてないの?」
そう。桜は今、私と同じ傘に入っている。つまるところこれは、あいあい傘というやつだ。
「いやぁ、わたしが授業を受けてる間に帰っちゃったのかな?」
「要するに忘れたの?」
「そうだね」
「いつ気付いたの?」
「ええと…帰る前だね」
私は桜の返答にあわせて、ノリで問う。
「学校の傘を借りるという手段……どこにいった?」
「あまねのような勘のいい子は好きだよ…」
うわ。冗談とはいえ、落ち着いたトーンで好きとか言われると。なんかこう、心にくるなぁ…。
「そういえば。あいあい傘をしてるのに、どっちも濡れてないね」
「そうだね。桜が小さいからかな」
「あまね、それは体格的な意味だよね? 身長とか胸の事じゃないよね?」
「体格よ。強いて言うなら、肩幅?」
「だよね~」
そんな会話をしながら歩く道は、いつもと同じはずなのに、いつもより鮮やかに美しく見えた。