バタン、バタン…
その日は夕方から雨が降り出し、夜の十時を過ぎるころにはけっこうな土砂降りとなっていた。
「マン喫でもいくか」
踏切で足止めをくらったタイミングで友人にたずねる。
すると悪友ケンは見事な大あくびをしながら、セダンの助手席から面倒くさそうに吐き捨てた。
「帰ろうぜ。雨もじゃじゃ降りだし」
遊び仲間達との飲み会でしこたま飲んだくれた上、運転手に気をつかうそぶりもなく、またもや眠そうにあくびをかます。
いくら俺が下戸とはいえ、好きで足役をしているわけでもないのに。
基幹駅に挟まれた無人駅のすぐそばにあるこの踏切は、地元では開かずの踏切として有名だった。一度遮断機が下りれば鈍行列車しか停車しない寂れた田舎駅を鼻で笑うように、上り、下り、上り、と通過列車が連続することも珍しくない。そのためか、無理やりくぐり抜けようとして事故になることもけっこうあったようだ。
列車の通過を知らせる矢印が両方向についたことを確認し、時間つぶしもかねて少しだけケンをからかってやろうと思った。
「昔、ここで飛び込み自殺があったこと、知ってるか」
「ん。知らね」
「あったんだって。それも今日みたいな雨の日の夜に」
「ほ~……」
「それからというもの、こんなふうに雨の日に開かずの踏切の前で止まっていて、ふと外を見ると、窓ガラスに……」
「……」
「血まみれの女の顔が、バアッ!」
「わあっ!」
予想以上のリアクションに大爆笑してしまう。
ケンが怖がりなのは知っていたが、ここまでとは。
「あっはっは」
「ひでえなあ……」
すっかり酔いもさめてしまったらしく、ケンが血の気の失せた恨めしそうな顔を向けてきた。
「わるい、わるい。俺も前に先輩にやられたんだ。見たらついてくるぞとか言っていたけど、まあ、都市伝説の類だろう」
「ほんとによお……」
いまだ、顔色がすぐれない理由を直後にもらした。
「ションベン……」
「我慢できないのか」
「今すぐ出そうだ。おまえのせいで」
「わかった、わかった」
左手にある駅の外にはトイレが常設してあった。踏切からは百メートルもないだろう。
「いってこいよ。もし動いたら、少し先で待ってるから」
「おう。ちょっといってくる」
「トイレから変なの連れてくるなよ」
「だからやめろって!」
土砂降りの中、ケンがトイレ目指して猛ダッシュしていく。
日曜のこの時間ともなれば利用客はほとんどおらず、民家もコンビニも近くにないので人影はまずない。明かりも駅の周辺がぼんやりしているだけだった。
雨のせいもあってか、常夜灯の光はよけいに薄暗く感じられた。
バタン、バタン……
大量の雨を引き連れ、用を済ませたケンが駆け込んでくる。
「うわー、びしょびしょだ」
差し出したタオルを受け取ると、ケンはガシガシと雨に濡れた頭をかきむしった。
幸い後続車はなく、その間に遮断機が上がることもなかった。
ほどなくして三本目の列車が通過し、遮断機が上がる。
足止めから解放された俺達は、それからしばらく無言だった。
やがてどちらからともなく口を開く。
「やっぱり、どこかいく」
「そうだな」
「マン喫でもいくか」
「いいな」
踏切を通過してから一度もミラーを見ていない。
それはケンも同じだった。
俺達は前だけを見ながら、わざとテンションの高い会話を、途切れることなく続けた。
あえて後ろを見ないようにしていたのには理由があった。
俺達は気づいていた。
あの時、ケンが用を済ませて車に戻ってきた時の、ドアが閉まる音を。
バタン、バタン、と二回。
「久しぶりだな、あのマン喫も」
「久々にオールといきますか」
「よし、朝まで爆睡だな」
「寝るのかよ」
朝になったらケンと二人でどこかの神社にお祓いにいくつもりだった。
できたら、それまでに後ろの何かが帰ってくれればいいのだが……
了
小ネタです。
賑やかし程度のものだと思ってお目こぼしください。