第八話 宿舎の四人
大牛が住んでいる竹の宿舎は四人どころか二倍の人数でも事足りる広さの、もはや小屋とは言えない建物だった。中に入ると、細い廊下を左右対称に寝室があり、廊下をそのまま進んでいくと両寝室の裏に当たる空間に出て、『丁』の字のような作りになっていた、そこには煉瓦作りの釜戸が設けられていた。寝室にはそれぞれに大人が四、五人並んで寝れるほど大きい床があり、床に面して窓があった、その窓から内側に台が伸びていて、椅子を置けば机代わりになった。
「でっけー」っと驚きの声を漏らす聖。
「これなら三、四人どころか十人くらいでも足りるんじゃないか」と多米。
「生活に必要な設備や道具も一通り揃ってるな」部屋の中を調べて言う晧。
「ねえ、みんな、僕は今左の部屋を使ってるけどそれでいいかな、ちょうど部屋が二つあるし二人ずつで住もうよ、だから三人の中で誰が僕の部屋に来るか決めてよ」と大牛。
「なら、僕と多米、そんでこの脳筋単純バカがえっと..大牛君?でいいのかな?と一緒でどう?」
「僕は全然構わないよ」と大牛。
「誰が脳筋単純バカだ?!」晧の言い分に反応する聖。
「俺も晧に賛成だ」と多米。
「じゃあ、部屋の分配も済んだことだし、ちょっと自己紹介でもしようか」と聖を無視して話す晧。
「おい!、無視するなよ!」と聖。
「まあ、まあ、皆これから一緒に住んでいく仲なんだ、仲良くしようぜ」と多米。
「そうだよ、なんでそんなに仲が悪いのかわからないけど仲良くしようよ」と大牛。
「こいつがこれからインチキを辞めるって約束してくれたら考えてやる」と聖。
「僕が何をどうしようがお前には関係ないだろ!」と晧。
「おいおい、もうその辺にしとけよ、二人とも。大体朝から気になってたけどインチキってなんのことだよ、ちょうど自己紹介がてらそこから説明してくれよ」疲れた口調でそう切り出した多米。
「俺は聖、年は十三歳、ここの近くに有る鉄魚って港町の出身だ、実は昨日...」聖は晧との遭遇を語った、晧が字が読めないおばちゃんに対して文字数を誤魔化していた事を簡潔に話した。 「...ってわけでこいつはインチキ野郎なんだよ」。
「だから、文字数を増やしたって僕の方が結果的に安かったんだって」一方的に悪者扱いされた事に晧は反発する。「みんな僕の言い分も聞いてくれよ」と晧は自分これまでのの経緯を語った。
晧は王正が木蘭村から去った後、自分も王正の様に成りたい、そして鳳来山に来て修行したいと父親に申し出たが、その願いは思慮無く却下された。それもそのはず、十三歳そこらの子供が仙人修行をしたくて遠出させろと言われて、はいどうぞと言う親などどこにもいないだろう。晧は仕方なく村長の父親の所で保管してある村のお金を盗んで独り身で村を出たのだ。道中鳳来山の情報や方角を尋ねながら、千辛万苦宝山市までたどり着いた。晧はこれで鳳来山で弟子入りできると思い此処まで足を運んだが、門は閉ざされており、後から此処は年に一回しか入門出来ないことを知った。仕方なく生活費がなくなってきた晧はどうにか入門開放日まで食いつなごうと手紙代書の商売を始めたのだ。他の人と比べてまだ子供の自分はお客を取るために破格の値段で商売をしていた、そんなわけでもし毎封簡潔に書いていたら生活が成り立たないので少し文字数を増やして書いていたのだ、ただ、文字数を増やしても一般の所よりは安く仕上がる様に計算しながら書いていた。
「なるほどな、聖は晧が不正をしているのが我慢ならなくて、晧は生活がかかってるから、なるべく少しでも多く収入を得たかったわけだ。確かに聖の言う通り文字数を誤魔化した晧も悪いが、それでも他よりは安く書いてると配慮していた晧にも一理ある。なあ聖、実は俺も晧に手紙を書いてもらった事が有るんだよ」
と多米は自分が晧との出会いを語った。多米の家は貧困層から見ても貧しい家庭で、多米を入れて兄弟四人を母親一人で育ててきた、上に兄が一人と下に妹が二人いた。父親は多米が小さい頃に他界していた、母親も長年の疲労で去年無くなり、妹二人は当地のお金持ちの家に侍女として自分たちを売りつけた。そのお金を兄二人に生活費としてあてがった。一番上の兄は成人したので軍に入って少ない食い扶持を多米に仕送りしていた。多米も成人したら軍に入ろうと考えていたが、仙人修行の事を聞いた。軍では自分の生活はまかなえても妹たちを買い戻すお金は稼げない、だから仙人修行して偉くなったらいつかは妹たちと兄と又四人で暮らせるかもしれない。その思いを抱いて宝山市までやってきた。出宝山市まで無事についたと言う知らせを妹たちに送るために手紙代書を探していた所に、安く代書してくれる子供がいると聞いて晧に手紙を代書してもらったのだ。
「その時、晧は手紙を二通書いてくれてな、代金は二文しか要求しなかったんだ」
「え?二文だけ?」傍できいてた大牛が驚きの声をあげた。
「ああ、二文だけ、一文字分の料金だ、それで手紙を二通書いてくれたんだ。この意味が解るか聖?」
「.....」
「俺が言いたいのは、晧はちょっとずる賢い事をしてたかもしれないけど、根はいいやつって事だよ。それに晧にも事情があったんだから解ってやってくれよ」
「ああもう、面倒くせーな、わかったよ、もうインチキ呼ばわりしねーよ」
「晧も、聖に対してもう悪態つくのはよせよ、いいな」
「わかった、わかったよ、もう敵対するのは止めるよ。所で、大牛君はどんな事情で此処に来たの?趙さんが言うには大牛君も今回の合格者なんだよね」
「大牛でいいよ、僕は君と聖と同い年だから、そういえば多米君は何歳なの?」
「ん、俺は十五だ、でも直接多米と呼んでくれ」
「そっか、じゃあそうさせてもらうよ。僕は此処に二か月程前に来たんだ、でもつい二日前までは本堂にいたんだけどね」
「え、じゃあなんでまた俺たちとこっちに?」と聖。
「あ、うん、実は....」大牛は自分が父親と帰り道に戦いに巻き込まれた事を語った。、大怪我をして気を失ったあと気がついたら自分の家にいて、道中助けてくれた鳳来山の男女、東鉉と詩月が両親と何か相談していた。東鉉と詩月は大牛を鳳来山で修行させたく両親の許しを貰っていた。大牛の家も裕福な家柄ではなかったし、仙人様の下修行できるのならそれに越したことはないと思いそれを承諾した。こうして大牛は東鉉と詩月と福老と呼ばれる蝙蝠の羽をもった化け物の姿をした男を連れて鳳来山まで来た。その後詩月の下で霊気を集める基本な仙術を習い、毎日のように霊力を高めていた。詩月は大牛に自分の黒煉瓦を与え、使い方を教えた。他の仙術も伝授しようとしたが、大牛が読み書きができない事を知り、二日前に彼を趙さんの手に預けて一年間は学問の勉強をさせることにした。
「え?じゃあ大牛今持ってんのその黒い煉瓦?ちょっと見せてよ」と晧。
「え?いいよ」
そういって手を宙にかがげた大牛、すると大牛の部屋から「シュッ」っと音がして黒煉瓦が大牛の手元に飛んできた。
「すっげー」初めての仙術を目にした聖が驚きの声を上げた。
「なあ、なあ、それって僕たちにも出来るかな」興奮で声を震わせながら聞く晧。
「う、うーん、それは僕にもわかんないや、でも霊気を集めて霊力を高めればいろんな事ができるようになるとは詩月様から聞いたよ」
「なあ、さっきから言ってるその霊気や霊力ってなんだよ、昼間趙さんも柳の試験でそんなことを言ってたよな、俺たちには全然足りなくて、大牛、多米、そして李墨のやつしか十分に持ってなかったんだろ」聖はそれがずっと気になっていた、李墨に初日から出遅れた原因になった霊気とはいったい何なのか気掛かりで仕方なかった。
「霊気はねえ..」
「霊気は生き物の中に存在している一種の力で、生命力みたいなもので、その霊気を体内に取り入れてその者の力にするんだ、それが霊力」
大牛が答える前に先ほどから口を開いてない多米が淡々と説明した。
「ん?どうした、みんなそんな顔をして」
三人はぽかんとした顔で多米、を見ていた。
「う、うん多米、その通りだよ」と大牛。
「やけに詳しいな」と聖。
「多米ってもしかして仙術を使えたりするの?」と晧。
「え?あ、いや、ほら此処に来る前に色々調べたからさ、だから基礎的な事をちょっとは知ってるだけだよ」
「なんだ、そうだったんだ」少しがっかりな口調でそう呟く晧。
「そうそう、そんなことより明日からどんな事が待ってると思う。趙さんが言うには霊力を高めるための修行をしてくれるらしいし、そしたら晧と聖もすぐ俺たちに追いつくんじゃないかな」話題をそらす多米。
「大牛は何か知らないか?」と聖。
「修行内容とか知ってたら教えてよ」と晧。
「うーん、さあ、僕もずっと本堂の方にいたからこっちの事はわかんないよ。ねえ、聖、君に聞きたいことが有るんだ」
「ん?なんだ?」
突然真面目な顔つきになった大牛にそう聞かれて少したじろぐ聖。
「李墨ちゃんとはどういう関係?」
「え??!!」
思いがけない質問が飛んできてあっけに取られる聖。後の二人もこの質問の意図が分からず眉を寄せて大牛を見詰めた。
「どういう関係?うーん、張合い相手?好敵手みたいな感じだな」少し考えた挙句その関係が一番妥当だと思った聖。
「そっか、李墨ちゃん、可愛いよね。でもさ李墨ちゃんもいいけど皆見た?、あの背の小さいおさげの女の子、胸がすっごい大きかったよね」
「え??」と三人とも驚きの声を漏らした。この美少年の口から卑猥な一言が出るとは思わなかった。
「明日あの子と知り合えたらいいな~名前なんて言うんだろ。あとさ、花柄の服を着た子も可愛かったよね、その子とも仲良くなりたいな」
白昼夢をみてるような顔つきになった大牛を三人は唖然とお互いに視線を交換した。まさかこの美少年の頭の中は女の子の事ばかり考えてたなんて誰が思っただろうか。
その晩、四人は仙人達の噂や仙術などの話で盛り上がった。大牛は時々女に関する爆弾発言を入れてくるが少年達はこれから来る仙人修行に心躍っていいた。
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