第六話 柳の試験
塀の中に入ると、数百人が同時に集まっても事足りる大きな広場のようになっており、その周りを繁々と生えている木々に囲まれて、外からでは中の様子はわからないようになっていた。
この広場には不自然と大きな柳の木が一本生えており、その近くには竹でできた小さな東屋があった。一行はその東屋に向かって導かれていた。近くまで行くと、その東屋に誰かがいるのが見えた。その者は東屋の陰で背中をこちらに向けて寝ていた。体系からして男だと判断でき、薄汚い灰色の服を着ており、その色が陰の色とうまく溶け込んでいたせいで遠くからは見えづらかった。
先頭の引率者は東屋の前で立ち止まって、礼儀正しく拱手をして、
「趙さん、今年の弟子入り志願の者たちを連れてきました」
と、そこで寝ている者に報告した。
その趙さんと呼ばれた男は「う~ん」とだらけた声を出しながら体を起こし、皆の注目の中、ゆっくりと背伸びと欠伸をしながら群衆の方に向いた。趙さんは四十前後の見た目で、手いれさてない雑草みたいに伸びた無精ひげの所々で白髪が混じっていた。両目は半開きになっていて、まだ眠いことを主張していた。
「ブッ!」
と大きな音で放屁をしながら趙さんはその眠たい両目で群衆を見渡し、やる気のない声で先導者に言う。
「あー、はいはい、有難う、後は俺がやるからもう帰っていいよ」
趙さんも彼の放屁を聞いた先導者も放屁についてはまるで何事もなかったような振る舞いで事を進める。先導者は帰りの許可に対しては小さく頷き、無言で森の中に続く道へ入っていった。
趙さんはだらしない衣服の中に手を入れて、体をポリポリ掻きながら、
「えー突然だが皆には一応入門試験をやってもらう、その試験に合格した者を弟子として認める」
趙さんは残された三百人近くの人達に向かって何の前触れもなく唐突にそう告げた。その一言で群衆はざわついた、そのざわつきを気にする様子もなく趙さんは続ける。
「あそこの柳の木があるでしょ、はい、みんなその木の前で一列にならんで」
そういうなり、彼はひとりでに柳の木に向かって歩き出した。群衆は入門試験が何なのか不安ながらも彼の後に続いて柳の木まで集まった。
柳は豊な緑の葉を付けている枝たちを長く垂れさげて、まるで近くまで集まってくる来客を物静かに待っているようだった。その太い幹には一本の太い釘が打ちつけられており、その釘から約二尺(六十センチ)ほどの団扇らしきものがぶら下がっていた。
趙はその団扇を手に取って、集まってきた人だかりの一番手前にいる男性に渡した。
「はい、これを持って。 柳を囲んでいる四つの岩あるでしょ、その岩より中に入らずにこれで柳を扇いでみて」
柳の木は地面に置かれた四つの小さいなスイカ程の岩に囲まれていた。その四つの岩には何やら赤い呪文が書かれた黄色い札が張られていた。
手渡された大きな団扇を持った男性は困惑した表情でそのままそこに棒立ちしていた。
「何してんの、ほらはやく柳を扇いでみて。あ、でも両手でそれ持ってね、これ決まりだから」
趙はなんの説明もせずに彼をせかした。
「は、はぁ、わかりました」
なにがなんだかわけがわからないまま、男は言われた通りに両手で団扇を持って柳に向かって扇いだ。頑丈な団扇から柳に向かって力強い風が押されだされたが、驚いたことに柳の枝どころか葉さえも時間が止まったかのようにピクリとも動かなかった。
「はい、次の人」
横で結果を見ていた趙は予想道理だと言わんばかりに怠けた声で次の人を呼ぶ。人々は言われたままに両手で団扇を持ち、扇ぐ、後ろの人に渡してまた扇ぐ。誰が扇ごうと柳の木は微動だにうごかない、葉っぱ一枚動くこともない。半分以上の者が扇ぎ終わったころ、聖の順番になった。
聖はなかば緊張気味に団扇を両手で握りしめて「うっし」と小さく気合を入れて柳を力一杯扇いだ。結果はやはり前の人と同じく反応皆無。眉間を寄せながら後ろで自分の番を待っている李墨に団扇を渡した。李墨は渡された団扇の心地よい重みを両手に感じながら柳の木に向けて振り落とした。
「ブアァーッ」と風が団扇からうふきだした。その風は容赦なく柳の枝を揺らし、葉を擦りあわせ「サァー」と気持ちよい音を鳴らせた。
「おおーっ!」
見ていた人たちから歓声が上がった。
趙さんは先ほどと打って変わって、両目を大きく見開き、異形なものを見ているかのような表情で李墨を見詰めていた。
「え?」
李墨も自分の出した結果に驚いていた。
「君、終わったならこっちに来なさい」
趙さんは驚きから我に返った様子で、先ほどの眠い口調で李墨を傍まで呼びつけ、又次の人に視線を戻した。
そして柳は又無反応に戻り、最初と同じ風景が繰り広げられた。
三百人の行列も後方に近づき、つぎはぎ姿の多米の番がやってきた。
多米が柳を扇ぐと、李墨ほどではないが風が団扇から「ふぁ~」と吹き出し、優しく柳の葉を揺らせた。
観衆からまた「おおー!」と歓声が上がった。
趙さんはまたもや険しい顔つきで多米を見詰めると、彼を李墨と一緒に立たせた。
最後に晧と左手が親指しかない美少年が残ったが、それを見た趙は、
「大牛、お前もこっちに来なさい」と大牛を李墨と多米の所まで呼びつけた。
最後に晧だけが残り、三百人余りの注目の中、柳に向かって全身の一振りをかました。そしてその後すぐに三百人の仲間の一人に加わった。
「はい、これで全員だね」
団扇を柳の幹に掛けなおして趙は続ける、
「えー、さっきのが『柳の試練』と言う、まあ入門試験みたいなもので、もう察したと思うがこの団扇で扇おいで柳を動かせたら合格、弟子入りを許可する。他の者は全員失格」
「えーっ?!!」と失格組から驚きの声がが上がった
「な!?、なんだそれ?なんで先にそれを説明しないんだ?!」
「そうだ、そうだ、説明してくれたらもっと力一杯やったんだ」
「そうよ、こんな結果は受け入れられないわ。それに最後の子は試練をやってないじゃない?!!」
試練結果に不満を持った群衆は口々に悪態をついた。
聖の内心は焦燥感に駆られていた。朝方李墨に仙人修行では負けないと言った矢先に弟子入り試験で落ちたら元も子もない。聖と同じように焦燥感駆られてる晧は頭を素早く回転させて打開策を考えていた。
趙さんはめんどくさそうに耳をほじりながら騒いでいる群衆が静かになるまで待った。皆が少し落ち着きを取り戻したところでまた話しはじめた。
「いいか?この柳は『凪の陣』っつう仙術で作られた結界で外部からの風を遮断してるんだ。そしてさっき使ったのが『芭蕉扇』と言う法器で、人間の体内にある霊力を吸って風を起こすことができる、霊力が多ければ多いほど風がその分強くなるんだ、もし凪の陣を突き破れるほどの風を起こせる霊力が有れば本格的に仙人修行ができるんだ」
「じゃ、じゃあ、その霊力がない者はどうるんだ?」誰がが皆が疑問に思っていることを聞いた。
「それを今から説明するから静かにしてて」趙は咎め口調で質問をした者に一瞥してつづけた。
「霊力が要求量に達していないものでも、鳳来山に残って霊力を高める修行ができる。ただし、週六日、一日に最低七時間労働してもらう、それが鳳来山で霊力を高める修行の代価だ。そして最低一年間は此処に残ってもらう、その間、許可なく外出することは許されない。この条件でいいのなら残ればいい、嫌なら今帰ってくれ、じゃなきゃ次回此処を出れるのは来年の今日だ」
晧と聖はこの事を聞いて内心安堵した。
東屋の専門用語を見つけるのに手間がかかりました。
現代社会においては公園などの場所でちょっと休めることができる所ですね。
長さに関して此処でちょっと説明します。
一丈は約3m=10尺
一尺は約30cm=10寸
一寸は約3cm