第十八話 太公望の墓地
翌日朝早く晧たちは曹康たちの出した鳥に乗り、太公望の墓地へ向かった。
二時間ほど飛んでいると人気(人気が)少なくなり、その周りに小さな農家が所々見えた。
「前方の大きな丘が見えるだろ、あそこが太公望様の墓地だ」
前方の丘を指さして江里が言った。
「墓地ってあの丘全部ですか?」と晧。
「ああ、太公望様の墓地の規模はもはや宮殿並みだからな」
四人は前方に見える丘を目測したが、少なくとも半里(二キロ)は有った。
一同は丘の前で降りた、そこにはすで道士服を着た者が集まっていた。
「労水の者達だ」、と江里がそうつげた。
労水の術師たちはみな同じ色の道士服を身にまとってはいたが、やはり手にはいろいろな法器を持っていた。
彼らは鳳来山の一行がちかづいてくるのに気づくと、中から大柄な道士が代表として曹康に挨拶した。
「これはこれは曹康様、今回曹康天師様が自らいらっしゃるとは小生たちは心強い限りです」
曹康も拱手して友好な口調で挨拶を返した、
「ははは、これは永谷殿ではないか、今回は師匠たちは来ておらんのかね」
「は、この永谷今回の任務では労水の術師をまとめる役を申し打ております、お師匠様はどうしても手が離せない用事がございまして今回は非力ながらも小生が力沿いさせていただきます」
「おい、餓鬼、てめーふざけんなよ、今回の件はてめーら労水が持ち掛けてきたんだろ、それなのに若い衆だけ送り込みやがって、どういう了見だ」
曹康の近くに居た詩月が永谷の言い分に腹が立ち不満をぶつけた。
「申し訳ございません詩月様、今回の件、お師匠様も参加したかったのですが、どうしても手が離せないことができてしまい、小生を送り込んだしまいです。この件は又改めて謝罪するとお師匠様も皆様に伝えてほしいと言ってました」
「はは、よい、若い者の中でも一位のおぬしを送り込んできたと言う事は本当に何か重大な事で手が離せないのだろう、詩月も困らせてやるな」
「まあ、曹康の兄者がそう言うならいいけどよ」
「今回、儂ら鳳来山の修仙流派以外に徐州の流派も参加するのかのう?」
曹康は永谷に尋ねた。
「はい、やはり太公望様の墓地は此処徐州の聖域なので『飛龍山』(ひりゅうざん)の皆様が合流する予定です」
「ほう、飛龍山の者達が動いたとなると心強いのう」
飛龍山は徐州の第一の修仙流派であり、ほとんどの者が武道派の術師で、普段は九州大地のあちこちに出回り妖怪退治をしている流派で、余り流派同士の集まりには参加しなかった。
「はい、さすがに太公望様の事となると見過ごせないのでしょう」
「うむ、そうじゃのう、それで彼らが来るのを待とうかのう、その間うちの者にも挨拶をさせよう」
曹康は鳳来山の術師たちを労水の者達と交流させた。江里は前に出て永谷に拱手して挨拶をする。
永谷も江里を覚えているようだった。
江里が晧たちの所まで戻ると「彼が前に言った永谷だよ、此処数年でまた実力をあげた様子だよ、もう天師級までたどり着いたんじゃないかな」
「すごい人なんですね」と晧。
「ああ、此処数十年で一人の逸材だよ、うちでも若い者の術師で彼が一番仙人に近いって噂だからね、今回彼の師匠たちが来てないところを見ると彼が何かの法器でを駆使して飛んできたのかな、それに六十人近くの人をかれ一人で連れてきたとは思えないけどね」
「じゃああの中に天師級の人達が居るってことですか」と晧。
「ああ、労水の若い衆の中で一番の実力者はぜったい彼だと思うが、それでも此処数年で力を付けてきた者はもっといてもおかしくないね」
「なあ江里さん、なんで墓に入るだけなのにこんな大がかりな人数で挑まなきゃならないんだ、とっとと入ってその打神鞭を取りだせばいいじゃねーか」と聖。
「聖君、今回の事はきみが思っているほどかんたんじゃないんだ、まず太公望様の墓地は墓粗しを防ぐために何重にも施された罠や仕掛けが施されて、一般人じゃあ入ることもできないようなところなんだ、そして妖族の襲来となったら彼らと大きぼな戦闘になるかもしれない、だから術師を集め、万全な対応で挑まなきゃならないんだ」
そうこう話しているときに空から獣の叫び声がした、空を見ると、そこには生きた大きな鷲が数匹こっちに向かって飛んできた、その鷲の中に一匹だけ翼を生やした獅子がいた。上には人が乗っていた
「飛龍山の者達だ」江里がそう呟いた。
鷲の群れは獅子を先頭に急降下して、皆の前に降りた、そして口ひげを生やした中年の巨漢が獅子から降りた。
その者は筋肉隆々で顔に大きな傷跡があり、いかにも幾多もの戦場を切り抜けてきたものの風格が有った。
後ろから降りてきた鷲の背中からもひとりひとりがまるで兵隊の様な風貌をもった男たちが着いてきた。修仙者ではなく一見訓練された軍隊の様だった。
「おお、これはこれは陳英殿」
巨漢を目にした曹康は礼儀正しく拱手して挨拶した。
「おお!曹康殿!数十年ぶりでございますな!」
曹康に対して陳英も拱手して挨拶を返した。
「ところで詩月さんは来ておらぬのか」
と曹康との挨拶を交わした陳英群衆を見渡し詩月を探した。
「おお!そこにおられたか詩月さん!」
詩月は彼の獅子が空に現れた時からなるべく目立たないように人混みの中に紛れこんだが、やはり陳英に見つかった。
陳英は周りの目を気にせずずかずかと詩月に歩み寄った。
「近寄るな、変態!」
詩月はまるで汚物でも見るかのように近づいてきた陳英を避け始めた。
「詩月さん、私の恋文は届きましたか、読んでくれましたか」
「あんな気持ち悪い物誰が読むか!」
逃げ回る詩月を見て晧たちはあっけに取られた。
「どういうことですか江里さん」と晧。
「ああ、あの人は飛龍山の天師の一人でね、見た通り力押しの武力野郎で、ずーっと昔に詩月さんにコテンパンにやられてそれから詩月さんに惚れたとさ、それからずーっと恋文を送り込んできては交際や求婚をし始めて、なんども何度も拒否されてもああやって追い続けてるんだと」
「へー、なんかまるで誰かさんみたいですね」とちらっと聖の方に視線を送り呟く晧。
「ん?なんだ」晧の目線を感じて反応する聖。
「いや、何でもないよ」と晧。
「あの、陳英様、そろそろ太公望様の墓地について案内をしてもらいたいのですすが」
永谷がいまだに詩月と追いかけっこをしている陳英を呼び掛けた。
「おお、そうだな、すまん、詩月さんの美貌についつい引かれてしまってな、それでは詩月さん、今回の任務が終わったらまたゆっくり話しましょう」
そう言い残し彼は曹康と永谷のもとに戻った。
三人は今回の作戦を練った、最終的には鳳来山の二十人、労水の六十人と飛龍山の十人の計九十人を三つの部隊に編成して太公の墓地の東、南、北の入り口からそれぞれ入り、中心部である太公望の棺まで到着する計画になった、何でもこの墓地は徐州の聖域であり、飛龍山のものも中心部まではたどりついたことがないと言う、だが、墓地の維持を時々することがあり、入ってからの構造は心得えおり、待ち構えている罠や仕掛けの構造も熟ししていた。
晧たち五人に趙さんともうひとりの鳳来山の弟子が加わり、さらに飛龍山の三人と労水の二十人余りで北の入り口から入ることになった。
陳英は詩月と一緒の組に成りたいと言い出したが、結果的に永谷と一緒に南の門から入ることになった、曹康と詩月が東の門を攻略することになり、三つの組は分かれて墓地に入った。
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墓地に入ると、そこはもはや地下宮殿だった、薄暗かったが、中は開けており、足元から、壁、そして天井全部が煉瓦で奇麗に敷き詰められ、整理も滞りなくされていた様子だった。
「お前ら全員霊力展開して防護壁を作れ、こっからは用心していくぞ」
天師の趙さんがこの班の統率者になった、彼は皆に霊力を随時展開させ、基本的な防護壁を作る様に命じた、この防護壁は仙人修行をする者が一番最初に覚える仙術で、体を霊力で覆い、防御するものだった、その出した霊力が光の様に輝き、外部からの攻撃を防いでくれるのだ。
大牛があの夜見た三つの光がこの防護壁を発動していた状態の者だった。
一同は各々霊力を発動させる、体から少し白い光が灯り、周りを照らす、趙さんと江里だけは光らなかった。
「江里さん、なぜ防護壁を展開しないんですか」と晧。
「いや、僕と趙さんはてんかいしてるよ、だけど僕らが使っている防護壁は術式によって自分の霊力を使う物と違って、周りの霊力を集めて体を覆う方法を取っているんだ、だから今君たちが漏らしている霊力を集めて使っているってわけ」
「なるほど、趙さんと江里さんは術式を得意としますもんね」
「ああ、これなら、少しでも霊力を温存できるだろう、いざって時に備えてね」
一同はさらに奥まで入った、そるとそこには四十人ほど、同じ格好をした者達が同じ体制で彼らを待ち構えていたのだ。