第十七話 会話
「羽傲様、少しやりすぎではありませんか」
人影から優しい女の声が出た。
「こうでもしないとあのじゃじゃ馬娘にはつうじん、今回の任務成功すれば我々が『忠義殿』での威厳を挙げる絶好の機会だとお前も承知しているだろ」
人影から仕方のないような軽いため息が漏れた。
「羽傲様、お嬢様と戦った相手、仙術らしきものを用いていたという情報がございます」
「だろうな、今回、打神鞭を強奪する計画は我々の中に裏切り者が居ることが明らかになったな」
「ええ、その者はかなりの実力者だと思われます、少なくとも私と互角、もしくはそれ以上の実力者かもしれません」
「ふう、お前と同等に張り合える者なら厄介だな、我々妖族の中でもお前ほどの者は数が知れているだろう」
「ふふ、実力を隠しているかもしれませんよ、あなたのようにね」
「っふ、そうかもな、これからはさらに用心しないとな、これからも羽燕を頼む」
「ふふ、やっぱり心配なのね、でも安心して、私の命に代えても、あの子を守りとおすから」
「...すまない恩に着る」
「あなた様は今回の任務に集中してください、お嬢様の身の安全は私に任せてください」
「ああ」
人影は音もなくその場から消えた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
町はずれの小さな旅館。
晧たち四人は今日の遭遇を江里に相談していた。
「じゃあ、その赤い服の少女はなんの躊躇も無く切りかかってきたのかい?」
「はい、聖の反応が早かったからよかったものの、他の者なら間違いなく殺されていたでしょうね」と晧。
「私と数合打ち合った男もかなりの手練れでした」と李墨。
「僕の黒煉瓦を見ても驚かなかった所を見ると仙術も分かっていたような気がします」と大牛。
「他の流派の者って事はないのか」と聖。
「うーん、他の流派の者ではないと思う、仙術修行をしているところは一般人に向けて切りかけるような輩は出ないと思うな」と江里。
「じゃあ、江里さんはどう考えているんですか」
「僕が思うにたぶん妖族の者だと思う」
「妖族!」
「ああ、妖族は修行方法から観念まで僕らと違い、それほど命を大切にしない傾向がある」
「だからいきなり切りかかってきたのか」と聖。
「うーん、まあ断言はできないけど、一応趙さんや曹康様に報告はしておくよ。君らもこれからは気を付けるようにね、今回は引いてくれたのはいいけど、もし妖族の実力者たちに出会っていたら、君らは返って来れなかったかもしれないよ」
「はい、わかりました以後気を付けます」
「じゃあ、君らも早く休みなさい、僕は趙さんたちと相談してくる」
そう言い残し江里さんは部屋を出た。
「しっかし今日はすごかったな」と聖。
「ああ、李墨ちゃんの武器は何だったの」と晧。
「これは私の法器で帯として腰に巻き付けることが出来るけど、私の霊力を流せば、布の様に柔らかくなったり、金属化して剣に成ったりできる、私はこれを『軟剣帯』(なんけんたい)と呼んでいる」
「すごいねー、それに流石李墨ちゃん、見事な剣術だったよ」と大牛。
「そういえば晧、お前その筆ってまさか倉庫掃除してた時の物か」と聖が今日晧が武器替わりに使っていた筆の事に触れた。
「あ、うん、あの時の使えものにならなかった霊力を流すと乾く筆だよ」
「なんでそんなもん持ってんだよ」
「趙さんが好きなのもらっていいって言っただろ、だから筆ならまだ使えると思ってもらったんだよ、大牛はちゃんとした法器が有るだろ、僕も法器が欲しかったんだよ、こんな物でも何かの役には立つと思ってね」
「ちぇっ、じゃ俺だけかよ何も持ってねーの」と自分も何か貰っとけばよかったと思う聖。
「今回の任務が終わったら、又竹の里に有る倉庫から何か貰ってくればいい」と晧
「なんの話だ?」と李墨。
「ああ、李墨ちゃんは知らない事だったね」と大牛。
三人は、二年前に柳の試練のあと倉庫の掃除の任務に就いた事、その倉庫に眠っていたのは法器だったことなどを李墨に話した。
「なるほど、そう言う事なら」
李墨は自分の懐から小さな指輪を取り出した。その指輪は半透明な白色で、まるで動物の骨からできているようなものだった。李墨はそれを聖にわたして、
「付けてみ」と言った。
聖は右手の人差し指につけてみた、その指輪の大きさはぴったり聖の人差し指にはまった。
「霊力を流してみて」
聖は言われた通りに少しだけ自分の霊力を指輪に流した、すると指輪から薄っすらと光が灯った。
「その指輪を付けながら、そうだな、あの布団に向けて拳を撃ってみて」
李墨は寝台にたたまれていた布団に指さして聖にそう言った。
聖は言われた通りに布団目掛けて拳を打ち出した、すると先ほど光り出していた指輪から小さな光の塊が打ち出され、布団に当たり、布団にぼふっと音を出させた。
「おお」とその光景を見て小さく驚きの声を漏らす晧と大牛。
「これは?」と自分の指にはまっている指輪を見ながら李墨に尋ねた。
「それ神獣のあばら骨で作られた法器で術者の霊力を飛ばしたりできる物なの、ふふ、どうせあんたの事だろうと思って、至近距離の戦闘術しか習ってないんでしょ、これなら遠距離攻撃も出来るんじゃない」
李墨の説明を聞いて感心しながら指輪を眺める聖。
「それ欲しい?」
と意地悪ないいかたで聖をおちょくる李墨。
「い、要らねーよ、俺は自分で法器を手に入れるんだ」と指輪を取り外そうとする聖。
「あげるよ、私の指に会わないし、あんたならちゃんとはまってちょうどいいじゃない」
そう言って李墨は立ち上がり、
「じゃあ、夜も遅いし私も自分の部屋に帰るわ」
と言い、部屋を出て行った。
「お、おい李墨いいのかよこの法器?」
「上げるって、もうそれは聖のだよ、よかったら何か名前でも付けてあげなよ」
李墨はそう言いながら、聖に向かってにっこり微笑み部屋を出た。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
六爺の部屋、六爺はもともとは蜘蛛が妖怪化し、知恵を得て、さらに数百年修行をしたのちに人型に化けることができるまで霊力を高めた者だった。人型になっても、手が六本生えているので仲間うちでは六爺と呼ばれていた。彼は薬学物に詳しく、日ごろから色々な薬研究に没頭していた。
「六爺」
少女の声が戸の外から聞こえた。
「六爺、いる?」
少女はもう一度六爺の名前を呼んだ。
「うん、なんじゃ羽燕か、おるぞ」
「六爺、入ってもいい」
いつもなら確認もせずに直接入ってくるじゃじゃ馬娘が今回はこんなに慎重に入る許しを待つなど変なことだと思った六爺は戸を開けた。そこには泣きそうな顔をした可愛い少女が立っていた。
「なんじゃ羽燕、どうした、又誰かに怪我をさせたのか」
羽燕は小さい頃からよくよく父親の部下たちに難問な要求をしたり、遊び相手として相手をさせてりして相手に怪我をさせることがしばしあった、そのたんび父親に叱られて、六爺の所に薬を貰いに来ることが有った。
「違うの、今回は赤虎がお父さんに吹き飛ばされれ、怪我をしたの」
「赤虎が羽傲に吹き飛ばされた?」
羽傲は部下に手を下すことはほとんどなかった、それこそ裏切りなどの事以外はどんな過ちであれ、寛仁な処理をしてきたのだ。その羽傲が自分の娘の使用人に手を出すなど、何か大事が有ったに違いないと思った六爺だった。
「ううん違うの、実は...」
羽燕は事の経緯を六爺に話した。
「ふう」と安堵のため息をついた六爺は赤虎がそれほど重症ではないと悟った、八割、この言う事を聞かない娘を脅すために赤虎を吹っ飛ばしたのだろうと事の全貌を知った後で安心した。
「まあ、話を聞いたところ赤虎の奴は無事そうだな、ほれ、これでも食べさせて少し休ませれば明日にでも元気になるじゃろう」
そう言って彼は羽燕に干からびたわかめのようなものを渡した。
「うん、有難う六爺」
薬を貰った後も羽燕は立ち去る様子はなかった。
「うんなんじゃ、どうした、まだ何かあるのか」
「ねえ、六爺、今回の任務ってそんなに大事?ただ昔誰かが残した法器を探し出してくるだけでしょ、それなのにあんなに起こったお父さんは初めて見たよ」
「ははは、う~んそうじゃな、まだお前さんに話してないことも多いだろうに、今回の任務のは重大と言ったらかなり重大なことじゃな。まあ、こっちにすわりなさい、お茶でもついでやろう」
羽燕は六爺の寝室の机に座り、六爺は話を続けた。
「まずはのう、そうじゃのう、われわれがなぜ妖族と呼ばれてるかは知っておるじゃろう」
「ええ、私たちの授業方法が一般でいわゆる正式な物と比べて残酷だから...」
「まあ、一言でいえばな、ただそれだけじゃないのじゃ、妖族はわしらの様ないわゆる妖怪なども受け入れてくれるばしょでのう、だから妖族ともいわれているんじゃ」
「でも六爺は何も悪い事はしてないじゃない」
「ははは、そうじゃのう、我々から見たらそうかもしれんのう、だがわしが此処までの成果を出すのにどれだけの命を奪ったか、記憶が曖昧な頃は他の昆虫を食べ、数十年、知恵がつき、霊気が付き気が付いたときには動物を捕食していた、その時からはもう人間からしたら化け物であり、妖怪であり、人間の敵になっていたんじゃ」
羽燕は出されたお茶を飲みながら黙って話を聞いた。
「そして又百年以上たって、やっと人間に化けることができたが、なんせ元が蜘蛛じゃからな食生活は変われぬ、毎日のように人間を屠った、それがさらに百年ほど続いてやっと今の様な雑食で、人間と同じような食べものでも生きれるようになったわけじゃ。これは一般人から見たら儂は人食い妖怪じゃが、わしからしたらどうしようもない生まれ持った所謂天性なのじゃ」
「うん、それはわかってるよ、動物や昆虫が仙人に成ろうと思ったらまずは人間にならなきゃいけないんでしょ、だから数百年修行した六爺でも数十年修行した人間に越される事が有るんでしょ」
「うむ、その通り、わしらからしたら、この世はかなり不公平でのう、儂らは一生懸命に人間に近づこうとしているのに、その行いや努力が人間からしたら忌み嫌われる事じゃからのう。じゃからこの妖族の様な集まりが出来て、知らないうちに他の仙人修行の者達と対立していたと言う事じゃ。じゃが、問題は我々のこの妖族の集まりがまとまらない事じゃ、まあ元が動物や昆虫の類の者達が多く、人間でも人道を外れた者が多い、そんな者達の集まりがまとまるのは至極難しい物なんじゃ、そしてお前の生まれる前の話になるがある日内乱が起きたんじゃ、我々は自分の仲間同士殺し合い、最終的には今の様な五つの勢力に分かれた。五つの勢力は内乱に疲れ同盟を結んだんじゃ」
「その場所が忠義殿でしょ」
「そう、忠義殿で五人の長たちが休戦を宣言し、必要な時は力を合わせると約束してのう」
「でもそれが今回の任務となんの関係が有るの」
「うむ、おぬしの父親は先代から今の座を譲りうけてまだ十年、忠義殿での発言力が薄くてのう、お前さんの父は革命をもたらそうと考えておる、仙人修行の者達と敵対するよりは彼らとの共存を考えておるのじゃ」
「....」
「今回の任務はその昔、太公望姜子牙様の使われていた打神鞭を手に入れることができれば、我々も忠義殿での影響力があがると言う重大な意味が有るのじゃ」
「なんで、お父さんは共存しようと考えているのかな、憎い奴は全員叩き潰しちゃえばいいのに」
「ほほ、おぬしはまだまだ若い、これからいろいろな事を経験すればきっと父親の気持ちが理解できるだろう、今はとにかく計画の邪魔にならないようおとなしくしておれ、よいな」
「はーい、わかりましたよ、じゃあ六爺、私部屋に戻るね、お茶有難う、おいしかった」
そう言って薬を手に外に出た羽燕だった。