第一話 赤い光
九州大地東北の領土 青州。
木蘭村。
今日は仙人様が村に到着する日だった。村長は村を代表して仙人様を出迎えるために村の入り口で待っていた。村の人々も一度は仙人様を見てみたいとみんなで村の門に集まり意気揚々と仙人様の噂をしていた。
「なあ、仙人様は雲に乗ってくるんだろうか」
「いや、なんでも牛に似た神獣にのってくるってよ」
「私は剣にのってすっごい速さで飛ぶってきいたよ」
村長の長男、晧も胸を躍らせていた。小さいころから大人たちや塾の先生に聞かされていた仙人達の伝説。仙人にはそれほど関心を持ってなかったが本物がいるなら見てみたい好奇心はあった。
「仙人様がおいでになったぞ!」
誰かがそう叫んだ。遠くから人影がこっちに歩いてくるのが見える。仙人様と呼ばれたその青年は雲にも牛に似た神獣にも乗っていない。剣と思しきものは背中に背負っている。背筋がスッとしていて歩く姿勢はどことなく自信に満ちている、だがそれだけだった、一見身のたしなみがいい普通の青年にしか見えない。
村長が前に出て拱手をして挨拶する。
「仙人様よくおいでになりました、この度は我々の頼みごとを聞いていただいて誠にありがとうございます。」
若い仙人も拱手して挨拶をかえす。
「いえいえ、仙人様など呼ばれるのは恐縮です、私は姓を王、名を正と言い、ただの術師でございます」
王正と言う若者は自分が仙人では無く術師であることを説明したが、一般の村人たちは何を言っているのか理解できなかった。
村長も返事に困ったように眉間にしわを寄せながら尋ねる。
「え、えっと、王正様は今回我々が依頼した猪の化け物を退治するためにお越しになったのですよね?」
「ええ、そうですよ」
にっこりと笑いながら答える王正。
「あぁ、なら良かった、こちらにどうぞ、昼食をご用意させていただいてます、詳しいことはご飯を食べながらお話し致します」
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食事中、村長は王正に最近村の畑を荒らしまわる猪の化け物が出るようになり、それを止めようと村の若い男たちは何度かその猪の化け物に挑んだが返り討ちにされ、多くの怪我人を出した。大きさは二丈(約6メートル)あり、若者数十人を蹴散らす凶暴さ、さらに嗅覚が発達しているのか、待ち伏せにも罠にもかからない。このままでは村が潰れてしまう、そう思った村人たちが最近町にできた妖怪退治専門の道館の噂を聞いてみんなでお金を出し合い、化け物を退治してもらおうとしたことを王正に説明した。
それを聞いて王正はにっこり微笑み「私にお任せください」だけ言うと、食事がおいしいやら、村が奇麗やら、どうでもいい社交辞令を始めた。
晧はずっと王正を観察していた、やっぱり何も特別な力があるとは思えなかった、今まで聞いてきた仙人の印象と違いすぎる、仙人といったら年寄りで長い顎髭を生やしており、髪の毛を簪で団子にしている印象だ、だがこの若者は髭を全く生やしていなかったし、髪の毛は伸びたままだった。唯一特徴があるのは背中に背負っていた真っ赤な剣だった。
(なんだこれ?!)
晧は赤い剣を見てそう思った。
(この剣、木でできてる、しかも細い、俺たちがチャンバラで使う棒切れだってこれよりましな武器になるぜ、こんな道端に落ちてる木の棒みたいな剣で何ができるんだ?)
晧はそう思いながらその剣をさらに細々と見た。
(色も赤い塗料で塗りつぶしただけじゃん)
(こりゃあ大損だな今回は)その剣を見て今回の化け物退治は無理だと思う晧。
「来たぞーー!!猪がきたぞーー!」
外から突然誰かが叫んだ。
「来たようですね、私が行きます、皆さんは危ないので離れていてください」
そう言うなり王正は外に駆け出した、皆もその後を追う。
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畑を荒らしていた猪の化け物は王正が近づいてきた事に気づいた様子、振り返り王正めがけて突進しだした。
王正は立ち止まり、背中の剣を右手で抜き、猪に向かって突き出した、左手は印を結んでいる。
猪があと一丈(約3メートル)のところまで来た時、王正は印の形を変え「はっ!!」と叫んだ。
次の瞬間、細い剣が伸びたように赤い一筋の光になり「ジュッ」と音と共に猪の眉間に差し込んだ、その光は長さ二丈ある猪を貫通して消えた。一瞬の出来事だった。
「ドスンッ」
地面に倒れた猪の化け物の貫かれた眉間の小さな穴からは一滴の血も流れなかった。
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木蘭村では宴が開催されていた。
王正が倒した猪の化け物は解体して今夜の宴の主食になった、久しぶりの肉で村人たちは大喜だった。
村の者は王正を囲んでお酒を飲み交わしていた。
村長は王正の隣で盃を挙げて礼を言った。
「いやはや、目にも止まらぬ速さでこんな大きな化け物を仕留めるとはさすがは仙人様、今回仙人様にお願いして本当に良かったです」
「はは、ですから僕は仙人ではないのですよ、確かに仙人の下で修業をしていましたが、仙人と名乗る資格も実力もないのです」王正は苦笑しながら言う。
「何言ってんだ、オラたちからしたらもう十分仙人様だよ、なあみんなもそう思うだろ!」と近くにいた一人の村人。
「ああ、そうだ、そうだ」と一斉に観衆が声を上げる。
これを聞いた王正は、盃を手に取り、立ち上がり皆に向かって語りかけた。
「木蘭村の皆さん、ご厚意は誠に嬉しいのですが、私が仙人などと言う事は今後止めていただきたい。私は術師であります、これからは王術師と呼んでください。これは我々仙術修行をする者たちにとって破ってはいけない掟であり、もし本当の仙人様に私が仙人と名乗っている事が知られれば私は重い罰を受けることになるでしょう。皆さんのご理解をお願い致します」
盃を村人たちの方に一旦かざして中の酒を飲み干した。
王正の取った行動は敬酒と言う、正式に何かを誓言するとき、正直に敬意を払ってこのお酒を飲み干すという意味が込められており、受けた相手も敬酒を返し了承したとの意味を持つ。
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夜も深まり宴会も終わりに近づいた頃、村人たちも各自王正に挨拶をして自分の家に戻っていった。
ずっと話ができる機会を待っていた晧は王正に近寄り、拱手をしながら軽くお辞儀をして挨拶した。
「初めまして王術師、僕の名前は晧です、村長の長男です、今回は本当にありがとうございました」
王正はこの男の子が大人の様なきちんとした言葉使いと礼儀作法に少々驚いたようだったが直ぐ友好な笑顔になり、拱手し返して言う。
「いえいえ、こちらこそ力になれて良かったです」
「王術師、僕も王術師の様になりたいです、どうすればいいのか教えてください!」
晧は心底感心していた。王正の活躍を見てから晧は仙人になりたいと思った。王正は自分のことは術師だと声明したが、そんなのはどうでもよかった、とにかく自分も将来は王正のような力をつけて、化け物退治をする仕事ができればいいお金になる、そう思ったのだ。今回討伐依頼に出したお金は金一朱であった。この村では成人男性が一年働いて手に入るお金がだいたい金四十匁、百匁で金一朱。王正は約二年半の収入を一日で手に入れたのだ。
物心ついた頃からお金が大事だと意識した晧は絶対お金持ちになってやるとそう誓ったのだった。晧は村の塾で教えている先生になりたかった。塾の先生は畑に行かず子供たちに一日数時間時の読み書きを教えるだけでお金が入る、さらに村中の人から物知りの人だと尊敬されている、何事も先生の意見を聞くことが村の風習になっていた、今回も先生が出した意見で大金を出して王正を招いたのだ。いい職業と思っていたが今回王正の収入を知った晧は心に強い衝撃を受ける。俺も一日で二年以上のお金を稼ぎたい。そう強く思った。
「ええっと、それはつまり仙人修行をしたいって事かな」
「はい!」
「うーん、仙人修行は誰でもできるものじゃない、本当に縁のある者しかできないんだ、私もお師匠様とは奇遇な出会いだったから弟子入りできたものだし、こればっかりは何ともできないんだ」
「それでは王術師はお弟子を取らないのですか?」
「僕はまだまだ未熟ものだ、三人の兄弟子たちと最近青州にやってきて、今は山の向こうの町で道館を拠点にしばらく生計を立てようと思ってたとこだ、だから弟子を取ることはまだ考えていない」
「お願いします、王術師のような人になりたいんです!」
晧は是が非でも諦めたくなかった、この機会を逃してしまうともう二度と仙術を習うことができないかもしれない。
「お願いします、弟子を取らないなら雑用でも何でもいいので傍に置いてください」
そう言うなり土下座をしてお願いする晧。
「ふう、分かったよ、私の負けだよ。君に仙人修行ができるかもしれない場所を教えてあげる、だから早く面をあげて」
「ありがとうございます!」
「いいかい、ここからずーっと東に行くと鳳来山と言う所がある、青州の端のほうで、海に近い場所だ。そこは何でも≪八仙人、海を渡る≫という言い伝えがあり、そこを拠点に仙人達が修行をしていて、弟子を取ることもあると言う、私自身一度も行った事がないので実際どのような場所で、弟子入りをするにはどの様な条件を満たさなければいけないのかは分からない。でも私のお師匠様がそこで修業して仙人になったと言っていた」
「鳳来山ですね、分かりました、有難うございます」
「君が鳳来山で仙人修行ができるように祈ってるよ、私はそろそろ休ませてもらうよ、明日は朝一で山を越えらなきゃいけないからね」
王正はそう言って自分のために準備された宿舎に戻った。
この会話が晧を鳳来山へ搔きたてた。
蓬莱市は実在します、なので名前を‛鳳来’に変えました。
敬酒は中国では色々ややこしい礼儀作法がいまでものこっていて、日本のお酒を勧めるてきなものです。
この世界での長さは江戸時代の単位をそのまま使っています。
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