新人冒険者の日常 1
旅立ちから2月後、ジークは草むらの中にいた。冒険者ギルドの依頼をこなす為である。背負子の中には土のかぶったマリー草が幾つも入っていた。著名な聖女の名を冠するこの草は春先から初夏にかけて最も効用が高くなる。草葉、根共にポーションの材料として使われる為、常駐依頼の対象であった。
新人冒険者も受ける事ができるこの依頼だが見分けるのが困難である為、身入りが少なくなりがちである。だが、ジークは家業柄かひょいひょいと籠に薬草を入れていく。
根を傷つけないよう丁寧に周りを掘っているとガサガサと草根をかきわける音が聴こえた。ホーンラビットだ。マリー草を好むこの魔物は額に鋭いツノを持っており新人冒険者キラーとして名を馳せる。ふさふさした足を地面に踏み込み、丸く大きな黄色い目は爛々とジークを見ていた。
中腰になりジークはピクリと剣の柄に片手を伸ばした。
刹那、土ぼこりが舞った。白く鈍く光る長いツノは一直線にジークの腹ワタをめがける。振り返り様、ジークは
身を捻らせ、素早く剣を白い体に練り込ませた。
「キュイーー」
甲高い声が草原に響き渡る。周りを見渡した後、急いでナイフで首に刃を通し腰袋から麻布とピガー草を取り出した。料理でも使われるこの草は芳しき草と呼ばれ、臭い消しとしても重宝される。葉を軽く揉み潰した後、傷口に何度か押し当て手早く布を獲物に巻き付けた。
長居は無用であった。肉食性の魔物が引き寄せられる前にジークは帰路についた。
歩いて1時間ほどの距離にジークが滞在している町、ノースポールがあった。主な産業と言えば酪農だ。雪解けの新緑をたっぷり食べた雌牛のミルクはほのかに甘い。それをふんだんに使ったチーズは絶品の一言である。
麦をすり潰す水車が目立ち諍い事とは程遠い町だ。のんびりとした時間が流れ時折、
「モー!!」と牛の鳴き声が聞こえる。
町の住民も穏やかな人が多かった。
門番に鈍い鼠色をしたギルドカードを見せジークは町へと入る。町の玄関口には赤い瓦屋根の家があった。もちもちとした食感を思わせる様な小麦色の漆喰で塗られた壁に茶色く大きな看板が掲げられており、こう書いてある。
ーポリーの蹄亭ー
行商で資金を掻き集めた主人がこの町のチーズと町娘の輝く笑顔に惚れ込み、この町に宿場を建てた。宿の名前は苦楽を共にした愛馬からとり、今は裏でのんびり枯れ草を食べている。
宿の目の前には花壇があり水をやっていた金髪の年若い少女がこちらをみた。
「ジークさん!!」
若奥さんに似て。村中の若者がお嫁さんにもらうのは誰か競い合っている。ほんのりと花の香りがする朗らかな笑顔をみせた少女、ハンナは言った。
「おかえりなさい。よかった、怪我がなさそうで」
「ただいま、ハンナ!!まぁなんとかね。これお土産です。よかったら夕ご飯の時みんなに出して」
そう言ってジークはからっていた麻布ごとハンナに手渡し、籠から香菜をいくらか押し付けた。
「ありがとうジークさん。いつもいつも。お父さんに渡しておいしく作ってもらうね。今日も楽しみにしてて」
ハンナは軽く頭を下げ手を振ってから小走りで宿の中に入っていった。
しばらく歩くと街で一番大きく堅牢な建物が見えて来た。冒険者ギルドだ。町の規模の割にはいささか大きい。昔、それほど町に冒険者が常駐していなかった頃、大量の魔狼が押し寄せた。その教訓から町の資産である牛たちを守る為、いざという時住民の避難場所として建物は自然と大きくなった。
ジークが扉を開けると窓から西日がカウンターに差し込んでいた。ギルドに併設されている酒場はまだ喧騒に包まれていない。冒険者達が帰ってくるのはもう少し先になりそうだ。
ジークは受付上の元にまっすぐ進んでいった。
「こんにちは、アネットさん。今大丈夫ですか?」
「おかえりなさい、ジークさん。今日もたくさん採って来ていただけましたね」
アネットはジークの背中をみて朗らかに言った。テーブルが土で汚れてしまわない様に引き出しから敷物を取り出す。周りに飛び散らない様に籠の上で軽く土を払った後、ジークはアネットが敷いてくれた布の上に薬草とギルドカード、ホーンラビットのツノを置いた。
「傷もついてなく乾燥もしていないですね。ジークさんの仕事は丁寧で助かります。傷つけない様に採って来てくださる方は多いのですが、乾燥しないように採って来てくださる方はあまりいらっしゃらないので」
てきぱきと手を動かしながら帳簿を取り出す。
「全部で300ゼニーですね。もう少しで昇格できそうですよジークさん」
「それはよかった。これで次の国に行けそうだよ」
ギルドカードと金銭を受け取りながら言った。行商ギルドや冒険者カードのランクが赤胴以上でない一般市民は国家間を移動する際、多額の税金を払う必要があった。
ギルドカードのランクは上から順に
伝説級:オリハルコン
1級 :ミスリル
2級 :黄金
3級 :白金
4級 :白銀
5級 :黒鉄
6級 :赤胴
7級 :屑鉄
新人 :木片
でありジークのランクは下から二番目の屑鉄級だった。
ギルドカードの恩恵は通行手形の代わりになるだけでは無い。より上位のクエストを受けられるほか、ギルド連携施設の割引、閲覧資料の許可、黄金級以上は名誉貴族として扱われる。恩恵の代わりにモンスターパレードの様な緊急事態には国の命令に従う義務は生じるが。
「寂しくなりますね。ハンナちゃんも悲しがりますよ」
からかうような目でジークをみる。
「僕とハンナはそんな関係じゃ無いよ。第一幼馴染みのジャック君だっているし」
気にした風もなくジークは答えた。
肉屋の倅である少年のことをアネットは思い浮かべた。少し意地悪で好きな子の前でツンツンしていた男の子。弟のように世話を焼いていたハンナを思い出して報われなさそうだとため息をついた。
「ランクを上げる前に装備の見直しをした方がいいかもしれませんよ。この辺は凶暴な魔物はあまりいませんが、ランクが上がるとそうはいきませんから」
ジークは目で礼すると入口の扉に手をかけた。
外に出るとギルドに入る前より少し影帽子が長くなっていた。炊事を始めているのか民家の煙突からもくもくと煙が出ている。それをみてジークは今日の夕食は何か夢想して宿へ向かった。