殺人鬼のストーカー少女は殺人鬼さんにチョコレートを渡す
「今日は仕事だったんだけど……」
あの方――。似鳥様は私を見た途端。他の方に向けられるような魅惑的な笑顔ではなく、怪訝な顔されてしまいました。
場所はどこかの観光名所。というより外国の方が良くいらっしゃる通りの近くにある公園と言った方が正しいでしょうか。
似鳥様はおそらく小さなツアーの御付きのカメラマンをされているのでしょう。似鳥様は、いつもとは違う男性の服を身にまとってカメラを片手に団体の人に対して写真を撮られているのを見つけた私は、彼がひとりになったのを見計らって、一目散に似鳥様の元へと歩いてご挨拶をしました。
そうしたら、とても怪訝な顔をされてしまいましたが、似鳥様にそう返されたので、私は頷きました。
「はい。黄色いマーガレットのような私のハナミズキを受け取っていただきたくて、ここまで足を運びました」
「……だいぶ君の家からは離れてたと思うけど」
「はい。今日こちらにいらっしゃるのを知ってましたから。お待ちしていました」
似鳥様はいつも遠出をなさる方。それは知っていたので、今日は先に足を運んで彼のもとに来た。そう伝えると、怪訝そうな顔だったのにさらに眉をひそめて何とも言い難い顔をなされました。
「……気持ちわ――。いや、ごめん。僕は仕事中だった」
「いえ、気にしません。どうぞ、お続けになってください」
「君は構わないって考えてても、僕が気にする。……って分かって言ってるか。それで、今日は何をしに来たの」
「これを、届けたくて」
何をしに来た、と聞かれたので、私は肩から掛けていた小さな鞄の中から、似鳥様の為に誂えたチョコを取り出して両手で抱えると、それがすごく重く感じて視線が地面の土を見てしまう。
正直、心がドキドキと鼓動を打ってしまいます。
あまり、好きな方にこう言った者を渡すのは慣れていなかったので、受け取ってくれなかったらどうしようという想いの方がはるかに強く感じます。
「……。ああ、そっか。今日って十四日のツアーってたしか感謝の日ツアーだったっけ。日本だとあれだけど」
「はい。ご迷惑になると思いました。危ないことをしてると分かっていました。でも、今日どうしてもお渡ししたくて……」
動揺しているのか。つい、いつもの言葉が出てこなくて、頬が熱くなる。
慌てていつものようにふるまおうと、必死に言葉を考える。こういう場合はほんとうに何を言っていいか分からなくなりそうです。
「ああ、あなたが紫陽花のように心変わりをされる方とは思いません。でも、御迷惑になりたいわけでもありませんから。私は失礼させていただきます」
断られるのが怖かったからでしょう。
私は矢継ぎ早にそうお返しして、これ以上似鳥様のお邪魔をしないように早々に去ることにしました。
しかし――。
「待って。それって手作りのやつ?」
「はい」
「もしかしなくても何も入れてない?」
「……はい?」
「居場所が分かるように発信機の類だったりとか。無線で映像を飛ばす小型カメラとかそういうの」
「いいえ……いいえ。お邪魔になると思うので決して」
「それならいいよ」
彼はそう言って怪訝な顔を仏頂面に変えて私の方を見てくださいました。
誰に対してもニコニコとしていて、私にだけそうしてくださるというのもドキドキとしてしまいますが、まさかここまで素直に肯定してくださるとは思いませんでした。
「いいのですか?」
「時間。もうないよ」
「あっ、は、はい。ではこれを」
時間がないという事はこれ以上彼を止めてしまうとお邪魔になってしまう、ということでしょう。
万が一にも彼の邪魔をするわけにはいかないので、急いで荷物の中からチョコレートの袋を取り出して彼に差し出すと、袋の先をつまむようにして受け取られました。
「ん。今日はもうついてこないでね。仕事先に君のことばれたくないから」
「はい。もちろんです。迷惑にはなりません」
「ん。じゃあね」
彼はそっけなくそう答えて、そそくさと離れてしまわれました。
ああ、やはり。似鳥様はお優しい。
そう思いながら、この場所で彼の姿が見えなくなるまで、近くのベンチで彼の姿を追い続けました。