第7話 ジン再び!
2月14日、この日は年に1度のバレンタインデー。
2500年にも、バレンタインデーの伝統は根強く残っている。
この日は、玲が亮たち4人のためにチョコを作っていた。
だが、まだ彼女の目前に恋愛対象となる紳士は誰一人いなかったため、全て義理である。
「さぁて、どう配っていくかな……? とりあえず最初に亮でしょ……、鎧さん、リック……、最後にジェフかな?」
玲は、兄のことを“シスコンの大将”と称したジェフが少しだけ嫌いだったので、彼を後回しにした。
順番を決めたので、彼女はお手製のチョコを配り始めた。
だが、この日本政府軍基地には当然ながら玲の他にも女性はいる。
「まずは亮の部屋に行こう!」
彼女は、やや急ぎ足で兄の部屋に向かうが、そこでは思わぬ出来事が起こってた。
「亮さん、チョコ受け取って下さい!!」
「私からもお願いします!」
玲を押し退けてやって来たのは、亮のファンになった女性兵士達である。
「お前らッ! 何をやっているッ!! そんな大勢でこの狭い廊下を走るな! 全く、小学生じゃあるまいし、行動を慎め」
さらにやって来たのは、彼女たちの上官である。それにより、玲以外の女性陣は足を止めた。
(あっ、この人なんとな~く見た事ある人だぁ)
玲はそのようなことを思いつつもコッソリと亮の部屋に入っていった。
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「亮、チョコできたよ!」
その時の亮は、とてもにこやかな顔をしていた。
「おっ、毎年恒例のバレンタインチョコか! 本命じゃないよな?」
玲は思わず“えっ!?”といった風な表情になる。
「もちろん……って、それ毎年聞いてるでしょ!」
玲からあからさまなノリツッコミが入る。
「そういえばそうだな……。毎年毎年ごめんな」
「いいよいいよ、気にしないで。私たち生まれてから今までずっと一緒でしょ? こういう何気ないこともいつも許してきたし……。フフッ……、でも、そこが亮のいいところ!」
玲は兄に向けて微笑んだ。
「えっ……、あっ、あ……、ありがとう……」
「亮はかわいいなぁ、まったくぅ!」
味を占めた玲は、兄の頭を優しく撫でた。
「は、はぁ……」
いつものことかと呆れつつも、“慣れたからいいか……”と考える亮。
「シスコンの大将とその妹さん! チョコ寄越せ!!」
ジェフは冗談半分で竜崎兄妹にチョコを要求した。
「はいはい、どーぞ」
玲は恐ろしい程無表情でジェフにプレートに載ったチョコを手渡した。
その時、思わず彼は “玲を怒らせてしまった……”と、かなり焦ってしまい、妙な行動に走る。
「あぁりがとうぅ! 仔猫ちゃあん……」
その時、3人の間に戦慄が走った。
その後、しばらく無言の時を過ごした後にジェフは黙って部屋を出て行くのだった。
「……ごめんな」
亮は思わず玲に対し頭を下げた。
「うん…、いいよいいよ、気にしないで…。亮は悪くないよ…」
玲は少しやりすぎたと思いつつも棚においた
チョコが載っかっているプレートを見た。
「あ〜ッ!! 溶けて…、ない?」
「どうした、玲…。あれ? 溶けてないな…。もしかして………、あっ!!」
亮は何かが閃いたのか、大きく口を開いて驚く。
「どーしたの? 亮…」
「そういえば…、今日はチョコが来るの知ってたから…」
「あァッ!! きょう暖房が点いてないじゃん!!」
二人は思い出したように、カイロを探しつつ凍える。
「ベェクシッッ!!」
「フェックション!!」
竜崎兄妹は思わず絶妙に滑稽なくしゃみをしてしまった。
先程の話はさておき、火星政府軍では真紅の悪魔という仇名を持つ男、ジン・アルガが部下のアルカディー達と共に作戦を試行錯誤しつつも考え続けていた。
「ジ、ジン大尉、とても眠たいのですが……」
アルカディーは既にサングラス越しの目は少し赤くなっており、とても疲れていた。
「アルカディー少尉もあまり無理しない方がいいと思うんですが……」
「私は大丈夫だ……。ダン、心配は要らない」
しかし、アルカディーは明らかに顔色が悪かった。
「でも……」
ダンはそれでも彼に気配りをする。
「ダンよ……。今は作戦会議中だ。私語は慎め。アルカディーも同じだ。作戦会議が終わったらゆっくり休ませてやるからな……」
ジンは半ば疲れ気味な顔でそう言葉がけをした。
「申し訳ありません……、ジン大尉」
「まったく……、次は気をつけろ」
「はい」
ダンは上官のジンに対し敬礼をした。
「話を戻そう……。念の為、最初から作戦内容を伝える……。まず、今回のターゲットはイギリスの首都・ロンドンだ。それは勿論知っているだろうな?」
「は、はい……」
部下の一人であるラルフは辛うじて目を開いており、彼は既にうつらうつらになっていた。
「ラルフ、もし寝たいのなら作戦会議が終わってからやることだ……。全く……」
「す……、すみません、ジン大尉」
「もし次やったら許さないぞ……」
ジンは、半ば苛立ちながらそう言いつつも小型プロジェクターのスイッチを点け、ホログラムマップを表示した。
「あのハーガン・バルディン大佐をも駆逐した、蒼い機体……、諜報部隊からの情報によると、ロードブレイダーといったな……。どうやら13日前のアドラーの殲滅作戦にも関わっていたそうだな……。アルカディー、その件についてはもう調べているな?」
ジンは、あたかも部下が“もう調べてます”と言うかと期待してそう話すが、アルカディーは焦っていた。
「え……」
「どうしたアルカディー、調べていないのかッ!?」
アルカディーは、アドラー殲滅作戦のことに関しては知っていたが、まさかブレイダー隊が関わっていたとは、思いも拠らないような表情を見せた。
「ブレイダー隊が関わっていたとは……。あっ!! 本当ですね! ま……、まさか、そのまさかとは……、うぅッ、頭が……」
「おい、アルカディーは早く寝た方がいいぞ」
「は……、はいッ!」
彼はもたついた足どりをしつつも仮眠室へと向かったのだった。
「ラルフ、代わりに説明をしろ」
「了解です。まず、アルカディー少尉曰く、ロンドンの特殊部隊WOLFを仲間割れさせる……、という内容でしたが、この仕事はコンピュータでハッキングすることを得意とする少尉でないと実行できないとたった今わかったので、今回は元の作戦から私が上手く噛み砕いたものにします……」
「正気ですか!? ラルフ伍長!」
ダンは目を赤くしてラルフに対し思わず驚愕しつつも話すが……。
「うるさいぞダン!」
「ふぁ……、ふぁあい……」
ジンの強い怒りに思わず足腰がへたってしまい、倒れ込む。
相当目を見開いてメモをしていたのか、手から持っていたタブレットを落としてしまった。
「ダン、流石にもう寝ないと間違いなく命に関わるぞ……。ゆっくり休め。それとラルフ……」
「どうしました? ジン大尉……」
「ダンを運ぶぞ」
「了解」
ラルフは仕方なくジンと共にダンを運ぶのを手伝うことにした。
ちなみに、もう一人の部下であるルードは、あまり眠たそうにしていなかった。
「ダンは大丈夫なんだろうか……」
ルードは心配なあまりジンたちと共に看護室へと向かった。
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三人は、少し目を閉じそうな顔でそう言いながらラルフと共に部下を肩を抱えて看護室へと運んで行く。
ちなみに、火星軍の各部隊の会議室には、看護師を呼ぶためのスイッチは未だに無い。
こうしてシャドー隊の5人は作戦会議ができないほど壊滅的な事態になってしまった。
一方、イギリス・ロンドンでは世界で最も強靱だと火星軍から恐れられている特殊部隊WOLFが今後の作戦について隊員を招集して会議を行っていた。
「マーク大佐! 以前投降したハーガン・バルディンはどうしますか?」
部下の一人が、隊長のマークに対しそのように言葉がけをする。
「彼も敵軍の兵士とはいえど、一人の人間だ……。ジェイク、投降兵に食事を与えろ……」
マークは、ハーガンのことを人として扱いつつも、彼は目を鋭くしていた。
「頼んだぞ、ジェイク……」
「了解!」
そしてジェイクは、食事を取りに食料庫へと向かったのだが、一つ疑問が残った。
何故、マークは敵軍の兵士にも関わらずここまで優しく接しているか。
少し考えようとは思ったものの、それをしても無駄ではないかと察した彼は、即座にハーガンへと袋に入った小さなパンとスライスしたハムを渡した。
「さぁ、これを食べろ」
「あ……、あぁ、わかった……」
その時のハーガンは、既に戦場の鬼ではなくなっていた。すなわち、戦いの場にいたときの覇気は、ほぼ使い果たしつつあったのだ。
だが、それでも彼はこの牢獄を出ようとしているが、果たしてどうするつもりなのか。
「どうした?」
「ハァ……、ウォォッッ!」
その時、ハーガンは牢獄の鍵を自らの力業で破壊したのだ。
突然の出来事ゆえに、ジェイクは驚嘆しすぎて動けなくなる程であった。
「何だとッ!?」
だが、これを黙って見ていなかったのは隊長のマークである。
「おいっ、何をやっているんだァ!」
「マーク大佐ッ! ハーガン・バルディンが脱走を……」
あたふたした表情をしたジェイクは、急いでハーガンを追いかける。
「何ッ!? 早く止めねば……。ハーガン、もうやめろ!」
ジェイクの言葉から察したマークは、ハーガンを説得しようと試みたものの、残念ながら上手くいかなかった。
「喰らえェェッ!!」
その時、マークの腹にハーガンの拳が直撃してしまう。
「グハァッ! 何をするっ!!」
「お前の優しさが裏目に出たようだなァ! こんな所とはさらばだッ!!」
ハーガンはそのまま牢獄を出ていってしまった。
一体、彼は何を考えているのだろうか。
再びジンと対峙した亮だったが、
果たして、打ち勝つことが出来るのだろうか?
次回をお楽しみに