鎧騎士の見る僧侶
23部「新人僧侶と髪色のはなし」のリオネル視点です
子供に読み書きを教える優しい声、幼子を慈しむ柔らかな眼差し。ジングウジ=マコトという、異世界よりやってきた僧侶。彼――いや、彼女にすべての意識を吸い寄せられるような感覚に陥りながら、リオネルは考え込んでいた。
思い込みとは恐ろしいものだ。彼女を男だと思い込んで、疑わなかったなんて。
黒い服を着るのも、髪を高く結うのも、僧侶になれるのも、男だと決まっている。それがこの世界の常識だ。だが、聖女が暮らしていた異世界にこの世界の常識は通用しない。考えてみれば分かることだ。
(マコトさまは……おそらく、聖女さま)
聖女召喚の儀式で呼び出された異世界人が二人。片方が女性、もう片方が男性に見えたから、今城に残っている娘が聖女だと判断された。けれど実際は二人ともに女性であり、そして干支の聖獣と思われる蛇は、城ではなく隔離された村へ訪れ、卵を託して行った。
文献に残る聖女と聖獣の記述に沿った出来事から、ほぼ確実にマコトが聖女であると判断したリオネルだが、それを国に報告することはしていない。
ジングウジ=マコトが本当の聖女である。そう報告すれば彼女はこの村から出られる。そして城でもてなされ、豪勢な暮らしを送ることが保証されるだろう。しかし、傍で彼女を見て来たリオネルが思うに、マコトはそれを望まない。
ならば、例え国に逆らうことになっても、彼女の望みを叶えたい。この村での穏やかな暮らしを望むなら、出来る限り力を尽くす。せめて、卵から聖獣が孵るその日までは。
(反逆罪として処分されてもいい。……マコトさまが望むなら、なんだって)
彼女が望むならば、性別にも気づかぬフリをする。握った小さくやわらかな手の感覚を思い出しそうになって、頭を振った。
左手首に結ばれたお守り石が存在を主張しているような気がして、鎧の上からそっと指でなぞる。これを貰った自分がどれほど嬉しかったか。
『リオネルさんに降りかかる災厄が、少しでも退けられますように』
その言葉を、光景を、リオネルは一生忘れないだろう。
誰にも幸福を望まれたことなどなかった。消えてほしいと思われこそすれ、身を案じて貰う日がくるなんて想像もしていなかった。ましてやお守り石を渡されることなんて、一生ないものだと思っていたのだ。
それは生涯を共にしたい相手に贈る、約束の石。異世界人であるマコトがお守り石の意味を理解してないのは分かっていても、どうしようもなく胸が高鳴った。本来の意味を教えたらきっとこの贈り物はなかったことにされただろう。
だから、結ばれるまでは黙っていた。彼女のお守り石が心底欲しかったから。……こんな自分を知ったら彼女は軽蔑するだろうか。
視線の先の彼女が、子供たちに文字を教えながら軽く咳払いをしたのが見えた。ずっと話していれば喉が渇くだろう。
きっと必要になると、魔力を使えば中のものを冷やせる水差しと杯を用意していて正解だった。子供達が帰ったらすぐ差し入れようと、水差しに魔力を流しておく。
「そうりょさまって、ホントに男か?」
子供の高い声は良く響く。その言葉もしっかり聞えたが、知らぬフリをする。動揺した彼女の視線がちらりと向けられたことにも、気づかないフリを。
駆け出して去った子供を確認してから、冷えた水を注いだ杯と水差しを持ってマコトの元へ向かった。
「お疲れ様です。喉が渇かれませんか?冷えた水でしたらご用意しておりますが」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
杯を受け取った手の小ささも、柔らかさも知っている。渇きを潤そうと水を下す喉に目を向けてしまい、その首の細さに息を飲みそうになった。
こんなにか弱そうに見えるのに、何故男だと思い込んでいたのか。本当に暫く前の己の目を信じられないと思う。
余程喉が渇いていたのか、直ぐに空になった杯にもう一度水を注ぐ。鎧を着ているから彼女には分からないだろうが、その一挙一動に目を奪われてしまいそうになる。
(私は護衛だ。これでは、いけない)
気が漫ろになっているという自覚がリオネルにはあった。マコトが女性であると気づいた時から、どうしようもない感情に支配されることがある。
ずっと共に在りたいと。最も傍にいるのは己でありたいと。ただ一人、その愛情を一身に受けたいと。そう望む感情を、人が何と呼ぶのか。
思い当たるものは一つしかないが、そのような想いを抱く資格は己にあるのかと、自問自答を繰り返す。
(……次に隊商が訪れたら、お守り石を買おう)
聖獣が孵れば、マコトは聖女として役目を果たさなければならなくなる。それは男として生きていくことが出来なくなる日ともいえる。
だから、その日が訪れた時には。一人の男として、彼女に愛を請う。それを厭われ、遠ざけられた時は仕方がない。その時は聖女を秘匿した犯罪者として大人しく首を刎ねられるだけだ。彼女と共に居られないなら、この世に未練などない。
(けれどもし、お傍に置いて頂くことが叶うなら……私は一生、マコトさまの騎士として、生きよう)
その日、リオネルの忠誠は生まれ育った国ではなく、異世界からやってきた僧侶に捧げられた。儀式を行った訳でも、膝をついて声にしたわけでもない。リオネルが己に誓っただけのことだが、決して破ることはないだろう。
この世でただ一人、リオネルという人間を認めてくれた彼女以外に、心身を差し出したくなる者などいる訳がないのだから。
リオネル視点の番外はいくつかリクエスト受けていたので、書いてみたのですが…思っていたよりも重たいですね、リオネルは。
まあ、重たい愛情持ってるの、好きなんですけどね!((
久々に書けて楽しかったです。ここまで読んでくださってありがとうございました!




