表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/36

新米僧侶、聖女召喚に巻き込まれる


 照りつける太陽の熱を反射したアスファルトの上、念のためにと持ってきた仏教辞典等の分厚い本が入ったかばんを持ち、熱を吸収する黒の衣を纏って歩くのは苦行だと、私はそう思う。


(暑い……喉いたい……むり……)

 

 私、神宮寺 (まこと)の職業は僧侶である。仏教系の大学に通いながら資格を取り、実家の寺を手伝い始めたばかりの新米だ。昨日から少し喉の調子は悪かったけれど僧侶はお盆の時期に休んでなどいられない。現在は檀家さんの家々を念仏を唱えて回り、どうにか今日のノルマを終えたところだ。



「ゴホッ……あ゛ー……」



 自分の声とは思えない程低く、掠れた声。さっきまでギリギリ聞ける声だったけれど、もうだめだ。仕事が終わるまで持ってよかった、と思うしかない。


(これ、完全に喉がいかれた……病院行こう……だめだお盆休みだ病院も休み……)


 喉の痛みというのは中々に辛い症状である。いや、体のどこかが痛いのは何でも辛いけれど。病院に行けないと思うとなおさら痛く思えてきて、軽い絶望に襲われる私の目に白くてフリフリしたものが飛び込んできた。

 白とピンクのフリフリヒラヒラの服で全身を包み、同じようなデザインの日傘を差した真っ黒な髪の女の子が歩いてくる。全身を黒の衣で包んで焦げ茶色に髪を染めた私とは対照的な、いわゆるロリータファッションの女子。


(……目に痛いな)


 白っぽい服が光を反射して目に痛い。このような田舎でそんな格好をしているとかなり痛い目で見られてしまいそうだが、彼女の心は鋼なのだろうか。しかし、それにしても眩しい。あまりの眩しさで目が開けていられない程だ。思わず強く目を閉じた瞬間、突然浮遊感に襲われてバランスを崩し、そのまま地面に手をついた。



「おお!!成功だ!!」


「聖女様!!」



 地面、というか熱せられたアスファルトに手をついたつもりなのだがなぜか冷たい。そして先ほどまで近くにはロリータ女子しかいなかったはずなのに、少なくとも十人以上の歓声が聞こえる。

 ……なんだろう、今目をあけたらとても理解不能な状況を見てしまうことになりそうで、目を開けたくない。私は今とても疲れているし体調も悪いので早く帰りたいのだけど、目を開けてはいけない気がしてならない。

 しかし、いつまでも目を閉じている訳にもいかないだろう。恐る恐る開いた目に入ってきたのは、つるつるとした石の床。どう見てもアスファルトどころかコンクリートの類でもない。

 続いて顔を上げて見えたのは豪華な装飾が施された、いかにも金持ちですというファッションの人々と、疲労困憊の魔術師のような格好をしている者達。ただ何故か彼らの衣装には和風というか、着物のようなデザインが組み込まれており、どことなく親しみが感じられる。しかし頭、というか髪色が赤、青、緑とあまりにもカラフルで目が痛い。

 疲れすぎて幻覚が見えているのだろうか。それともさっき気絶して夢でも見ているのかな。どっちにしろ良くない状態だろうし病院に行きたい。休みだけど。



「……あ、貴女さっきの……」



 隣からいかにもアニメ声というか、萌え声というのか、かわいらしい声が聞こえてきて目を向ける。そこに居たのは先程のロリータ女子だ。お人形さんのようにかわいい顔を不安そうに曇らせて、どこか縋るように私を見ている。私もおそらく似たような顔をしていることだろう。自分の置かれている状況が飲み込めない。



「突然で驚かれたでしょう。聖女様」


「え?」



 立派なヒゲの派手な身なりをした男性が、隣の女の子の前に膝を突き頭を垂れる。聖女と呼ばれた彼女はおろおろしながら、彼に頭を上げるように言った。



「おお、お優しい聖女様。この度はまことに勝手ながらわが国を救っていただきたく、お呼びいたしました」



 男性の説明によるとこの国は魔を払う聖女を異世界から召喚し、国を守る伝統があるのだという。聖女が現れた後二百年は平和が続くが、その後は魔物が増えて国が荒れる。国が荒れる度に聖女を召喚し、また平和を取り戻すようにしている、らしい。聖女側の都合は一切考えていない迷惑な行為に思えるが、彼らも必死なのだろう。その顔は真剣そのものである。



「黒髪の乙女、まさしく貴女は聖女様……しかし、一緒に現れたこちらの方は……」



 男性は困ったような顔で私を見る。そんな顔で見られても私だって困るんだけど。

 どうやら聖女としてロリータさんを召喚したら、近くに居た私まで召喚されてしまった、という話っぽい。用がないならさっさと帰してほしい。と思って口を開いたが、酷く枯れた低い声が出て周りにとてつもなく驚いた顔をされ、直ぐに口を閉じることになった。……喉、本格的にだめだな。早く帰って休まなければ。



「その人はお坊さん、だと思います」


「オボウさん、とは?」


「ええと……坊主とか僧侶とか、聖職、みたいな」


「おお、僧侶様でしたか。それはありがたい。何せわが国には聖職者がまったく足りておりませぬので」



 ちょっと待って、意味が分からないけどとりあえず待って。聖女召喚に巻き込まれた新米僧侶を喜んで迎えないで帰してください。

 私が聖女でないのなら帰っても何の問題もないはずだ、帰らせてほしいとガラガラ声で訴えてみたのだが。



「申し訳ない、元の世界に帰す方法は分からないのです。この国で生きて頂くしか……」



 …………ああ、何も聞かなかったことにしたい。



一度書いてみたかった聖女ものです。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お暇がありましたらこちらもいかがでしょうか。特殊な耳を持つ令嬢と彼女にしか声が聞こえない公爵のお話
『冷徹口無し公爵の声は偽耳令嬢にしか聴こえない』

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ