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第九十四話「近くて遠く、触れても届かず」

 “祝・極悪軍団結成記念サプライズパーティー”は大々的に行われた。


 ラッパを吹きながら飛び回るトンボの(はね)を生やした眼鏡女子。

 玉乗りをしながらコサックダンスを披露するチーター男。

 次々と豪華な料理や高級なワインを運んでくる同じ顔のメイドロボたち。


 そして新軍団長たる林太郎の前に、どこまでも続く怪人たちの長蛇の列。


「オラの名は剛腕(ごうわん)怪人フランボルトでがんす! まあ一杯やるでがんすよ旦那!」

「あたくしは泥沼(どろぬま)怪人ベチャトリス。さあさあ将軍さま、まずは一杯……」

「あのぉ、ボク、偽装(ぎそう)怪人チェリポっていいますぅ。そ、その、一杯お注ぎしますぅッ!」


 ウン十人という怪人が酒瓶を抱いて控えるさまは、まるで終わることのない波状攻撃である。

 新たにしつらえられた死神をイメージした軍団旗を背に、林太郎はぎこちない笑顔をつくろい続けた。


「サメっちはアニキの一番舎弟ッス。とーぜんついていくッスよ!」

「実力順なら私がナンバー2ですね。私はセンパイを失望させたりしませんよ」

「抜け駆けはダメッスよぅ! それに“きゃりあ”ならサメっちのほうが長いッス!」

「むむむ……年功序列なら私のほうが上です! ねえセンパイ!?」


 ドッポドッポドポポポポポポポポポポポ……。


「君たち喧嘩しながらお酒を注ぐのはやめなよ。わんこそばじゃないんだから」


 張り合うサメっちと桐華をたしなめ、ようやく列が途切れたと思ったそのとき。



 ドンッ! タップン!



 すでにさんざん飲まされ決壊寸前の林太郎の前に、身の丈はあろうかという巨大な酒樽(さかだる)が置かれる。

 そんな代物を軽々と持ち運べるのは、アークドミニオンでもただひとりだ。


「いよう兄弟、まだまだ飲み足りねえって顔だなあ! ガハハハハ!!」


 クマとライオンを足したような大男、百獣将軍ベアリオンは“土鍋(どなべ)”になみなみと注がれた日本酒を林太郎に差し出した。

 林太郎のただでさえ(よど)んだ瞳がさらにどよんと曇り、光が失われていく。


「いいかあ兄弟、将軍ってのは強くなくちゃあいけねえ! もちろん酒にもなあ! 紅茶なんてのはよう、ありゃあダメだぜえ! ガリガリのナナフシが飲むもんだあ!」


 残念ながら、怪人社会にアルハラなどという言葉は存在しない。

 おそらく言ったところで、脳をアルコール漬けにされたベアリオンには理解できないだろう。


 だがしかし、このビッグウェーブさえ乗り切れば温かいベッドが待っているのだ。

 林太郎は意を決して、15(しょう)はあろうかという土鍋(さかずき)をあおった。


「……いただきます……うぷぅッ! おっぷふぅ!」

「おう兄弟、いい飲みっぷりじゃあねえかあ! おいどうしたあ? まさか“1周目”でヘバっちまったかあ?」

「……い、いっしゅうめ……?」


 その言葉に、林太郎は己の耳を疑った。

 ベアリオンの言う通り、彼の大きな背中の後ろには再び長い待機列が作られているではないか。


 その夜、林太郎の盃にはナイアガラ瀑布(ばくふ)のごとく次々と美酒が注がれ続け、祝福の言葉は流れる雲のように途切れることはなかった。




 ………………。


 …………。


 ……。




 白いシーツに白いカーテン、消毒液の香りに満ちた窓のない部屋。

 アークドミニオン地下秘密基地の医務室では、ひとりの男がベッドの上で苦悶の声をあげていた。


「ほぁぁぁぁぁ……! 頭がががが……うぎぎぎぎぎぃ!!」

「いったいどれだけ飲んだらそんなことになるんだ」

「だって抜け出せなかったんだもぉぉぉん……おごごごご!!」


 極悪怪人、もとい極悪将軍デスグリーンを囲む(うたげ)は、朝を通り越し翌日の深夜まで続いた。

 主賓である林太郎は律儀に乾杯を受け続け、不眠不休で飲まされ吐き続けたのだ。


 結果このざまである。


「ハァァァァン!! いだいよぉぉぉ!!」


 林太郎が生涯経験したものの中で、最大級の二日酔いであった。

 頭蓋骨を万力で締め上げられるような激しい痛みに、林太郎は眠ることさえままならない。


 しかし身をよじろうにも、四肢には力が入らないという有様である。

 林太郎の姿はまるで活〆(いけじめ)にされた鯛のようであった。


「本当に後先のことを考えないな、林太郎は」


 やかんを火にかけながら、白衣をまとった剣山(けんざん)怪人ソードミナスこと剣持(けんもち)(みなと)は、ベッドでのたうち回る男に呆れたような目を向けた。

 そして手際よく温めたマグカップにぬるめのお湯を注ぎ、スポーツドリンクの粉末を注ぎ込む。


 湊は口から出かけた小言をぐっと飲み込むと、かわりに短い言葉で林太郎を(ねぎら)った。


「ともあれ、お疲れさま」

「うぅ……ありがどうみなど」


 湊先生特製ドリンクを口に運ぶと、林太郎は少し痛みが和らいだのかそのまま仰向けに寝転んだ。

 林太郎が苦しみながらも眠りに落ちるのを見届けると、湊は小さな溜め息を吐いた。



「結局、言い出せなかったな……」



 林太郎は無茶ばかりする男だが、そこには必ず理由があることを湊は知っている。


 祝賀会というのは、なにもただお祝いをして酒を飲む場ではない。


 この数ヶ月、関東圏におけるアークドミニオンの大躍進により、組織に籍を置く怪人は爆発的に増えた。

 いまだ軍団に属していない新人怪人たちからしてみれば、祝賀会とは折よく新設される軍団の長に自身を売り込む最大のチャンスなのだ。


 林太郎が祝賀会を途中で抜け出さなかったのは、彼らひとりひとりに対して真面目に向き合ったからに他ならない。



「お前は本当に優しいやつだよ、林太郎」

「うぅ……もう飲めない……」

「その、よければ……私も、お前の軍団に……」

「らめぇ……もう入んないのぉ、死んじゃうぅ……」



 寝顔に向かって語り掛けるのが、今の湊にとっての精いっぱいであった。

 もちろん返事がかえってくるはずもなく、聞こえてくるのは意味のわからない寝言と、か細い寝息だけである。


 新進気鋭の怪人デスグリーン、彼が率いる極悪軍団への所属を希望する者は後を絶たない。

 無論、彼ら全員の希望が叶うわけではなく、倍率は相当なものだと聞く。


 サメっちや桐華はいの一番に手を挙げていたが、湊は皆の熱量に押されていまだ自分の言葉を伝えられずにいた。


 きっと湊が熱心に頼み込めば、林太郎は首を横には振らないだろう。

 それがわかり切っているからこそ彼女自身、林太郎の善意につけ込むことがためらわれるのであった。


 長身の乙女は静かに林太郎の寝顔を見つめると、そっと彼の赤い頬に触れた。

 酒がまだ残っているのか、それとも慣れない笑顔を続けたせいか、その頬は少し熱っぽかった。



「うーん……みなとぉ……」

「……っ! ちがっ、これはっ!!」



 林太郎に負けず劣らず顔を真っ赤にした湊は、まるで悪戯しているところを見られた子供のようにたじろいだ。

 それが寝言だとわかるやいなやホッと胸をなでおろしたものの、彼女の心臓は音が外に漏れ聞こえそうなほど早鐘を打っていた。


「……そういえば、痛み止めが切れていたな」


 誰も聞いていないにもかかわらず、湊は独り言で話を逸らしバツの悪さをごまかした。


 だが痛み止めのストックが切れているのは事実である。

 先の宴で二日酔い怪人たちが波のように押し寄せ、薬棚がすっかり空になってしまったのだ。


 いつものように伝票注文をしていては、早くとも2日はかかる。

 かといって誰かにおつかいを頼もうにも、現在アークドミニオンの構成員は九割近くが二日酔いでダウンしていた。


「うーむ、仕方ないな。私が買いに行くしかないか……」


 湊は白衣を椅子にかけ、外行きのコートを羽織った。

 ひとりで外出をすることに、かつてのような恐怖心はない。


 そもそも警戒すべきヒーロー本部は、現在ほぼ壊滅状態にある。

 加えてところかまわず刃物をまき散らしてしまう“例の発作”も、このところ落ち着いている。



 なにより湊は――。



「うぅーん……いだいよぉー……」

「待ってろ、お医者さんがちょっとひとっ走り行ってくる」



 ――林太郎が苦しむ姿を見たくなかった。




 ………………。


 …………。


 ……。




 タガデンタワーを出ると、冬の風が湊の長い髪を乱暴になでた。


「うぅ、寒いな……さっさと済ませよう。タクシー!」


 高い背を屈めてタクシーに乗り込むと、湊は近場の薬局の名を運転手に告げた。

 もちろん運転手は怪人、向かう先もアークドミニオンの息がかかった店である。


 2年前までただの人間だった彼女が、地下コミュニティに身を置き怪人たちに囲まれることで安心感を得ているというのは、なんとも不思議な話であった。


 湊の伏しがちな長い睫毛(まつげ)と、涼しげな目もとが窓ガラスに反射する。


 タクシーの窓から見える景色が、ゆっくりと流れていく。

 ビルの間に見える灰色の空からは、粉雪がちらついていた。



 ――その雪の結晶たちに紛れて、赤い光のようなものが目に入った。




 ズドォンッ!!




 突然の衝撃とともにエンジンルームが炎に包まれ、車体が宙を舞う。

 シートベルトはしていたものの、長身の湊は後部座席の天井に頭をぶつけた。


 そのままタクシーは2回、3回と転がり続け、腹を空に向けたところでようやく止まった。


 朦朧(もうろう)とする意識の中、湊は外の景色が炎に包まれていることに気づく。


「うぅ……いったいなにが……おい、しっかりしろ!」


 湊は必死に呼びかけるが、運転手の反応はない。

 彼は頭から血を流してはいたが、幸いにも息はあるようだった。


 状況が呑み込めない湊の鼻腔(びくう)を、ガソリンの嫌なにおいがくすぐる。

 燃料に火がつけばどうなるかなど想像するまでもなく、もはや一刻の猶予もなかった。


「くっ、まずいぞ、爆発する!」


 湊はとっさに、手のひらから“生み出した”ナイフでシートベルトを切り裂いた。

 ほうほうのていで運転手を引きずりながら、廃車と化したタクシーから距離を置く。


 直後、それまで自分たちを乗せていたモノは紅蓮の爆炎に包まれた。



「ずいぶん派手に吹っ飛んだな。やはりハンティングはこの手に限る」

「YEAH! しかしまだ生きていやがるとはな。なんてTOUGH(タフ)なGIRLだ、気に入った」



 目を見開く湊の前に、炎を踏み越えながらふたつの影が現れる。

 赤と緑のそれはまるで、彼女の魂を刈り取りに来た地獄の獄卒であった。


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