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第八十九話「林太郎、捕食される」

 手のひらから伝わる、柔らかなぬくもり。

 それはまるで、優しい家族のあたたかみ。


 みんなで行こう、さあ行こう。

 声を合わせて呼んでみよう、せーの!


「「「ムッチー!!」」」

『はーい! うわそのシャツ首んとこベロンベロンなってますやん』


 キミもムッチーに会いに行こう!

 ユカイな仲間たちが雁首(がんくび)そろえてキミを待ってるよ!


『またラーメンですか、ほんま好きですね』

『本棚の写真だけで物書きマウントって取れるもんなんですか?』

『ひ●ゆきのL●NEスタンプ持ってそう』


 ムッチーの“いらんこと”もさえわたる!

 ここは所沢ムッチーランド、日本が世界に誇るファンタジーの国!




 目つきのわるいいじわるな家猫・スコルドくんのキレッキレのダンスに、サメっちは熱狂していた。


「すごいッスゥ! スコルド見直したッスゥ!」

『はっはっは、こんなこともできるニャーン!』


 華麗にバク転をキメるスコルドと大喜びのサメっちを、林太郎は少し離れたベンチから眺めていた。



「どうだ、少しは落ち着いたか?」

「はぁっ……はぁっ……まだ頭がくらくらする……」


 林太郎は遊園地特有のカラフルなベンチに腰掛け、(みなと)膝枕(ひざまくら)していた。


 湊は苦しそうに、着ぐるみの上をはだけて呼吸を整えている。

 ほとんど医務室に引きこもっている運動不足の身で、着ぐるみ全力疾走などしようものなら酸欠は必至である。


 ところどころ穴の開いたシャツは汗でぐっしょりと濡れており、豊満な身体のラインにぴったりと張りついていた。


 林太郎は湊の回復を待ちつつ、目のやり場に困る。

 なまじその手にはまだはっきりと“感触”が残っているだけに、扇情的な美女を膝枕するというのはなかなかに理性を保つのが困難な所業であった。


「なるほどなあ、サプライズのつもりだったわけだ」

「……最近疲れてるみたいだったからな……悪気はなかったんだよぉ……」


 林太郎に問い詰められた湊は、とっさに自分たちの目的を誤魔化した。

 サプライズというのも、労いたいというのも嘘ではない。


 だが軍団長昇進の件だけは、問い詰められても吐くわけにはいかなかった。


 幸いにも林太郎は、慰労ということで納得してくれたようである。


「そういうことなら楽しませてもらおうか。このところ休みなんてなかったからな」

「ああ、是非そうしてくれ。サメっちにはくれぐれも私たちのことは内緒にしてくれよ」

「なに言ってんだ、湊も一緒に来ればいいじゃないか。そのほうがサメっちも喜ぶだろ」

「…………へっ?」



 数分後、スコルドと盛り上がっていたサメっちの元に林太郎が帰ってきた。

 彼の(かたわ)らには地味なコートを羽織った長身の美女が、びくびくと怯えたような顔で付き添っていた。


「あっ、ミナトッス! ミナトもムッチーに会いに来たッスか?」

「うん……そそそ、そうだよ、あは、あははは」

「じゃあ一緒に写真撮るッスよ。ムッチーあそこで死んでるッスから」

「死んでるの!?」


 林太郎の言う通り、サメっちは湊と合流できたことを心から喜んでいるようであった。

 まるで家族連れのように、ふたりに手を繋いでもらって足をブラブラさせている。

 (はた)から見ると、本当に幸せな家族のようであった。


「ようしサメっち、仕事はキャンセルだ! 今日は思いっきり楽しむぞー!」

「やったーッス! じゃあサメっち、ジェットコースター乗りたいッス!」

「引っ張らないでくれぇ、私をそんなものに乗せたらどうなるかわかり切ってるだろぉ!」


 林太郎とサメっちが4回目のジェットコースターチャレンジに出発したところで、湊はギブアップしてベンチでぐったりしていた。


 しかしサプライズはバレてしまったとはいえ、ふたりに楽しんでもらうという目的はほぼ達成できたことに湊は安心していた。

 叫び声をあげるふたりを眺めながら苦笑いを浮かべる湊に、いじわるな家猫のスコルドくんこと桐華(きりか)が詰め寄る。


『ちょっとちょっと、どういうことですか! なぜあなたがそちら側にいるんですか!?』

「待ってくれキリ……スコルド、これにはいろいろと事情があるんだ。強引に迫られて仕方なくだな……」

『くっ……私としたことが……スコルドではなくホーさんに入っておくべきでした……!』


 悔しがるスコルドに、ジェットコースターを満喫した林太郎が近づく。

 当然のことながら、林太郎は中身が桐華などとは気づいていない。


「誰だかわかんないけど、さっきはサメっちの相手をしてくれてありがとう。今日は一日よろしくな」

『よ、よろしくニャンなー……頑張って盛り上げるニャンなー……』

「なんだかすごく疲れてないか? あんまり無理するなよ」

『そんなことないですニャン! センパ……林太郎くんもムッチーランドを満喫してほしいニャーン!』


 そういうとスコルドは園内に流れるBGMに合わせ、元気いっぱいですと言わんばかりに軽快なダンスを踊ってみせた。

 キレッキレのダンスに、サメっちはおろか林太郎も目を輝かせる。


「おおーっ! すごいッス! CGみたいッス!」

「はー、子供だましだと思ってたけど、すごいもんだな」

「うぅ……すまないスコルド……」


 サメっちは林太郎のスマホを借りて、一心不乱に踊るスコルドの雄姿をムービー撮影していた。


「スコルドこっち向いてッスー! いいッスよー、いい顔ッスよー!」

「ささ、サメっち……それ撮ってどうするんだ……?」

「帰ったらキリカに見せて自慢するッス!」

「ウッ……!」


 後のことを考えると、湊の胃がキリキリと痛んだ。


 着ぐるみの上からでは察しようもないが、桐華は今いったいどんな顔で踊っているのだろうか。

 泣いているのか、怒っているのか、はたまたその両方か。


「そっか、仕事じゃないなら(まゆずみ)も連れてくりゃよかったな」

「でもアニキ、最近キリカのこと避けてるッスよ」

「そりゃあまあ……ねえ……」


 林太郎としても“あんなこと”の後では、桐華と顔を合わせづらいのは確かであった。

 嫌が応にもあの夜のことを色々と思い出してしまうため、直接目を見ることもはばかられるのだ。


 結果として、ここ数日林太郎は桐華を避け続けていた。

 桐華自身も多少反省してか、少しばかり林太郎と距離を置いているフシがあったわけで。


 そんな微妙な距離を保つ林太郎と桐華を、サメっちもずっと気にしていたのだ。


「アニキひょっとして、キリカのこと嫌いッスか?」

「……そんなわけないだろ。俺はみんなのことが大好きだよ」

『……ニャン……』


 死にかけていたスコルドの目に、少しだけ光が(よみがえ)る。

 湊は嫌な予感に「あわわわ」と口元を押さえていた。


「いいかいサメっち、いい男の条件ってのは、愛を惜しまないことなんだよ」

「ドキーーーッス! アニキ、今日はなんだかハードボイルド感が三割増しッス!」

「そうだろうそうだろう、あっはっはっは」


 サメっちを相手にしていると、口が軽くなって恰好(かっこう)をつけたがるのは林太郎の(さが)である。

 ただでさえ栗山林太郎は口から生まれてきたような男なのだ。


「サメっちじつは心配してたッス。アニキとキリカ仲悪いのかなって思ってたッスよ」


 なんと純粋にして無垢なのだろうか、林太郎の目頭(めがしら)が熱くなる。

 林太郎は思わずサメっちの頭をわっしわっしとなで回していた。


「なんて良い子なんだサメっちは! じゃなかった、なんて悪い子なんだサメっちはァ!」

「アニキ恥ずかしいッス! スコルドが見てるッスゥ!」

「なにも心配することはないさサメっち! たしかにいろいろあったけど、そう気を揉まないでくれ。俺はこのとおり黛のことがだぁい好きさァー!」

『……ニャン……』


 繰り返すが、林太郎はスコルドの中身が桐華だとは(つゆ)ほども思っていない。

 もし頭の片隅にその可能性が少しでもあったならば、さすがに言葉を選んだことだろう。


 だが林太郎の意識はサメっちを安心させることに向いていた。

 彼らのすぐ隣で愛の活火山が爆発寸前であることなど、知る由もない。


「よかったッスぅ! アニキはやっぱりフトコロが広いッスぅ!」

「ああそうさァ! だいたい俺は愛してもいない女のために南極まで行ったりしないよォ! そりゃもう毎晩一緒に抱きしめ合ったって構わないぐらいさァ! なんなら今すぐにでもねェーッ!」



『ニャアアアアアアアアアアーーーーーンッッッ!!!!』



 いたずら仔猫のスコルドくん、その全身から溢れ出した黒いオーラが天を()いた。

 スコティッシュフォールドがモチーフとは思えないほど鋭い目には、ギンギンと怪しい光が宿る。


 両足で大地を踏みしめる立ち姿はまるで、狩猟本能に覚醒した雄々(おお)しき野獣であった。


 園内のハトたちが一斉に飛び立ち、池の魚は一匹残らず姿を隠す。

 一見してただ事ではないことは、林太郎にも容易に理解できた。


 そして中心にいるのが、家猫のスコルドであるということも。


 ギギギギギ……と生木(なまぎ)をひねるような音を立てて、林太郎はスコルドのほうに目を向ける。



「えっと、確認するんだけど。おたく、どちらさま……?」

『どうやらセンパイは、私のツボを突くのが得意らしいですね』

「わあああああああああーーーーーッッッ!!」



 スコルドの中身を察するや否や、林太郎は脱兎(だっと)のごとく逃げ出した。


 しかし運動神経抜群の林太郎であったが、相手は着ぐるみをまとっているとはいえ愛の力でギンギンに覚醒した魔獣もとい桐華である。


 ものの数秒で林太郎は追いつかれ、背後から腰に手を回され組み伏せられてしまう。


『さあ観念してください! 私はセンパイの愛を物理的に受け止める準備万端ですよ!』

「うええええーーーん! 許してくださぁーーーい!!」


 スコルドは抵抗を諦めた林太郎のベルトを外し、強引に手を突っ込んだ。

 相手が林太郎とあらば、凶器を隠し持っている可能性が高いからだ。

 これはヒーロー学校で培ったノウハウのひとつであった。



 ぎゅもにゅん! んぎゅっ! ぎゅぎゅっ! ぎゅぅぅぅぅッ!!



 スコルドの肉球越しに、驚くべき凶器(・・)の感触が伝わった。

 桐華は感触を何度も確かめるように、開胸心臓マッサージよろしくリズミカルに加圧する。



『……もしかして、センパイ……ここが弱いんですか?』

「どどどどど、どこでおっぱじめようとしてるんだよぉーーーッ!」



 閑散としているとはいえ、それなりに家族連れなどもいる中、他の客たちは男がスコルドに捕食されるさまを呆然と眺めていた。

 サメっちは一部始終あますところなくムービーを撮影し続けていた。



 ……十数分後。



 げっそりとした林太郎は女の子3人と連れ立って、所沢ムッチーランドを満喫させられていた。



 彼に笑顔はなく、心と男のプライドは冬の空の下に置き去られていた。


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